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第6章

理由

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一方その頃、ダグラス商館から少し離れた人気の無い路地裏で。
赤毛の少女は段差の上で膝を抱え、ぼーっと目の前の石畳を眺めていた。



ついにバレてしまった。
二人に、自分が"特別犯罪奴隷"だと言うことを。
別にそれが本当だろうが嘘だろうが、例え誰かにめられてだろうがあいつにとっては関係ない。
ただ特別犯罪奴隷だと言う事実が明らかになり、そしてそれに対してどんな反応をするかなんて容易に想像出来る。

もちろん弁解はするつもりだ。
でも、信じてもらえるかどうか………………………って。


(なんで当たり前のように弁解しようとしてるのよ…………。別に誤解を解かなくたって、私に不利益がある訳じゃない。私はただのことだけ考えていれば────────)


なぜ自分はあの場から逃げ出してしまったのだろう。
ずっと隠し通すのは不可能。
正体がバレるのだって時間の問題と思っていたはずだ。
そして、バレたとしてもまた元の牢獄に戻るだけだ、とも。
自分にとって居る場所はさして問題ではなかった。
………………………それなのに。

ふと頭を過ぎるのは、何を考えているのか分からないあの男の顔。
憎たらしいったらありゃしない。


「あ、やっと見つけました。こんな所に居たんですね」
「……………リーン、さん」


突如として上から降ってきた声にびっくりした少女が顔を上げると、そこにはコウモリのような翼をはためかせたリーンの姿があった。
逃げた自分を捕まえに来たのだろうか。
反射的に身構えるが、リーンはよっこいせと隣に座っただけで何もしてこなかった。


少しの間、沈黙が場を支配する。



「………………私ね、ベルリアっていう国の辺境出身なの」
「ベルリア…………たしか、大陸の北の方にある小国でしたか?」
「うん。でも………もう
「ないって………」

「魔王に滅ぼされた」


やっと重々しく口を開いた少女から話されたのは衝撃の事実。
"ベルリア"は大陸の北に位置する小国だ。
面積は比べるまでもなく圧倒的に小さいが、多種多様な種族や文化が入り交り、小国ながら様々な大国と肩を並べるほどの国力を有する。
そんな文化的にも経済的にも有名な国が滅びていたなんて…………。
初耳だった。

国が一つ滅びたというのにその情報が出回っていない、と言うのもおかしな話だ。
世界を揺るがしかねない一大事。
だからこその情報統制があったのか、そもそもその情報を伝える事ができない何らかの事態が発生しているのか。

少し間を置いて、少女は再び口を開く。
俯いたその表情は赤毛に隠れて窺うことはできない。
……………だが、体は微かに震えていた。


「ある日突然、"破邪はじゃの魔王"ってやつが国に現れて…………………一夜で全部、無くなっちゃった。皆死んで…………なんでか私だけ生き残ったの」


その"破邪の魔王"とやらが国を襲撃した時、少女は家族と家に居たそうだ。

ちょうど夕食時だった。
突然、窓の外から黒い閃光がほとばしり、何も分からぬままとてつもない衝撃波で吹き飛ばされた。
天と地がひっくり返った視界に写ったのは、スロー映像のようにゆっくり崩壊する家と、こちらに向かって手を伸ばす母の姿。

それを最後に、全てが黒に染った。




───────どれだけ時間が経ったのだろう。
意識を取り戻すと。


何も無かったという。



住宅街だったはずの辺りもほとんどが瓦礫と化したか、消し飛んだかで村自体が原型を留めておらず、はるか向こうに見えたはずの王都は影も形もない。
倒壊した建物と大きなクレーターが残るのみだ。

どうやら幸運にも折り重なった瓦礫の隙間にて難を逃れた少女は、外に出て見たその光景に言葉を失った。
見覚えのある景色は火の海に変わり果て、どこからともなく漂ってくる血の匂いや何かが焦げる匂いに吐き気が込み上げてきた。

呆然と一歩進もうとするが、転倒。
体が思うように動かない。
無事だったとは言え、少女も重症だった。
全身傷だらけの血まみれ。
骨が折れていなかっただけ幸いだろう。



──────────不意に、何かの声が聞こえた。



うつ伏せのまま、何とか視線だけ動かして上空に目を向ける。
そこには…………………魔王がいた。
禍々しい甲冑姿の魔王。
その姿は、次の瞬間には空に溶けるように消えていた。


「頭が真っ白になって立ち尽くしてたら、隣の国の兵隊だって言う人達がいっぱい来た。本当かどうかは知らないわ。その人達は、なんでか犯人は私だって決めつけてこの首輪をつけた」


少女はそう話すと共に、忌々しげに自身の首に付けられた厳つい漆黒の首輪を指で弾く。


「何回これは魔王の仕業だって言っても信じてくれなくて。魔力の痕跡がお前のだ何だの言ってたけど、全然わかんない。だって私、魔法なんてほとんど使えないもの」


"嵌められた"。
たしかにその表現は正しいのかもしれない。
少女が滅ぼしたという証拠も動機も全くと言って良いほど無いにも関わらず、なぜか執拗に追い込み、おそらくでっち上げであろう証拠を振りかざして奴隷化。
なぜそこまでする必要が………?
第一、隣だとは言え他国の軍隊が介入するには早すぎる。
事前に準備していたとしか思えない手際の良さだ。


怒りか恐怖か、少女の震える肩にリーンはそっと手を添える。



「ここまで、よく頑張りましたね……」
「………………信じてくれるの?」
「当たり前です。あなたは悪くありません」


自分の頭を撫でる慈しむような優しい手つきに。
次第に温かい波が体中に浸透し、防波堤が決壊して涙が溢れ出した。
積もった全てを吐き出すように叫び、涙を流す。


しばらくの間、嗚咽を含んだか細い呼吸だけが路地裏に聞こえた。








少し経って。




「………………ごめんなさい………」


涙や鼻水でぐっしょりになったリーンのお腹を前に、やっと落ち着きを取り戻し始めた少女は、顔をほんのり赤くして申し訳なさそうに頭を下げる。
思わずとは言え、恥ずかしすぎる。


「いえ、気にしなくて良いですよ。それよりも─────────」


リーンは本当にさして気にしているわけでもなさそうに改めて少女の頭を撫でると、グッと胸の前で両拳を握り。


「やり返しましょう。そんな最低な魔王は成敗です!」
「ええ、そのつもりよ…………。だからむしろ、SSランク以上の冒険者の所に行けるのはある意味、好都合かもしれないわ」
「ですね。マシロさんは情報網も広いですから、きっとすぐに見つけ出してくれると─────」


「え?」

「はい?」



どこか話の食い違いを感じ、少女は首を傾けた。
リーンも合わせてハテナ顔で首を傾げる。

はてと。
当然のごとくさらっと飛び出した言葉を少女は頭の中で反芻し、余計分からなくなって戸惑い気味に聞き返す。


「なんでここであいつが入ってくるのよ…………」
「え。だってマシロさん、きっとあなたを買うつもりですよ?」
「あ、そう……………………はあ!?」


今度は悲鳴じみた驚愕の声が路地裏に響き渡った。
口をあんぐりと開き、ありえないとでも言いたげだ。
そんなに………?
少女の驚き様はリーンも思わず苦笑いしてしまうほど。


「…………………だって、あんな事したのよ?あいつが私を買う理由なんて無いわ」


"あんな事"とは、たぶん"アレ"やらチョークスリーパーやらの事だろう。
たしかにあれは大変痛そうであったが…………。


「理由なんて無くても、マシロさんはあなたを見捨てたりはしないと思います。なにせ究極のお人好しですから!」
「そんなわけ…………………」


真っ先に否定しようとする。
しかし今までの記憶をかえりみた限り、デリカシーは無いものの否定できる要素もほとんど無く、少女は憮然と閉口してしまった。


(なんか釈然としない…………)




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