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第3章 出会い イナリ編 (60〜97話)

日出ずる国ジパング②

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普通なら魚かな?とか、やっぱりファンタジーだなぁ………と感心する所だが、今はそんな事言ってる場合じゃない。
あばばばば………!と震えが止まらない。

あまりにも大きすぎた。
湖のぬしを見た後でも、ドン引きするレベルの巨大な魚影。
少なくとも主の数倍…………いや、見えなかった部分も合わせたら十数倍はあるかも…………!?
急いで船頭から跳び降り、かじを操るシルファさんに向かって大きな声で伝える。


「シルファさん!急いで北方向に───────!」


だが、時すでに遅し。
船の数十メートル離れた海面に巨大な、本当に巨大な魚影が映り、海が盛り上がったと思った次の瞬間。
大量の海水をき散らしながら、巨大な何かが海からゆっくりと姿を現す。
太陽光を反射した水滴がキラキラ輝き、怪物の表面を伝って落ちる。
船を覆ってもなお伸びる影に、船に乗る全員が言葉を失って立ち尽くしてしまう。



『ゴアアアアアアアアアアッッ!!!』



薄れた茶色とオレンジの斑点が全身にあり、一本一本が建物よりも大きそうな鋭い牙。
なのになぜか気だるげそうな瞳の怪物が、見た目通り迫力たっぷりの咆哮ほうこうで大海を揺らす。

こいつがいわゆる海獣ってやつだろう。
にしても聞いてたより巨大すぎないか!?
もっとこう…………一回りか二回り小さいくらいだと思ってた!
まさかの今まで出会った生物の中でも圧倒的過ぎる大きさに、俺とノエル含め唖然として体が動かない。
海獣から垂れた水滴がピトンッと額に当たり、やっと正気を取り戻した。


「っ!」
「ダメです、ご主人様────あべし!?」
「あ」


なぜか海獣はまだ目立った動きを見せない。
この隙を逃さず腰の黒剣を抜いて攻撃しようとすると、真横で固まっていたイナリがはっ!と我に返り、慌てて俺を止めようとした。

しかし間の悪いことにイナリに抱きつかれた俺はバランスを崩し、中途半端に抜いた刀身がさやに引っかかった。
それが滑り、傾いた硬い柄がイナリの眉間にクリーンヒット。
ガスッ!と鳴っちゃいけない音が静まり返った船内に響く。

俺からずる……ずるる………とずり落ち、そのまま額を押えてゴロンゴロンのたうち回るイナリ。
どうやら言葉にならないほどの激痛らしい。

…………………すまん、これは俺が悪かった。
今回は残念キツネになんの非もない。


「マシロさん!この海獣は特定保護海獣として定められているシーベルトです!保護対象なため、討伐は許されていないんです!」
「マジか…………つまり、こいつを殺したら何らかの罪になるのか」
「いえ、そんなに甘くありません。最悪の場合死刑になった前例もあるのだとか…………」
「は!?」


シルファさんいわく、古代から生存し続けている超希少種のため、国が勢力を上げて守り抜いてきた種の一体なのだとか。
こいつを間違えてでも討伐した場合、良くて過酷な未開地に三~五十年間強制労働の刑らしい。
……………やばい、刑の内容が未知すぎて恐怖しか感じない。

なるほどね。
絶滅危惧種どころか、既に滅びた恐竜と同等…………もしくはそれ以上の扱いなのな。


『ギャオオオオオオオオオッッ!!!』


「んにっ、にげろぉぉぉっ!?」


ガパッ……!とギザギザの牙が輝く口を広げて落ちてくるシーベルト。
あんな巨体に触れたらこの船なんて簡単に壊れてしまう。

全速前進!
風魔法をできるだけ強くし、無属性魔法でなるだけ強度を上げた帆に当ててありえない速度で大海原を駆け抜ける。
海獣がまさかの船の加速に驚くが、ゆるりと海面を進んですぐに追いついてしまう。

体がデカすぎて一歩(?)がとんでもないな………!
まずい、このままだと叩き潰される!

落ちればやつのフィールドである海のど真ん中。
いくら俺でもシーベルト相手(何気に災害級の強さがあるらしい)だと、皆を守りながら陸まで泳いで、かつシーベルトを殺さないようにするとか無理ゲーすぎる。

ギシギシと悲鳴を上げるマストを頑張って保護しながら、ただひたすら風魔法の爆速エンジンで逃げ続ける。
しかし、当然間は広がらず狭まらずの拮抗状態。

これじゃあらちが明かない。
すると、不意にザバァンッ!と豪快な水しぶきと音が聞こえてきた。
何事かと振り返ると、なんとシーベルトが海に潜っているではないか。


「諦めたのか……………?」
「ご主人様!まだです!」




イナリが珍しく緊迫した表情で叫ぶ。

突如、下から激しい衝撃。
船があっという間に宙を舞う。
船の全体に強化魔法をかけておいて良かったと心底安心した瞬間だ。
こいつ、まさか下から突き上げてくるなんて……………!

おかげでひっくり返って逆さまになった俺達の下で、大きく口を開いたシーウルフが水しぶきを撒き散らしながら咆哮を上げる。


「くっ、せめて受身を…………!」


このままでは船ごと食べられかねない。
迫り来る海獣向けて右腕を突き出す。


───────────しかし。


途中で海獣は何かに気がつき、慌てるように海に戻ってどこかへ消えてしまった。
遅れて真っ直ぐ俺達と船が海面に突っ込み、激しい水しぶきと衝撃を上げながらもなんとか体勢を整えて事なきを得た。
大量の水をかぶりびしょびしょになった俺達は、数分の間、甲板に倒れて一言も喋ることが出来なかった。

ほんの数分の出来事なのに疲労感がものすごい………………。
ちなみに主に倒れていたのは俺とイナリだけだ。
ノエルとアイリスはすぐに立ち上がって濡れた服に困ったような顔をしていた。
シルファさんとクロに至っては、そもそも華麗に着地して、平然と舵をコントロールしたり周りを警戒したりしてました。

皆よくそんなに平然としてられるな…………。


「……………イナリ~、無事か~………?」
「はいぃ……なんとか生きてますぅ………」


上半身を起こすと、同じく全身ぐっしょり濡れて耳もしっぽもへにゃっとなったイナリが近くで女の子座りしていた。
俺はそれを確認して瞬時に視線を逸らす。

なぜかって?
そんなの決まってるじゃないっすか。
大量の海水を浴びたせいで、服が肌にへばりついて体のラインを激しく主張している上に、肌色が透けて下着ごと丸見えだ。
最初は"?"マークを浮かべていたイナリも、やっとその事実に気がついて慌てたように顔を赤くしながら、すぐさま両手で大事な部分を隠す。

……………はぁ。

俺は視線を逸らしたまま、【ストレージ】から着替えで用意していた俺のシャツとズボンを取り出してイナリの方に放り投げる。


「ほら。男物で悪いけど、着替えないよりはマシだと思うからさ。船内で着替えてきな」
「え、良いんですか!?」
「ん?ああ、まだ何着か着替え持ってきてるし、これくらいどうってことな───────」
「くんくん………。ふへへ、ご主人様の匂いが染み付いた服………!」
「……………ごめん、やっぱ返してくれる?」


今、たった一言で一気に貸したくなくなったんだけど。
思わずイナリの方に視線を戻し、俺が渡した服をクンクンしながら顔を蕩けさせてるイナリを目撃してドン引きする。
……………いや、でもよく考えたらクロも同じような事してたな。
それにノエルやアイリスがこういう事やってもドン引かない………と言うかむしろ愛らしく感じる。


「むむむっ!今失礼なこと考えましたね!?」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「では罰としてこの服は私がいただきます!」
「……………まぁ、いいよ」
「あれっ!?」


俺がまたもや溜息をつきながら放った一言に、船内に逃げ込もうとしていたイナリが振り返って目を丸くする。
…………どうしたの?


「いえ、てっきり貸してくれないのかなって…………」
「さすがにそんな酷い事せんわ。元々貸すつもりだったし、そんな濡れた服じゃ風邪ひいちゃうから。早く着替えてこいって」
「はわわ…………ついに………ついにご主人様がデレてくれました!んもぅ、ご主人様は恥ずかしがり屋さんですねぇ!そこは素直に言って欲しかったですけど、これはこれであべんぬっ!?」
「……………主、岸が見えてきた」
「お。やっと到着か………」


船頭からジャンプして降りてきたクロが流れるようにイナリの脳天にチョップを喰らわせ、悶絶するイナリをさておき俺にそう報告する。
クロ、イナリに対して本当に容赦ないな……………。


「だけど、様子がおかしい」
「警戒されてるのかな………」
「きっと違う。近くの森の中から煙が立ってる。あと、戦闘音」
「煙に戦闘音……………シルファさん!その煙が立ってる場所って………」
「ええ!ちょうど村の近くです!」


げ、少し間に合わなかったか。
ガバッ!と顔を上げたイナリと共に船頭に上がって見ると、確かに海岸からそう距離のない場所にある森林の中腹辺りでいくつもの煙が立ち昇っている。
隣のイナリは青い顔で震えて今にもへたり込んでしまいそうだ。


「よし、俺とクロで先に行くか」
「ん」


服の裾を絞ってから、せめて邪魔にならないように少し持ち上げて横で結ぶ。
本当は乾かしたいところだけど、贅沢を言ってる暇は無さそうだ。


「ご主人様………」
「安心しろ、ちゃんと皆助けるから。………ノエル、アイリス!こっちは頼んだぞー!」
「うむ、任されたのだ!」
「ご主人様!お気をつけて!」
「おう!それじゃあ、シルファさんもお願いします」
「はい、承りました」


ノエルとアイリスに手を振り、それからクロと共に船に衝撃が伝わらない程度に踏み込んでジャンプし、落下に合わせて高速で水面を蹴りながら煙の場所に向かう。

俺もクロも水面を走るぐらいはお手の物だ。
数秒で上陸し、今度は鬱蒼と茂る森林に突入。
チラッと上を見上げるが、木が発達しすぎて空が見えない。

これじゃ煙がどこから上がってたか分かんないな……………。


「あっち」
「はいよ!」


こういう時はクロ頼みだ。

嗅覚と聴覚が共に鋭いクロがスンスンと鼻をならし、ピクピク耳を動かしてやや斜め先を指さす。
さすがクロ、一発で戦闘が行われている場所を見抜いたらしい。

木と木の間をすり抜けるように駆け抜ける。
すると、徐々に視界が開けてきた。
戦闘音が俺でも聞こえるくらい近い。

あそこか…………!

向こう側から光が漏れた木々を発見。
二人とも一斉にそこを抜けた。

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