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第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)

逆鱗(ガチ)

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「───────っ、侵入者だ!捕らえろ!」
「………うぅ…………」
「…………………」


あまりに突然、かつその場の雰囲気に合わない出来事に放心状態だったワルーダの副官らしき赤い鬼人の男が、やっとこさ我に返り配下の鬼人にそう命令する。

が、一足遅かった。
まばたきする間にイナリを抱えて立ち上がった俺とクロが、瞬時にそいつらの意識を刈りとる。


「がはっ!?」
「………ごっ………」
「……………」


バタバタと力なく崩れ落ちていく兵士達。
これでこの部屋に立っているのは俺達を除いてワルーダだけ。
向こうからすれば味方が誰一人居ない追い詰められた状況だ。

しかし、ワルーダは仲間が全員倒れたというのにひるむ様子はなく、むしろ一層気持ち悪い笑みを深めている。
……………よくこの状況であんな顔できるな。
よほど水晶の力を信じているのか、それともはたまたただの馬鹿なのか。


「おーい、イナリさーん。そろそろ起きろー」
「─────んはっ!?あ、あれ、ご主人様?えっと、これはどういう状況で……………?」


未だ左脇に抱えたままだったイナリの頭をペシペシ叩くと、目を見開いたまま呆然と固まっていた体がビクンッ!と震え、続いてせわしなく耳を動かしながらキョロキョロ辺りを見回す。
どうやら気絶はしていなかったものの、ビックリしすぎて茫然自失していたらしい。


「………クックックッ………。貴様ら、狐人こじん族の村に居た輩だな?」


水晶片手に立ち上がったワルーダが、気持ち悪い笑みを浮かべながら見下し全開で俺達をジロジロと眺める。
ん?気付かれてたのか?
捕虜の鬼人は誰一人逃がしてないし、密偵らしき気配も一切感じなかったんだけどな…………。
一体どうやって知ったんだか。

これまたあの水晶の隠された能力なのか、単純に〈遠視えんし〉的なスキルによる覗き見だったのかは分からない。
だが、俺達が潜入する事を知らなかったとなると、おそらく見ていたのは攻めてきた鬼人達を返り討ちにした所までだろう。
三下っぽいけど、実は有能だったりするのかな、こいつは。
意味ありげにこちらを睥睨へいげいするワルーダからは何とも言えないが。


「さて、今許しを乞えば命だけは助けてやろう………。まぁ、死ぬまで働いてもらうがなぁ!」


懐からこれまた趣味の悪い金ピカの扇子を取り出したワルーダが、ペチペチと自分の腕を叩きながら傲慢さを隠そうともせずそう言い放つ。
終いには俺を扇子で差して、土下座を催促するように振り下ろすではないか。
ずいぶんとまぁ傲慢な態度だな…………。
成金って言葉がここまでしっくりくる馬鹿もそうそう居ないだろうに。

当然の事ながら俺は頭を下げない。
下げる訳がない。


「ククッ………馬鹿なやつだ。仕方がない、これを喰らえ!」


ワルーダが得意げに水晶を掲げると共に、それを覆っていた禍々しいオーラが三本に集束し、それぞれが俺達目掛けて飛んできた。
高密度の呪いの塊だ。
これを受けたらヤバいってのがビンビン肌に伝わってくる。

だが心配は無用。
それは決して俺達に触れる事はなく、数センチ離れた所で神気にはばまれてジュワッ!と蒸発するように大気に消えて無くなった。
相殺ではなく完全に防御…………やはり力の序列として俺の神気の方が格上だったようだ。



………………なるほどね、ようは呪いの藁人形と同じ原理って訳か。
さっきみたいに対象に水晶の呪いを移し、その肉体を呪いの依り代にする事によって傀儡くぐつ化していたらしい。

主導権を奪われたその肉体は言わば生物より呪いに近い存在になる。
しかもその呪いは水晶が根源なため、未だ呪いの支配権みたいなものは水晶に健在。
水晶は呪い化した肉体を自由に操れる=その水晶を持っているワルーダが、実質的に鬼人達を傀儡化していると。

また面倒な事をしてくれたもんだ…………。
まずは鬼人達の安否確認をするべきか………あの水晶を壊したら呪いは─────────。


「ふ………ふはは!やったぞ!これでこいつらも俺の下僕だ!」


突然ワルーダが唾を飛ばしながら汚い笑いを見せたので、思わず思考が中断されてしまった。
……………こいつ、まさか気づいてないの?

向こう側で一人舞い上がっているワルーダはこの空間で完全にアウェイだが、どうやら本人は全く気にしていない様子。
いや、そもそも防がれるなんて思ってなかったんだろうなぁ。
物理的にも魔法的にも防御不能で、実際にあれだけの数の鬼人を従えてたんだから、調子に乗りたくなるのもわかる。

しかし、慢心はいずれ自分の足を引っ張る事になる。
それが他人や物の力によるなら尚更。


「ふんっ!わざわざ女を侍らせて来やがって………だがこいつらも俺の物だ!くくく………後で、壊れるまでたっぷり可愛がってやろう」





「────────────あ?」






不躾ぶしつけな舐めるような視線に、イナリが全身の毛をゾワゾワッ!と逆立て、無表情に定評のあるクロでさえ嫌悪感を全面に出したこの表情である。


俺の中で何かがぷっつんきた。


全身から殺気が溢れ出す。
つかつか乱暴に音を鳴らしながら距離を詰め、汚い笑い声を上げるワルーダの胸ぐらを掴んで引き寄せる。



「なっ!?き、貴様!主人である俺に向かって何を………………!?」
うるさい」
「ヒギャァア!?」


渾身の拳が汗だくのワルーダの顔面にクリーンヒットし、鼻血を吹き出して仰け反りながら奇怪な悲鳴を上げる。

煩いっての。
もう一度ぶん殴る。
あまりの痛みと俺の刺すような殺気に、全身から脂汗を滲ませて青い顔で震えるワルーダ。
情けないったらありゃしない。

…………………ちっ。




「ふざけやがって………おい、お前。に手を出そうとして、タダで済むと思うなよ?」


「オブゲァア!?」


最後に一発、思いっきり繰り出したアッパーカットが脂肪にめり込み、内部に衝撃波を与えてワルーダの内蔵をズタボロにした挙句あげく、反動で吹き飛んで何回もバウンドし、奥の襖にぶち当たってやっと止まった。
「ピギャッ!」とくぐもった悲鳴を残して襖の下敷きだ。


ふんっ、ざまぁみろ!





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