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第2章 出会い アイリス、クロ編 (16話〜48話)

二百年経ちました②

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依頼を受けてから数時間後、俺は小さなバックと剣を背負いながら、カディア村の数キロ先にある樹海じゅかいの中を走っていた。


一見ただの鬱蒼うっそうとした森か何かにしか見えないが、夕方から夜にかけて濃霧のうむが発生し、それなりに高レベルの魔物が出現する厄介な場所だ。
一度霧に飲まれるとものの数分で平衡感覚へいこうかんかくが失われ、簡単に遭難してしまうらしい。

毎年この樹海での行方不明報告が絶えないのだとか。


「うへ~、なんとか午前中に抜けたいな…………」


わざわざここを通らなくても迂回うかいする別の道があるのだが、そっちに行くと倍以上の時間と労力がかかるので、多少危険でも樹海を通った方が早いのだ。

それに危険な霧が発生するのは午後のこと。
午前中に抜けてしまえば問題ない……………って言って入った冒険者がだいたい遭難するんだけど、俺の足なら一、二時間で抜けられるはず。

現在地はおそらく全体の三分の一進んだあたりだから、この調子で行けば余裕を持って抜けることが出来るだろう。











周囲を警戒しながら道ならぬ道を進んでいると、不意に前方のしげった草木の向こうからガサガサと何かが動く音がした。

魔物の気配。
しかも音がした方向だけでなく、四方を囲まれている。
前のやつは囮役おとりやく、か。

どうやらこの魔物はそれなりに知性があるようだ。
数が少ないながら、単体で言えばスタンピードの時に戦った魔物より強いだろう。


『グルアァァァッ!』

「よっ」


真正面から大きく跳躍ちょうやくして襲いかかってきた狼の魔物を、足でブレーキをかけながら斬る。
すると間髪入れずに背後から残りの五匹の魔物が飛び出してきて、その鋭い爪の生えた足を俺目掛けて振るう。

振り返りざまに地面から引き抜いた剣を横薙よこなぎして二体倒し、残りは体を斜めに倒して避ける。
くうを切り硬直した狼達に向けて手をかざすと、無詠唱で発動した風の刃が高速で放たれ、空中にある狼の首をあっさりと斬り落とす。


二匹の狼は断末魔だんまつまさえ許されず、ドシャドシャと音を立てて地面に落下した。

が、残り一匹は風の刃が当たる直前に、まるで空中に足場があるかのように踏み込んでジャンプ。
見事に無傷だった。

この狼の魔物の固有魔法(その魔物だけが使える、魔法の一種)だろうか。


しかしせっかく魔法を避けた狼の魔物も、お腹に強烈な後ろ回し蹴りを喰らい、派手に吹き飛んで大木たいぼくにぶつかって崩れ落ちた。
あまりの衝撃に大木は大きく揺れ、上の方から葉っぱが降り鳥が飛び立つ音がした。




その後も何回か魔物に襲われたが、全て同じように蹴散けちらして進んで行く。
やはり一般的には厄介とされているこの樹海の魔物も、俺が相手ではなんの問題もないようだ。

それからさらに一時間ほど経過し、樹海も三分の二ほどまで踏破した頃。


「…………何だろ、この気配」


前方から何かが近づいてくるのだが、何やら様子がおかしい。
人間でも魔物でもない気配…………いや、ごちゃ混ぜになった気配って言った方がいいのかな。
とにかく異質で気持ち悪い。

…………ん、向こうも俺に気が付いたみたいだな。
咄嗟とっさに左側に逸れてやり過ごそうとしてる…………ちょっと気になるな。

感覚を研ぎ澄まして相手の正確な位置を索敵さくてきし、グッと力を込めた右足を踏み込んで一息に気配の元に移動する。



「なっ!?お、お前、さっきまで向こうにいたはずなのに…………!?」


突然目の前に現れた俺に驚愕きょうがくし声を荒らげたのは、髭面の盗賊風の男とその仲間三人。
全員が不思議なローブで身を隠し、大きな麻袋を持っている。

気味の悪い気配はあのローブが原因だな…………。
しかもあの気配のせいで遠くからじゃ分かんなかったけど、あの麻袋あさぶくろの中からも人の気配がする。

しかも小さな子供だ。
必死にモゾモゾしてるから、まだ抵抗する元気はあるのだろう。
それぞれ男達が一つ抱えてるから少なくとも四人か…………。


瞬時にそれを把握すると、男達が腰に着けていたダガーを抜く前に問答無用の手刀で気絶させる。
鑑定かんてい】のスキルで職業が"盗賊"って出てたし、悪党に手加減は要らないね。

男達が意識と共に手放した麻袋を素早くキャッチし、そっと地面に下ろす。


「どうどう、今から紐をほどくから、ちょっと待ってへぶぅ!?」

「くらえ、盗賊めぇ!──────ってあれ………?」


麻袋の中で暴れる子供を出してあげようと紐をゆるめた途端、無理矢理むりやり出てきた少女の黄金の右ストレートが的確に俺の頬に突き刺さる。

完全に油断してたせいで魔力による身体強化も間に合わず(と言うかしたら少女の手が粉砕するので)、もろに喰らった一撃に思わずごろごろと地面を転げ回ってしまう。
たぶん他の子を守るために盗賊に抵抗しようとしたんだけど、あいにくのタイミングで俺がその盗賊を倒したせいで、代わりに俺が喰らってしまったのだろう。


この子、将来強くなるよ…………。


赤くなった頬を擦りながら立ち上がると、例の少女がポカンとしながら俺の事を見つめていた。
どうやら予想外の展開に着いていけていないらしい。

改めて見ると、彼女の首にはごつく黒光りする首輪が付けられている。
"隷属れいぞくの首輪"というアイテムだろう。

あれが付いているという事は、この七、八歳の黒髪の少女は誰かの奴隷ということになる。


「お兄ちゃんが助けてくれたの………?」
「そうだよ。ほら、悪い盗賊さんはそこに縛ってある」


指さした先には、ぐったりとした様子の盗賊達がまとめて木に縛り付けてあった。
可能性はゼロに等しいが目覚めて暴れられても困るので、ちゃっちゃと縛っておいた。


少女が呆然としている隙に他の麻袋も開くと、予想通りそれぞれに一人子供が詰め込まれていた。
女の子と男の子、それぞれ二人ずつだ。
全員が最初の子と同じく首輪を付けている。


「ぐずっ、ゔぇ~ん!こわかったよぉ………!」


泣きながら抱きついてきた三人を抱きしめ、よしよしと頭を撫でてあげる。
あんな袋に詰め込まれて誘拐されたんだから、そりゃあ怖かっただろうなぁ。

呆然としていた少女も、徐々に気持ちが追いついてきたのかぽろぽろと涙を流し始め、たまらずタックル気味に抱きついてくる。


「うぅ………ぐずっ、おにぃちゃん………ありがとぉ…………!」


四人分の涙と鼻水がべっちょり服に染み込んでいるが、今はそんな事は気にしないでおこう。
ひたすらみんなが泣き止むまでよしよしし続けていると、ふと黒髪の少女が何かを思い出したようにぐしぐしと涙をぬぐい、勢いよく顔を上げた。


「お兄ちゃん、アイリスお姉ちゃんがね!悪い人達に襲われてるの!」
「アイリスお姉ちゃん………?」


少女の剣幕けんまくに押されて目を白黒させながら聞き返すと、他の子供達も顔をさっと青ざめさせる。


「そ、そうだ、アイリス姉ちゃんがこいつらの仲間と戦ってるんだ!なんでかこいつら、強そうな魔物を味方にしてて………姉ちゃんの魔法が全然効かなかったんだ………」
「その隙に僕達はさらわれちゃって………」
「お兄ちゃん!お願い、アイリスねぇを助けて欲しいの!」



必死に服の袖を引っ張りながら俺を見上げる子供達。
よほどそのアイリスという人が大切なのだろう。
ならば返事は当然決まっている。


「分かった、お兄ちゃんに任せな!」




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