最強ご主人様はスローライフを送りたい

卯月しろ

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閑章 マシロ家の日常 (49話〜59話)

主従、釣りを楽しむ③

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クロはすごく、それはもうものすっごく魔法が苦手だ。
魔力量そのものは悪くないものの、魔力の微細な調整が苦手な上、そもそも各属性への適性が限りなく低い。
どれぐらい低いかと言うと、下手に初級魔法を使うより身体強化した方が効率が良い程である。

逆に身体強化、また魔力による武器の強化などは大の得意で、故にクロの戦闘スタイルは物理が基本。
近接戦闘においては無類の強さを誇る。
そのため普通なら魔王だろうが湖の主だろうが、単純な揚力でクロが後れを取るはずがないのだ。

しかし、今回は少しイレギュラー。
クロ自身への身体強化はされているものの、使い慣れていない釣り竿への強化は魔力操作が苦手なクロには難しかったらしい。
いくら引く力が主に勝っていても、釣り竿が折れてしまっては元も子もないので、結局、全力で引くに引けないのだろう。

ううむ、完全に忘れてた………。


「よし!俺が魔力で支えてるから、やっちゃって!」
「ん!」


竿が折れる前になんとか駆けつけ、クロを背後から抱きしめて支えながら竿全体を魔力で補強する。
それを合図に、踏ん張り直したクロが全力を解放。
竿が通常ではありえないほどしなり、逆Uの字を描いてミシミシと空気を震わせる。
こうなってしまえば主に勝機は無い。
俺とクロはじりじりと両足を後退させ、着実に主を水面に近づけていく。


「うおおっ!ついに見えてきたぞ!」
「やべぇ、デカすぎだろ………!」


あちこちからギャラリーが集まってくる。
湖で釣りをしていた人達はもちろん、村から騒ぎを聞きつけた村人達までもが辺りに集まり始めていた。
そのうち釣りのベテランっぽい二人組が水面を指さす。

俺達は岸から少し離れて竿を引いているが、そこからも見えるほど水面に現れた魚影は大きかった。
見物人達は大きくどよめくと、一度動きを止め、すぐに唖然と二、三歩後退する。
徐々に主が水面から引きずり出されたは良いが、そのあまりにも大きな巨体に驚きを隠せなかったのだろう。
水しぶきが飛び交い、主の体から流れ落ちる湖の水が波となって岸に当たる。


「んっ、しょ!!」


クロが最後の掛け声と共に精一杯の力を込めて引っ張ると、主の体が一気に宙に浮かび上がり、水しぶきを撒き散らしながら俺達の頭上を通り過ぎて草原の方にダイブした。

大きな砂煙が巻き起こる。
俺とクロはすっぽ抜けた竿に持っていかれて思わず尻もちをつく。
いてて………よーし!

主、とったどー!


「さすがクロ!」
「ん、もっと褒めて」


主を釣ったという事実に感動し、胸の内のクロを抱きしめてくしゃくしゃ撫でまくる。
クロも久々に達成感のある事をしたためか大変ご機嫌な様子だ。


「マシロさん、クロさん!まだです!あいつは陸でも活動できるんですよ!!」
「え?………おお、器用に走ってる………すごいなぁ」
「呑気に言っとる場合ですか!ほら、逃げないと不味いですよ!!」


『キシャアァァァァァァァッッ!!!』


爆速で魚が走ってくる。
見た目はハゼの丸々太ったやつに硬い爬虫類の鱗が付いたみたいな感じ。
フグのような体型の主が、ハゼのようにヒレを足にして、二股に別れた尾びれを左右に振りながらジタバタ動いている。
とにかく大きい。

二階建て家屋くらいの大きさはあるな………………。
主は雄叫びを上げると、その巨大な口を開いてとんでもないスピードでこちらに向かって走る。


「クロ、行くぞ」
「ん」
「ダメですって!早く逃げないと───────」
「だからじいちゃん、大丈夫だって!」


このままでは俺達の変わりに自分が肉壁になりそうな勢いのゴードンさんを青年に抑えといてもらい、俺とクロは【ストレージ】からそれぞれの武器を取り出す。


『ギャオオオオオオオオッ!!』


主の怒りの咆哮が聞こえる。
次の瞬間、俺は駆け出した………………と共に、クロの姿が掻き消える。

ズバッ!!


『グギャッ!?』


主の丸々太った腹から肩っぽい所にかけてクロスの斬撃が刻まれ、大量の血が吹き出した。
主の上に半回転して頭を下にした状態のクロの姿が見える。
手には血のついた二本のダガー。
先程の斬撃はクロの仕業だ。

しかし、主は速すぎて何が起きたかまだ気づいていない。
遅れて自身の上空のクロに気がついた主が、空中で身動きの取れないクロに向かって片方のしっぽを振るう。


だがクロにそんな単純な攻撃は効かず、器用に空中で身を逸らしてそれを避け、落ちるついでにしっぽを輪切りに斬り落とした。
さらに着地すると同時に前に走り、もう片方のしっぽも根元から断ち切る。


『ギャオオオオオオオオッ!!?』


たまらず主が背を仰け反らせて悲鳴を上げる。
巨大魚の頭の両脇に付いた大きな目が飛び上がった俺を捉えた。


『キシャアァァァァアッ!!』

「せい、やっと!」


ゴオッ!と空気を切り裂いて落下し、その勢いを乗せて思いっきり黒剣を振り下ろす。
抵抗はない。
綺麗な断面を残して、主は真っ二つに分かれ永久に繋がることはなかった。





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