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第2章 出会い アイリス、クロ編 (16話〜48話)

終幕②

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「それと、こちらをどうぞ」


ダグラスさんがそう言うと共に、後ろに控えていた受付の女性が一歩前に出る。
その手には、小さなふかふかのクッションのようなものが乗っていた。


「これは…………バラ?」
「はい。"氷面鏡ひもかがみの薔薇"と呼ばれるアイテムです」


そこに乗っていたのは、一本の真っ白い萎れたバラ。
客間で俺が見たのとは違い綺麗な氷のように透き通っていて、かすかな冷気を辺りに撒き散らしている。
しかし、触るとちゃんと植物の感触がする。
名前以外全てが"unknown不明"なのも含め、とても不思議なバラだ。


「いずれ必要だと感じた時に、クロにお渡し下さい。必ず役に立つはずです」
「……………分かった。受け取っておくよ」


女性からクッションごとバラを受け取り、【ストレージ】の分かりやすい位置にそっと置く。


「真白ー!」
「お、話は終わったの?」
「うむ!真白よ、今夜は楽しみにしておくがいいぞ!」


ガバッ!と後ろから抱きついてきたノエルが楽しそうに笑う。
……………そのセリフ的に、遅れてきたアイリスの顔が真っ赤なのがすごく気になるんだけど。
もしかして何か変な事教えこんだりしてないよね…………。

ふと一抹いちまつの不安が頭をよぎった。


「おや、もうこんな時間でしたか。それでは皆さん、帰り道には気をつけてお帰りくださいませ」
「ああ。ダグラスさん、色々ありがとう」
「お菓子美味かったのだ!」
「ダグラス様、長い間お世話になりました」
「ん、ばいばい」


いやほんと、うちのノエルがすんませんでした。
お宅のお菓子大量に食べちゃったそうで………。
ダグラスさんは笑って許してくれたから良かったけど…………ものすごく申し訳ない。

ぺこりと一礼してからダグラス商館を離れ、赤く染まる夕焼け空の下、メインストリートを外壁向けて歩き始める。
本当はこのまま転移魔法で即行帰ることはできるんだけど、あんまり人前で使いたくないんだよね。
理由はそもそも転移魔法を使える人が少なすぎて、希少な魔法らしいから使えると知られると何が起こるか分からない。

特に冒険者に見られると、しつこくパーティー勧誘とかされるかもしれないしね。
なるべく移動を早く済ませたい冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい魔法のはずだ。
てなわけで、一度王都から出て人目のない場所で転移しようと思う。




「んぅ~…………あるじぃ……ねむい……」


メインストリートを半分ほど進んだところら辺で、ずっと俺の袖を掴んで歩いていたクロが目を擦りながら俺をよじ登り、頭をぐりぐりしながら訴えかけてくる。
あー、今日は古城行くのにもそれなりに歩いたし、疲れちゃったのか。


「しょうがない、家に着くまでだぞー」
「あい………」


呂律ろれつの回らない返事をしてから少しすると、すぐに後ろから寝息が聞こえてきた。

こういう所は子供っぽいのな……。
首に回していた手が緩んでズルズル落ちるクロを背負い直す。
それから十五分ほど歩くと、昼の時居た大量の馬車や人が見る影もなくがらりとした外壁の門にたどり着いた。
そこで入った時と同じお兄さんに手続きをしてもらって外に出る。


「んー…………あそこの岩陰がちょうどよさそうだね」
「うむ。多少近いが、まぁ問題ないだろう」


入口から少し離れた場所に、全員が隠れられそうなちょうど良い大きさの岩を見つけた。
少し近い気もするけど、周りに人がほとんど居ないこの時間帯なら大丈夫なはず。


「………んぅ………お腹すいた……はむ……」
「おぉふっ………」


むにゃむにゃ言いながら顔を前に傾けたかと思うと、突然はむはむ耳を甘噛みしてくるクロ。
柔らかい唇と舌が触れる未知の感触にゾクゾクと背筋が震える。
い、息がくすぐったい………!


「あらら、ずいぶんお腹ぺこぺこみたいですね」
「だね。クロー、頼むから家に帰るまで我慢してくれー」
「あい………頑張る……」


俺の耳にヨダレと歯の跡を残して離れたクロが再び夢の世界に旅立つ─────────寸前に。




ピクピクッと耳を小刻みに震わせたクロが、ガバッ!と起き上がってしきりに辺りを見回す。
あっちへピコピコ、こっちへピコピコ、忙しなく震え続ける。
やがて何かを感じ取ったのか、一方向を指さすと。


「………主、あっちから来る」
「お、ほんとだ」


クロに言われて気がついたが、おそらく魔物と思われる気配がすごいスピードでこちらに向かってきていた。
速い………が、数は三つと少なく感じる魔力もそこまで大きくない。
王都を襲撃しに来たのか?
まぁ、これくらいの強さなら、放っておいても大丈夫だと思うけど……………んん?


「なんか、こっちに向かってきてないか?」
「ん」


ドドドドッ!と足音が聞こえる距離まで来たなと思ったら、なぜか急に進行方向を変えてこちらに接近し始めた。
どうやら王都への襲撃ではなかったらしい。
狙いは初めからこっちだったのか………………え、なんで?


『ギャオオオオッ!』


魔物の鳴き声だ。
…………どこか、聞き覚えがあるのは何故だろう。
俺とクロは顔を見合わせる。
その隙に、すぐそこまで迫っていた魔物達は一斉にブレーキをかけ、その勢いで砂煙が思いっきり巻き上げられた。


「んおっ、どうしたのだ?」
「砂煙で何も見えませんね………」
「なぁクロ、この気配って………」
「ん。やつら」


完全に返り討ちにする気満々だったノエルと、俺の前に立ちはだかっていたアイリスが戸惑いの声を漏らす。
対して、接近してきた気配に覚えのあった俺とクロ。
俺より探知系に優れているクロがそう言うんだから間違いない。


『クルァ♪』

「うわっぷ!?」
「きゃっ!?」


やっぱりあの時、古城で出会ったプラトス達だった。
どうやらあの後、ちゃんと古城から脱出できたようだ。
砂煙を割いて勢いよく飛び出したプラトスが、びっくりして後退したアイリスを押しのけ俺に頬ずりする。


『クルッ、クルァ!』


おお?なんかすごい人懐っこくなってるな。
残りの二匹のプラトスも加わり、合計三体のプラトス達に頬ずりされたり舐めたりされまくる。
しっぽがご主人様に甘えるようにブンブンと左右に振られているのが可愛らしい。
なんか犬みたいだ。
犬にしては大型すぎるけど。
正直三体に全体重をかけられたら、クロを背負ったこの状態で重心を維持できる気がしない。


「えっと、この子達は………?」
「古城に行った時たまたま会ったプラトス達。皆いい子だから、警戒しなくて大丈夫だよ」


まだ警戒して魔力を練ったままだったアイリスにそう説明すると、ほっとため息をついて、手に集まっていた魔力を破棄した。
ごめんごめん、先に説明しとけばよかったね。
たしかにそりゃ、いきなりプラトス達が突進してきたらびっくりするわな。
ノエルは…………もうすでに打ち解けて乗り回してるから大丈夫か。

向こうでプラトスの背に乗りながら「ヒャッハー!なのだ!!」しているので心配無用。


しっかし、タイミング悪かったなぁ…………。
頬ずりするプラトスをなでながら空を見ると、徐々に日が傾き始めている。
そろそろ帰らないと…………何せまだ夜ご飯作ってないからね。

村にあるお店で食べればどうとでもなるが、せっかく初めてアイリスとクロが家にやってくるのだ。
家でご馳走を振舞ってあげたい。

歓迎パーティーってやつだ。
だが、ご馳走を作るには時間がかかる。
今から超特急で頑張ったら、ギリギリ夜ご飯に間に合うかどうか。

……………まぁ、そこは何とかするとして。
てか今気がついたけど、今日から四人分食事を作るんだよな。
大変だぁ…………。
アイリスにも手伝ってもらおう。


「よしよ~し。ごめんな、今日はそろそろ帰らないと行けないんだ。今度また遊びに来るから、その時な」
『………………クルァ!』


プラトス達に別れを告げるが、少しの間の沈黙を置いて、なぜかより身を寄せてくるプラトス達。
ノエルを乗せて走り回っていたプラトスも戻ってきて俺に擦り寄る。

「い、いや、頼むよ。もう帰って夜ご飯の支度しなきゃ行けないから…………」
「………………もしかして、真白について行きたいのか?」
『クルァ!』


頑として離れようとしないプラトス達に手を焼いていると、不意にプラトスの額に触れたノエルがそう問いかけた。
間髪入れず元気な良い返事。
あ、そゆこと?


「ふ~む。俺的には問題ないけど…………皆はどう?」
「むしろウェルカムなのだ」
「大丈夫」
「はい、私も賛成です!」


どうやら満場一致でプラトス達も一緒に帰ることに賛成なようだ。
まだプラトス達が住む場所とか食べる物とかの問題はあるけど…………たぶん、なんとかなるだろう。


「……………よし、一緒に帰るか!」
『『『クルァ!』』』


そろって元気よく返事をして頬ずりするプラトス達をなだめ、俺は早速、転移魔法の準備を開始する。
いやー、まさか一日で二人と三匹の家族が増えるとは…………二百年生きても、人生って分からないもんだね。
クロ達に手を繋ぐように指示しながら、そんな柄でもない感慨に耽ける。

………………これでよしっと。
プラトス達を含め全員が繋がっているのを確認し、俺は転移魔法を発動する。


「じゃ、行くよ。【テレポート】」


そう唱えた途端、一瞬だけ視界がぐらりと揺らつき、次に目を開けた時には見慣れた村の景色が眼下に拡がっていた。

夜になりつつある時間帯ということもあり、所々に明かりの灯った村はとても綺麗だ。
初めてこんな大人数の転移したけど、無事に設定した座標に転移できたみたいでよかった。

さてさて。
珍しそうに視線を右往左往させる二人と三人の前で、腕を広げ、歓迎の意を示す。


「ここが皆の新しい我が家だよ。ようこそ、カディア村へ」










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