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第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)
酒呑童子
しおりを挟むずっと片腕に抱きしめていたイナリを離し、黒剣を鞘に収める。
「む、お前ら強いな!どうだ?アタシと一勝負しないか!?」
「ぐえっ!?」
どうやら暴れ足りないらしく、目をキラキラ…………ギラギラ?させた茨木童子が俺の肩に手を回してグイッ!と引き寄せてきた。
先に言っておくが、彼女と俺の身長差は非常に激しい。
おかげで茨木童子の豊満な胸が斜め上からのしっ……、と乗っかってきて、とても幸せな感触が。
傍らのクロとイナリがリアクションは違えど、二人とも雷に撃たれたような衝撃を受けてよろけてしまっている。
「え、えっと…………それより先に、酒呑童子さんを解放した方が良いのでは………?」
「ああ、そうだそうだ、危うくここに来た理由を忘れるところだったよ」
かっかっかっ!と豪快に笑いながら俺を放す茨木童子。
いや、忘れるところだったって…………それで良いのか副官として。
マイペースと言うかなんと言うか、また違った方向性で掴み所のない人だ。
「さて、こいつもさっさと破壊してやるか」
「あ、やっぱりその奥に酒呑童子さんが封印されてたんだ」
「んん?違うぞ?これは酒呑童子……………シュカのやつが自分で張った結界だ。まったく、毎回無駄に凝った結界を張ってくれる」
「え…………?て事は、これはワルーダから自分の身を守るために………?」
ここまで言って、ふとおかしな事に気が付いた。
毎回?
て事はこれは反旗を翻したワルーダから一時的に身を守るためじゃなくて、割と普段から常用されてた結界………?
な、なんで?
……………う~む、頭がこんがらがって来た。
結局どゆこと?
頭の上に大量の"?"が浮かび上がってしまう。
「こいつは、シュカが仕事が嫌になった時とかによく使ってた結界でな。やれ昼寝がしたいだのゴロゴロしたいだの言って、下手すりゃ一日中閉じこもっちまうんだよ」
「えぇ………」
「しゅ、酒呑童子様ってそんな感じの方だったんですね…………」
「ん、すごく意外」
茨木童子が苦笑い気味に口にした答えに、俺達は三人そろって思わず唖然とした。
酒呑童子と言えば、一言発するだけで全ての鬼人をひれ伏せさせ、過去に数多の強者を下した王の中の王、と言うのが共通認識だったはず。
少なくとも俺達の中では。
だが実際は、超が付くほどのグーダラ体質。
「ニート王にボクはなる!」と公言し、実際にダラダラニートライフを目指して日々精進(?)しているのだとか。
正確には仕事から逃げまくってるだけだそうだが。
ちなみに最近の目標はいかに仕事をせず楽に暮らせるからしい。
………………なんか、思ってたより親近感の湧く人だったみたい。
「よっと、これで解除完了だ。お前達も一緒に来るといい─────────なあ、その娘二人はどうしたんだ?」
「ん、ただくっついてるだけ」
「えっと、お気になさらず~………」
あっさりと扉の結界を解除して振り返った茨木童子が、困惑したような表情で俺に問う。
茨木童子が解除を始めてからすぐに、なぜかクロとイナリがそっと俺の両サイドに抱きついてきたのだ。
突然こんなのを見せられれば、そりゃ困惑したくもなるだろう。
すまん、俺もわからん。
「あっはっは、取って食ったりはしないから安心しな!ただ恩人としてシュカに会ってもらうだけさ。むしろ、一緒に来てシュカに説教してやってくれ」
そう苦笑いのため息混じりに話すと、案外軽い音で開いた扉を通って中に入って行った。
……………どうやら茨木童子は相当の苦労人らしい。
俺達も言われた通り後を追って中に入り、ずんずん前へと進む茨木童子の背を頑張って追いかける。
十メートル程の長さの一本道は左右の明かりに程よく照らされていて、そこを抜けると視界が一気に広がった。
横幅だけでも軽く教室二、三個分はあるんじゃないだろうか。
天井に吊るされた燭台からは優しい光が溢れて部屋を満遍なく照らし、壁に沿って掘られた溝には綺麗な水がちょろちょろ流れて、竹の筒に溜まっては"かこんっ、かこんっ"、とししおどしを鳴らす。
非常に質素な部屋だ。
その他はほとんど何も無く、あとは中央に敷かれた六畳ほどの畳だけ。
しかし、その部屋に比べてずいぶん小さな空間に、全てが詰め込まれていた。
端に寄せられた低いちゃぶ台には、紙の上に広げられたお菓子やら布から溢れ出した飴玉やら、クシャクシャに丸められたティッシュ(?)に空のコップ。
さらに周辺にはなんでこっちにあるのかツッコミたい懐かしのカップラーメンの残骸や、分厚い雑誌やマンガ本などが山積み状態だ。
そして、一番敷地面積を圧迫している敷布団の上には、ヨダレを垂らしながら幸せそうな表情で爆睡する幼女の姿が。
ニートだ。
紛うことなきニートである。
「えっと、まさかあの子が………?」
「…………………ああ。我らが鬼人族の長、酒呑童子ことシュカだ」
俺は目の前に広がる嘘のような光景に唖然として声が出なかった。
まるでニートを体現したかのような六畳半ほどの空間に、幸せそうな寝顔ですやすや眠る一人の幼女。
クロとロリイナリの中間くらいの背丈で、手入れをしていないのか膝先まで伸びた綺麗なクリーム色の髪はボサボサ。
申し訳程度に毛先の方だけ雑に結ばれている。
またそのズボラそうな性格は服にも反映されていて、ズボンは当たり前のように履いておらず、羽織ったパーカーも前が全開。
おかげで健康的な色白の素足とパンツ、そして慎ましやかな胸とそれを覆うピンクのブラが丸見えだ。
まさにニートと言うにふさわしいだらけっぷり。
……………なんだろう、周りにパソコンとかタブレットとか置いたらすごく似合いそうな気がする…………。
「うへへぇ~…………君ぃ、いいおっぱいしてるねぇ~……………」
おっさんか。
寝言が完全におっさんのそれなのよ。
もう一度言うが、俺は言葉が出ない。
それは 、酒呑童子が思っていた人物像からかけ離れた人だったから────────────ではなく。
今、目の前で抱き枕を抱いてむにゃむにゃ寝ている酒呑童子ことシュカが、以前とある少女に聞いた通りの人物だったからだ。
曰く、一日中ごろごろしてるニート。
エロオヤジ。
その他諸々。
彼女からこの話を聞いた時は、「いやいや、さすがに言い過ぎでしょ………」と半信半疑だったものの。
実際に会ったら冗談抜きで本当だった事に驚きを隠せない。
「ったく、いつまで寝てんだ!起きろシュカ!」
「あぶふっ!?」
ある意味酷すぎる惨状に、ピキッ!と青筋を立てた茨木童子がズカズカと布団に近づき、怒りを込めたゲンコツを思いっきり酒呑童子の顔面に振り下ろした。
一ミリの容赦も無いドゴンッ!という音と共に、衝撃波が貫通して床を波紋状にヒビ割れさせる。
ちょっ、強くない!?
顔面が漫画みたいにめり込んどる!
陥没した穴から奇怪な悲鳴を上げながら、酒呑童子が顔を押えてゴロンゴロン悶えまくる。
い、痛そう…………。
怒りが籠ってる分、明らかにドラゴンゾンビをぶっ飛ばした時より強く殴ってなかった?
少なくとも、遠巻きに眺めていた俺とクロ、そしてイナリをもれなくドン引かせる威力はあった。
逆に無防備な状態であれ喰らってよく顔面陥没だけで済んだな………………。
茨木童子も大概だが、一番恐ろしいのはあのゲンコツを素で喰らって悶える程度で済む酒呑童子の耐久力なのかもしれない。
ひたすら転げ回って満足したのか、自力で顔面を元に戻そうと試行錯誤する酒呑童子を眺めながらふとそんな事を思った。
「も~………ひどいなぁ、ソーカは。起こすならもっと優しく起こしてよぉ~」
やっとこさ顔面が元に戻り、目をこすって大きな欠伸をしながら気だるげにそう口にする酒呑童子。
茨木童子の青筋がまた一つ増えた。
「……………人が大変な役割をしている時に、随分気持ちよさそうに寝ていたじゃないか。おお?」
「あ、あれぇ?ソーカちゃん顔が険しいよ~………?」
「ん?いやいや、怒ってないぞ?領主のくせに毎日グータラ三昧でそろそろ堪忍袋の緒が切れそうとか、そんな事は無いから安心しろ」
「一ミリも安心できないよ!?うぅ…………あっ、そこのお兄さん!助けてぇ!」
目が笑っていない茨木童子の笑みの圧に耐えきれなかった酒呑童子が、遠くで微妙な表情で自分達を眺めていた俺を見つけ、これ幸いにと、とてとて逃げ出して俺の後ろに隠れた。
いや人を盾にしないでよ!
俺だってあんな重圧感じるの嫌だからね!?
「はぁ…………もはやいちいち怒るのも疲れた………」
「…………大変だね」
「まったくだ。毎回ここぞという大事な時にサボりおって…………カバーするアタシ達の身にもなって欲しいもんだ」
ちょこんと俺の脇から顔を覗かせる酒呑童子を見て、茨木童子はまた頭痛に耐えるように額を押さえる。
……………色々と心労が多い上にそれが絶えないらしい。
「ソーカちゃん、がんば!」
「やかましい。おいシュカ、礼だけは言っておけよ?マシロ達のおかげで無事解決したんだからな」
やれやれと肩をすくませた茨木童子が、眉間を押さえながら俺達を指した。
彼女の視線に誘われて下を向くと、ちょうどひょっこり顔を覗かせて上目遣いで俺を眺めていた酒呑童子と目が合った。
「おお、そうだったんだ~。ありがとね~」
「どういたしまして。俺はマシロ。こっちがクロで、こっちがイナリだよ」
「ん」
「ど、どうも」
二人の頭を撫でながら紹介すると、クロは隣の酒呑童子をじっと見つめながら、イナリは未だに唖然としているのか緊張しているのかで少しぎこちなく返事をした。
酒呑童子はうんうんと頷くと、俺の服の裾を掴みながらにぱっ!と笑顔を浮かべ。
「ボクは酒香、スリーサイズが"ピーーーー"で趣味は昼寝でっす。世間では酒呑童子って呼ばれてたりして、これでも一応鬼人族の領主をやってるよ~」
「一応とか言うなよ…………あ、そういえばアタシもまだちゃんと名乗ってなかったな。今更だが、蒼華だ。よろしくな」
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