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第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)
狐人族③
しおりを挟むおしりを突き出して倒れた少女がビクンビクン。
狐人族の皆さんからは「またやってる………」と呆れ半分、和やかさ半分の視線がイナリに向けられる。
なんだか"慣れ"を感じさせる反応だなぁ………。
きっと村に居た時から常にあんな感じだったのだろう。
にしてもすごく痛そうだった。
ゴンッ!って音してたよ?
…………でもまぁ、そりゃそうか。
大切な娘がいきなり居なくなったら心配するよな。
頭をさすりながら涙目で起き上がったイナリを待っていたのは、雷が落ちたかのようなカムイさんの盛大な説教。
正座は必須である。
一応、自覚はあるのかイナリも肩身が狭い。
その様子を遠巻きにぼーっと眺めていると………。
少し遅れて、同じく集落の方から皆がやって来た。
「はぁ……はぁ…………ご、ご主人様…………イナリさんが、ものすごい勢いで………先に行ってしまって………」
「あー………お疲れ様……」
ぜーはーぜーはー息を切らしたアイリスが、絶賛説教中のイナリを見ながら途切れ途切れにそう話す。
アイリス曰く、船を海岸近くの岩場に停めると同時に、イナリが甲板から飛び出して全力疾走でここに向かって行ってしまったらしい。
おかげでそれに付いて行ったアイリスがこんなにも疲れているんだそう。
アイリスが疲れる速度で走って、汗をかいてないどころか息切れ一つしてないって、イナリは一体どんな体力してるんだ…………。
そういえば俺やノエル、クロの打撃を何回喰らってもへこたれず立ってたな。
涙目だったけど。
一応手加減してるから(たぶん)ってのもあるかもしれないが、素でイナリの肉体が頑丈だと言うのもありそうだ。
もしかしたらイナリは隠れフィジカルモンスターなのかもしれない。
「んお、こいつらが例の鬼人どもか?」
「そうみたい。一族総出で攻めてきてるんだったら数少なすぎるから、また第二陣、三陣もありえるかもね」
と思っていたらここにも息切れしてない人いた。
いや、正確には"人"ではないけども。
でもシルファさんもほとんど息切れしてないし………………。
ちらっと見ると、シルファさんは涼しい顔で狐人族の人達と話してた。
…………………一応言っておくけど、アイリスが体力無い訳じゃないからね?
ここに居る俺とクロを含めた数人がおかしいだけで、アイリスは至って普通かむしろそれ以上だ。
「ご主人様………」
「はいよ。水とかいる?」
「たしかに水も欲しいですけど、それよりもマシロニウムが足りません…………」
「マシロニウムって何?」
初めて聞いたよ?その単語。
息を整えているアイリスに肩を貸したり、それに乗じてくっついてきたアイリスに対抗してノエルまで抱きついてきたり。
両腕を塞がれた状態で抵抗できないまま、正面からお腹に手を回したクロがグリグリ顔を押し付けてきたり。
狐人族の人達がそれを微笑ましそうな目で見たりしている間に。
長い説教が終わったらしいカムイさんが、ため息をつきながら俺の方に向きなおった。
「いやだから、さすがに口移しは恥ずかしいんだけど………」
「マシロさん、少しよろしいですかな?」
「ああ、大丈夫です。むしろありがとうございます」
アイリスから出たまさかの"口移しで水を飲ませて欲しい"という要求を躱し、ナイスタイミングに声をかけてくれたカムイさんに感謝。
むぅ~、と唸るアイリスを見ないふりして、これ幸いとカムイさんに話題をチェンジする。
………………最後に「今夜は覚悟してください」と聞こえたのは俺の幻聴だと信じたい。
「すみません、うちの娘が大変お世話になったようで…………」
「いえいえ、お気になさらず」
「はっ!これがご両親へのご挨拶ってやつですか…………!?」
「違うわ残念キツネ」
どこをどう勘違いしたらこれがご両親へのご挨拶に見えるのさ……………。
あれだけ説教されたのにも関わらずもう復活したのか。
「こんな感じですから、まともな結婚相手は見つからず…………良い年頃のはずなのに困ったものです」
「ええ、分かります。すごく分かります」
二人してうんうん頷き合う。
俺、この人となら仲良くなれるかもしれない。
イナリの父親って聞いた時、イナリに似てたらどうしようって思ったけど、どうやら杞憂だったようだ。
「ちょっとぉ!?二人ともひどいです!だいたい、そんな事言うならご主人様がもらってくださ……………あ!もしかして今のって、"こいつは俺がもらう"的なアピールだったんですか!?も、もぉ~、それならそうと言ってくれれば良いですのに~」
「…………………」
無駄に俺のセリフの所だけイケボで言うイナリ。
もはや否定するのすら面倒くさくなってきた。
へこたれないなぁ、イナリは。
「父親としては、早く結婚して孫の顔を見せて欲しいところですがな」
「なんでこっち見るんですか?」
はっはっはっ、と笑いながらちゃっかり娘の嫁ぎ先として俺を視野に入れてるらしい。
目が笑っていない。
そんな事言われても、今のところイナリを嫁に迎えるつもりは無いよ?
だからイナリ、期待でキラキラ輝いた目をこっちに向けないの。
「まぁ、この話はまた後ほどにしましょう。立ち話もなんですので、どうぞ我々の集落へいらしてください」
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