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第2章 出会い アイリス、クロ編 (16話〜48話)
ソウマ
しおりを挟む~?????サイド~
周囲を漆黒が染め、前後左右さえまともに分からない奇妙な空間。
ここはどこでもない、この世界に存在しないどこか。
光さえ拒絶したその空間に、ふとひっそりとした声が響く。
「…………む?我の呪縛が、消えた………?」
透き通るようで、しかしどこか重々しい。
発生源は、まるで水の中にぷかぷか浮かぶように体を丸めて宙に浮いた人物。
衣服の類は身にまとっておらず、シミ一つない純白の肌が惜しげも無く晒されている。
「ちっ、何者かに破壊されたか………?いや、アレは簡単に解呪できるような代物では無い………」
声の主は思案に耽るように、抱えた膝に顔を埋める。
たった今、忌々しいこの封印を解くエネルギーを得るために魔王どもにかけた呪縛が、何者かによって解除されたのを感じ取ったのだ。
しかし、並の魔王程度に解呪できるほど軟弱な呪いにした覚えはない。
何者かの介入があったと考えるのが妥当だろう。
数少ないエネルギー確保の方法を潰された苛立ちと、その何者かへの好奇心が入り交じる。
本当ならこのままかの場所へ赴き、そのイレギュラーな存在をじっくりと観察したいところだ。
だが、それはこの堅牢な封印が許さない。
「相変わらず忌々しい………」と、おそらく顔を顰めたであろう声が静かに響く。
「お前もそろそろ、抵抗をやめたらどうだ。そうやって意味もない事を始めてもう何千年も過ぎた。だが、一向に体の主導権を取り戻せていないではないか。何故無意味だと分からない?今回の呪縛が消滅した件も、お前が絡んでいるのだろう?いい加減に諦めたらどうだ、"原初の悪魔"よ」
面倒くさそうな表情で独り言のようにそう呟くと、少しして嫌そうに顔を顰める。
「その言葉は聞き飽きた。現実を見ろ、もうお前の部下ではない」
頭を振って雑音を払うと、暗闇の中で体を丸めていた人物は抱いていた自分の脚を離してふわりと浮く。
誰も居ないのを良いことに露わにされた双丘や肢体は息を飲むほど美しく、見る者全てを虜にする謎の魅力を携えていた。
細長い指が見えない漆黒の壁に触れる。
「もう少し………もう少しで封印が解ける。幾千年も待ち続けた終焉の刻だ」
それに答えるかのごとく。
不意に、ピシリと不吉な音が漆黒に響く。
見上げた先には細かいヒビが入った漆黒の壁。
その人物はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
この封印も、解けるのは時間の問題であろう。
戦力は揃えてある。
何も黙ってただ封印されていた訳では無いのだ。
戦力を整え、策を弄する時間はいくらでもあった。
幾千年の雪辱を晴らすため────。
かつての戦いが脳裏に蘇る。
幾千年前は"原初"どもに敗北したが、今度はあんなくだらない失敗はしない。
そんな事を考えているうちにも、また一つヒビが増えた。
もう少し呪縛によって魂を集めるつもりだったが…………もう十分のようだ。
「後は奴らに任せるとするか」
残りの贄を"配下"に任せることを決め、彼女は再び目を閉じる。
「ふふふ………あぁ、楽しみだ」
必要なピースはあと少し。
それも確実に手の届く距離に近付きつつある。
「さあ、今度こそ………思う存分、"聖魔戦争"を楽しもうではないか…………!」
◇◆◇◆◇◆
「…………主」
「お、クロ!そっちも終わった?」
「ん、楽勝」
謎の幼女がどこかへ消えてから少しして、もうほとんど原型を留めていない古城の方からクロが走ってきた。
思った通りクロはミノタウロスの魔王に苦戦することなく、無傷で完封して勝利を収めたらしい。
さすがクロだ。
「ありがとう、クロ。助かったよ」
「んあ~」
感謝を込めてなでなですると、今日一蕩けた気持ちよさそうな表情で気の抜けた声を漏らすクロ。
もっと撫でたい衝動に駆られるが、今は魔王討伐の報告をする方が優先だ。
早めに報告しておかないと迷惑がかかっちゃうからね。
報・連・相は大事よ、うん。
「君達、こんな所で何をしているんですか!」
さて、それじゃあ帰ろうかと二人で話していると、突然空からそんな声が降ってきた。
同時に俺達の元に影が差し、バサバサと羽ばたく音が徐々に近づいてくる。
やがてズズゥン………と重い音を立てて地面に着地したのは、背中に馬具のようなものを乗せた四足歩行のドラゴンだった。
「すげぇ、本物のドラゴンだ……!!」
ファンタジーの代表格とも言えるドラゴンの登場に、俺は一人大盛り上がりだ。
背丈は俺の一・五倍くらいだろうか。
小型だろうが、それでもかなりデカい。
赤い鱗は見るからに硬そうで、瞳孔が縦に開いた大きい目も迫力抜群だ。
この世界では、ドラゴンは"天空の王者"と呼ばれている。
飛行能力を持つ魔物は沢山いるが、その中でも群を抜いて秀でているのがドラゴンなのだ。
スピード、持久力、テクニック、さらには戦闘力までもが圧倒的。
空中戦でドラゴンに勝てるものは存在しない、とまで言わしめるほど。
文献では過去に"最強"と謳われた魔王を、かつての竜王………ドラゴン含む竜種の王が破ったとの記録もある。
……………ちなみになぜ俺がここまではしゃいでいるかと言うと、実は俺は今日までドラゴンに会った事がなかったのだ。
数自体が少なく希少な存在で、どこに住んでいるかは不明。
世界各地に何ヶ所か里が存在しているとは言われているものの、なぜかその詳細は明らかになっていない。
どこかのダンジョンの奥地に居るとも、世界の果てで密かに生きているとも………。
俺も一時、ドラゴンの存在を知るために必死で探したが、苦労も虚しく失敗に終わってしまった。
……………だが、そこもまた良い。
言うなればロマンだ。
簡単には見つからない、だからこそのロマンがそこには詰まっているのだ。
そのドラゴンが、今目の前に。
興奮して目を輝かせる俺の前で、ドラゴンは首と羽をもたげてしゃがむ。
すると、ドラゴンの背中から鎧を着た少年が飛び降りてこちらに駆け寄ってくる。
いかにも好青年って感じの爽やかイケメンだ。
………………べ、別に羨ましくなんかないもん!?
「先程の巨大な魔力のぶつかり合いを見たでしょう?ここは危ないですから………って、クロさんじゃないですか」
「……………………あ、"閃輝"」
「お願いですから二つ名で呼ぶのはやめてください!ソウマですよ、ソウマ!そろそろ名前を覚えてくれたっていいじゃないですかぁ…………」
だいぶ間を開けて思い出したらしいクロの発言に、しゅんと項垂れるナチュラルイケメンことソウマ君。
ソウマか…………なんか日本人っぽい名前だなぁ。
よく見たら顔立ちもそれっぽいし、髪色も黒だ。
もしかして俺と同じ転生者だったりするのかな…………。
あ、ちなみにクロも髪色は黒だが顔立ちは完全にファンタジーな西洋風です。
「ここに"紅魔の魔王"が現れたと聞いて来たのですが…………どうやらもう倒されていたみたいですね。さすがクロさんです!」
「?違う、魔王を倒したのは主」
「えっ、そうなんですか!?」
ソウマは驚愕と困惑の入り混じったような表情で俺とクロの間で視線を往復させた。
俺はソウマのドラゴンに乗せてもらって王都に向かいながら、今までの経緯をかくかくしかじか説明した。
「なるほど、紅魔の魔王を単独撃破ですか……………すごいですマシロさん!」
「当然。主はすごい」
「いや、ソウマも相当やばいと思うけどね」
一番前に乗るソウマが振り返りながらキラキラした瞳でそんな風に言うが、聞いた限りではソウマもチートみたいな能力をしていた。
まず、全能力値が馬鹿みたいに高く、破格の性能を誇るユニークスキルを複数所持しているらしい。
ちなみにユニークスキルとは通常のスキルの上位互換的なもので、差はあれど、どれもチートみたいな性能をしているんだとか。
ユニークスキル所有者を引き入れるためだけに一国が動くこともあるそうで………。
そう簡単に発現するものではなく、英雄レベルの人物でも二つ持っているかどうかの貴重なスキルだ。
クロ曰く、SSランクでありながら現代最強格の一人で、"閃輝"のソウマとして世界中に名が知れ渡っているそうだ。
ソウマが恥ずかしそうに話していた功績としては、神話級の魔王の撃破や天災級を複数体同時撃破など、君は最強系主人公かと言いたくなるような物ばかりだった。
なんかこれを聞いた後だと、"紅魔の魔王"討伐がそこまですごいことに感じなくなってしまうのは俺だけだろうか。
「いえいえ、そんな事ないですよ!だってマシロさんはあの天災級最強とも呼ばれていた、紅魔の魔王を無傷で倒したんですよ?僕にもそんな事出来ません!」
「そうかなー」
ドラゴンの上でも相変わらず丸くなって俺の膝の上に収まっているクロを撫でながら、俺はそんな気の抜けた返事を返す。
と言うのも、ソウマの故郷について気になることがあったからだ。
結論から言うと、ソウマの故郷は東にあるいわゆる和が重きとされる島国らしい。
ちなみにその島国の名前はジパング、またの名を日出ずる国というそうだ。
俺が「もうそれ日本じゃん………」とツッコんだのは言うまでもない。
ソウマ自身は転生者ではなく、この黒髪は単純に父親からの遺伝らしいのだが…………。
ジパングではやはり黒髪が主流らしい。
こうも日本と被ってるって逆にすごいな。
う~む、お米もそこが発祥なのかなぁ…………あ、温泉なんかもあったりして。
温泉………温泉かぁ…………。
よし決めた、今度なんとしてでもノエルとアイリスを連れて遊びに行こう。
もしかしたら醤油とかソースとか今のところ見たことがない調味料があるかもしれないし、何より、温泉によればきっと"むふふなイベント"が待っているに違いない!
「あ、マシロさん見えてきましたよ!」
「え、もう着いたの?ドラゴンすごいな………」
どうやら俺があれこれ想像している間に王都に着いたらしく、ソウマが指さした先にはもう王都を覆う大きな壁が見えていた。
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