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第5章 出会い リーン編
旅路②
しおりを挟む『グアアアアアア!!』
峡谷の深い谷間にマスルバードの雄叫びが響き渡り、ビリビリと大気を揺るがす。
風すごいな………………。
間近で巨大な翼が振るわれる度に、台風かと思ってしまうほどの強風が俺とリーンを襲う。
マスルバードは眼下の俺達を一瞥すると、翼をはためかせて上空に上がり、途中で身を翻してこちらに突っ込んで来た。
「マシロさん、ここは私にお任せ下さい」
腰の黒剣に手をかけた俺を遮り前に出たリーンが宙に手をかざすと、そこに血色の液体のようなものが集束して一本のカマを作り上げる。
装飾などは一切無い、実にシンプルな大鎌だ。
え、何それかっこいい………!
血の鎌だろうか。
とにかく厨二心をくすぐる見た目である。
「やあ!」
ザンッ!と一閃。
そんな可愛い声とは裏腹に、飛来したマスルバードを袈裟斬りの一撃であっさりと両断して倒してしまった。
悲鳴を上げる暇さえなく絶命したマスルバードが、血を吹き出しながら暗闇に染る奈落の底へ落ちていく。
「どうですかマシロさん。私も強いでしょう?」
「ああ、正直びっくりした………」
振り返ったリーンが後ろで手を組みながらにっこりと微笑む。
まさかの瞬殺。
しかもほとんど力を入れてなかったし、血を吸っただけでここまで変わるものだとは…………。
ゼグラルを一方的にボコれると言うのもあながち冗談ではないのかもしれない。
てかここでも普通に使えてるってことは、あの血の鎌は別に魔法って訳じゃないんだな。
種族特有のスキルなのか他の何かなのか、とりあえずかっこよかった。
…………………あれ俺も使えるようになりたい。
現在は残念ながらこんなスキルや魔法は知らないが、もしかしたら水属性の魔法で再現出来るかもしれない。
鎌はできると思う。
あとは血の色をどうするか…………。
考えるだけでロマンが溢れる。
そう、たとえ二百年歳をとろうがこういうのに憧れる厨二心は健在なのだ。
「さあ、また襲われないうちに進んでしまいましょう」
「だね」
おっと、ロマンを追い求めるのも良いけど、今はこっちに集中しないと。
考え事してて落ちたらそれこそシャレにならん。
意識を切りかえ、ご機嫌で先を行くリーンの背を追って再び歩み始めた。
そして半日かけて峡谷を越え、次はだだっ広い砂漠に出てきた。
遥か向こうにちょこんと鬱蒼と茂る森林が見えるが、そこまではずっとサラサラした砂と熱気がどこまでも広がっている。
ちなみにあの森の向こうに目指す国があるらしい。
すごい、ここまでくっきり分かれるものなんだね……………。
峡谷の端と砂漠の始まりの境界線があるのだが、なんか、こう…………すごい差がある。
俺達が立ってる峡谷側は濃い色の大地に少し雑草が生えている程度なのに対して、ある線より先はもう熱気で空気が歪む砂漠。
草木なんて一切無い。
なんでこっちまで熱気が来ないのか不思議でしかない。
どーなってんだこれ………。
物理法則ガン無視しちゃってるじゃん。
向こう側の森との境界線もこんな感じなのかな。
「ここは見た目は普通の砂漠なのですが、とにかく魔物が沢山出現するので有名なんです。足を踏み入れた途端、それはもう数え切れないほどの魔物が姿を現すそうですよ?」
「……………よし、そんな所さっさと抜けよう」
「ですね、早く通過するに限ります…………」
そっか、リーンは一回ここを通った事があるんだもんな。
このげんなりした表情を見るに、実際にとんでもない数の魔物が出現したのだろう。
「もう二度と通りたくありませんでした…………」と頬を引き攣らせている。
そんなに…………?
軽く準備体操をしてから、ダッ!と地を蹴って駆け出す。
何気に砂漠を走るなんて前世でもこっちでも初めてだ。
くっ、このサラサラな砂が地味にうざい………!
分かってはいたが、一歩足を前に出して踏みしめる度に砂に足が沈んで上手く前に進めない。
てか熱い!
当然のように靴を貫通して足の裏を襲う熱気が熱いのなんのって。
真夏の鉄板の上かここは。
なんか砂漠に入った途端に太陽がジリジリ肌に刺さるし風吹かないし……………ここだけ気候がおかしすぎる。
もう汗がダラッダラだ。
一刻も早く森林に行って涼しくなりたい。
「………………そう言えば、今更だけど吸血鬼って太陽大丈夫なの?」
「うぅ………いつもなら大丈夫ですけど、これはさすがにきついです…………」
本当に今更すぎるが、どうやら太陽の光が弱点だという事はないらしい。
この感じで行くと十字架とかニンニクも大丈夫なパターンだ。
が、純粋に日差しがキツすぎてしっぽがへにょんと垂れ下がってしまっている。
既に二人とも死にそうな声色である。
それなのにこの速度を保って飛べているのがすごい。
……………………あと前傾姿勢なおかげで溢れんばかりの胸がこぼれ落ちそうで別の意味ですごい。
幸せすぎる景色だ。
このためなら余裕で暑さを我慢できる。
しかし、至福の一時も束の間。
ゴゴゴ…………!
と地面が揺れたかと思うと、ドゴォンッ!!と大きな音を立ててサラサラと砂を落としながら何かが這い上がってきた。
日の元に姿を現したのはモグラ型の魔物と、ミミズみたいなやつ。
どちらも異様にデカい。
二階建ての家くらいはある。
特にミミズの方がキモイのなんのって……………。
ぎらりと細い目で走る俺達を捉えたモグラが、ガチン!ガチン!とその鋭い爪をぶつけ合って金属音を鳴らし、うねるミミズは本来顔があるはずの場所をグパァ………と開けてヨダレか何かを垂らす。
口の中も凶悪すぎる。
全面が鋭い歯で埋め尽くされてるし…………………うわぁ、ヨダレは強酸性かな!?
ボトボト濁った液体が落ちた場所が、ジュワッと音を立ててあっという間に溶けてしまっている。
「しかも速い…………!」
砂漠を進む速度が尋常じゃない。
こっちはサラサラの砂に足を取られている分、少し分が悪い。
「っ、マシロさん!」
「おう!」
反射的にリーンが大きく翼をはためかせてボバリングすると同時に真上に跳ね上がり、続いて俺の名前を叫ぶ。
もちろん俺も〈気配感知〉によってリーンと同じく俺達の真下に居る存在に気が付いていたので、返事と共にジャンプ。
次の瞬間、ゴッ!と足元が蟻地獄のように陥没した。
放射状に広がった穴の中心では、これまた異常な大きさの虫がガチガチと顎を鳴らしている。
何とかギリギリで間に合ったが、少しでも遅れていたら今頃あいつの餌になってしまっていただろう。
まぁ大人しく食べられる気は無いので返り討ちにしていただろうが…………………。
さらに、追い打ちをかけるがごとくモグラとミミズが飛び出し、空中の俺達目掛けてその鋭い爪と牙を向ける。
迫る牙はまるで剣山のようだ。
「ふっ!」
「はぁ!」
しかし、黙ってエサになるほど俺達は弱くない。
黒剣と大鎌を構え、背中合わせのまま同時に一太刀で二体とも斬り伏せる。
うっ、グロい…………。
斬られたミミズがグネグネのたうち回って傷口から緑色の液体を垂れ流している。
巨大な分、普通のイソメとかミミズに比べて非常にグロい。
モグラは………………………うん、見ない方がいいねあれは。
武器を収めて着地。
が、休憩する間もなくすぐさま走り始めた。
それはもう最初の比にならないくらい全力疾走だ。
なぜかって?
嫌でもすぐ分かるよ。
後ろでまたもやドゴォン!と音がして、大量のミミズやモグラ、アリが姿を現した。
ほれ見た事か!
こんなのといちいち戦ってなどいられない。
もうこのまま突っ切ってやる!
「ぬおわあああああ迸れ俺の両足ーーーーーー!!!」
「あっ!?ま、マシロさん、ちょっと待ってくださぁい!」
この後、散々全力疾走した俺はついにコツを掴み、水の上を走る要領で砂の上を走れるようになった。
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