最強ご主人様はスローライフを送りたい

卯月しろ

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閑章 マシロ家の日常 (49話〜59話)

焔狐②

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「こらこら、せっかく綺麗な毛並みだったのに…………」
『コンッ!』


もはや泥の塊と化した子狐を拾い上げ、水属性の魔法で泥を洗い流してサッパリ。
無属性魔法をドライヤー代わりに乾かしてやる。

…………よし、こんなもんか。
子狐の毛を手ぐしで梳きながら、そう一人頷く。
お~、すっごいもふもふだ~!
気持ちいい~…………。

温かい風を受け、気持ちよさそうに目を細めていた子狐がご満悦したように鳴き声を上げる。
全身もっふもふで嬉しいみたいだ──────っと!?
やっと落ち着いたかと思いきや、膝に乗せていた子狐が元気いっぱいに飛び上がり、またしても地面にダイブしようとする。

しかし、危ない所でキャッチ。
せっかく綺麗にしたんだから、せめてもう少しの間は大人しくしてなさいな………。
ギュッとふところに子狐を抱きしめる。


「よしよし、元気な子だな~。君はどっから来たのかな」
『コン?』
「どこかから迷い込んだんですかね………。いや、それよりも、酷い目に遭わせてごめんよ。まさかこんな子狐がここら辺にいたとは──────」

『コォォンッ!!』

「いたっ!?」


アレクが申し訳なさそうに子狐を撫でようとするが、彼が近づいた途端に子狐の表情が険しくなり、手をひっかいて威嚇するように吠える。
あらら、どうやらあの罠を仕掛けたのがアレクだって事にちゃんと気がついてるみたいだね。
罠に残った匂いを覚えてたのかな。


「いてて………これも因果応報ってやつですかね」
「まぁ、次は他の罠にして、無闇に傷付けないようにしようね?」
「はい………」


狐達含め普通の動物は、魔物と違ってこちらに危害を加えると確定しているわけじゃない。
だから、無闇やたらに傷つけるのは良くないと思う。
まぁ今回は実害があるから仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
でも、やっぱり個人的にはトラバサミみたいな罠は使いたくない。


「さて、そんじゃ行こっか」
「え?どこにですか?」
「本物の盗人のとこ」


きょとんとするアレクを引き連れて、俺は畑の反対側、つまり俺が仕掛けた罠の方に向かう。
実は、俺の罠には魔法が仕掛けてあった。
敵をマヒさせて捕縛する【パラライズ】という魔法だ。

それは罠が破壊された事をトリガーに発動し、半径二メートル以内に居る生物を強制的にマヒ状態にする。
つまり、俺の罠は【パラライズ】を発動するための罠でもあった訳だ。
もちろん、元の罠としてもちゃんと機能する。
言わば二重トラップ。

ついさっき、それが発動した気配があった。
背の高い草むらから出て、かぼちゃのような野菜の生えた畑を横断した先に。
長方形の一部がひしゃげた罠と、その近くでぐったりと倒れる焔狐を見つけた。

焔狐の耳がピクピク動き、首を重たげに持ち上げて振り返る。
焔狐と目が合った。
次の瞬間、辺りを紅蓮の業火が包み込む。


『コォンッ!?コンッ、コンッ!!』
「あつっ!?け、剣聖様、これって!?」
「焔狐お得意の幻術だね」


幻術の炎に驚いた子狐が俺の腕の中から抜け出し、頭の上にかけ登ってガタガタ震えている。
アレクも幻術とは分かっているものの、実際に熱さをともなっているため動揺を隠せない様子。

ふ~む、これが焔狐の厄介な所なんだよなぁ。
こうやって人が怖がってるうちに罠から逃れて、そのまま姿を消す。
たぶんこの次は……………。
俺の予感が的中し、炎の影から何体もの焔狐が姿を現す。
出た、幻術による分身。


「うわぁ!?け、剣聖様!これ、やばくないですか!?」
『コォン!コォン!!』
「二人とも、大丈夫だから落ち着いて。こういうのは気持ちの問題だから」


これが本物だと思えば思うほど幻術に飲み込まれてしまう。
だが二人の反応も仕方ないことだ。
実際に感じる熱さ。
分身の放つ生物特有の気配。
現実にしか思えないほど、焔狐の幻術はレベルが高いのだ。

「幻術って分かってるんだったら、偽物だって見抜くのは簡単だろ!」とか言う人。
一回味わってみ?
二度とそんな事言えなくなるから。
たとえ幻術だって分かってても、これを目の当たりにしたら嫌でも現実だと錯覚してしまう。



さてさて、逃げられても面倒だし…………さっさとこれ、解いちゃおうか。
トンッ、と右足を一歩踏み出す。
瞬時に幻術が消し飛び、辺りの景色が元の畑に戻った。

原理は簡単。
踏み込むとともに俺の魔力を放射状に放ち、幻術を消し飛ばしたのだ。
幻術とは自身の魔力を霧のように辺りに充満させ、幻覚を見せる術のことを言う。
なら、そもそもの原因である焔狐の魔力を消し飛ばすのが一番手っ取り早い。

早く幻術を解いたおかげで、未だ動けぬ焔狐が畑に横たわっている。
俺は子狐を頭にちょこんと乗せたまま、焔狐の前に回り込んでしゃがむ。


「畑を荒らしてたのは君?」
『グルル………ッ!!』


俺の質問に対し、睨みつけと唸り声で答える焔狐。
………うん、こいつが犯人みたいだな。
足跡も合うし。




「剣聖様、この焔狐はどうするのですか?」


アレクが言いよどみながら聞いてきた。
おそらく、殺すにしても子狐の目の前で同族に手をかけるのはいかがなものか、と悩んでいるのだろう。
ま、そこは俺に任せなって。
良い案がある…………というか、元々そうするつもりだったし。

俺は力なく暴れる焔狐の額にトンッと人差し指を立てる。
途端にあれだけ抵抗していた焔狐の動きがピタリと止まり、その赤色の目が俺を見つめて離れなくなる。


……………数秒経ち、俺は指を離す。
焔狐の抵抗は無い。
魔法で状態異常を解除してやると、四肢の反応を確認してから焔狐がのっそりと立ち上がった。


「えっ、大丈夫なのですか!?」
「ああ。もう敵意はないよ」


体をふるふると震わせた焔狐を見て、心配そうにアレクが呟くが、俺はしゃがんだまま手を振って、大人しくなった焔狐を呼び寄せる。

さあ、早くそのボリュームたっぷりの毛をもふもふさせてくれたまえよ!
正直に言うと、ずっともふもふしたいと思っていた。
狛犬みたいにくるりとなった毛並みはとてもボリューミーで、触れると指が沈んでいく。
はぁ~、気持ちいい…………。
クロのサラサラの毛並みも、プラトス達のスベスベした肌触りも良いけど、この底なしのふかふかも実に捨て難い。


「お?」


そうやってひたすら撫でていると、なぜか頭上の子狐が上へ上へとよじ登り、ついにバランスを崩して焔狐を撫でるために伸ばしていた腕に当たり、そのまま俺の懐に顔から突っ込んだ。

どうした子狐よ。
暇だったのかな?
もぞもぞ動いた子狐が、スポンッ!と顔を出して揃えて曲げた俺の膝に前足を乗せ、一周りも二周りも大きい焔狐を見つめる。


『コンッ!』
『クルル……?』
『コンッ!!』
『………………?』


焔狐が困ったように俺の方に顔を向けた。
いや、ごめん、俺も何言ってるか全く分からん。


『グルッ………!』
「ん、そうだね。先にそっちの説明もしなきゃ」


焔狐が背を向けて歩き出す。


「アレクも着いてきな。君にも関わる話だから」
「はあ…………」


終始置いてけぼりになってしまったアレクは、何が何だか分からない様子だったが、なんとか頷いて俺の後ろを着いて歩く。
「まぁ……剣聖様なら何でもありか」と呟いてたのが気になるけど…………今は聞かなかった事にしよう。
村を出てしばらく歩き、近くにある森林にやって来た。


『クル、クルッ』
「お、ここか」


森林に入って少しして、何やら洞窟の周りに落ち葉が積み重なって盛り上がった場所にたどり着いた。

焔狐が中に向けて数回鳴くと、唯一の入口からひょっこりと耳がはみ出し、二匹の子狐が顔を覗かせる。
ここはこの焔狐と子狐の巣なのだ。
こんなに人里の近くに焔狐の巣があるなんて知らなかった。
いわく、本来住んでいた場所で食料が取れなくなったため、ここまで来ざるを得なかったらしい。


「子供達が居たんですね。…………でも、なんだか少し痩せていませんか?」
「うん、食料が足りないんだってさ。だからアレクの畑の野菜を盗んでたみたい」
「なるほど…………」
「そ。それで、アレクに相談なんだけど」


俺は頭を擦り寄せてきた焔狐を撫でながら、首を傾げるアレクに先程話した内容を説明する。


「この子達に、野菜とかお肉を分けてあげてくれないかい?あ、もちろんタダでとは言わない。ギブアンドテイクだ。この子は食料を貰う代わりにアレクの畑を守る」



農家が受ける害虫や動物の被害は、年間で相当な件数に上る。
さらには小さすぎたり、形が悪かったりと様々な理由の規格外野菜が出るせいで、前世では全体の約三十~四十%の野菜が廃棄されているらしい。
こちらではそこまで酷くないものの、やはり何かしらの理由で廃棄される野菜は少なくない。

しかし、焔狐が居れば害虫や動物、魔物などの被害はもちろん、形が悪くとも味は変わらないので貰えれば良い、というがあるので、破棄される野菜は相当減るはずだ。

その場合、農家側の利益が上がるのは間違いない。
代わりに、焔狐達は餌である野菜や肉を貰うという訳だ。




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