拾った彼女と拾われた私

煮込みメロン

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拾った彼女と拾われた私

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 私が彼女、エリと出会ったのは切り立った荒波と潮風の吹きすさぶ崖の上だった。

「そこから飛び降りるくらいなら、その人生、私にちょうだいな」

 背後から投げかけられた言葉に、驚いて振り向くと、少し離れた位置から私を見る女の姿。
 癖っ毛の金髪を風に揺らし、碧い瞳が印象的な美人だった。

「……いいわよ。好きにして」

 全てに疲れ切って、私は自棄を起こしていた。
 自身の何もかもを投げ捨ててここまでやって来た私に、帰る場所も無く、行く当ても無かった。

「私、エリ」

 手が伸ばされる。

「……ユキよ」

 私はエリの手を取った。
 人生の終端で、私はその機会を逸した。


「ほら、入って。今、コーヒーでも出すね」

 エリに手を引かれるまま彼女の車に乗り込み、連れて来られたのは少し寂れた地域の小さなアパートの一室だった。
 靴を脱いで私を招き入れる彼女の背中を追って、室内に足を踏み入れる。
 狭いキッチンスペースと、小さなテーブルと椅子、二人掛けのソファと小さなテレビが置かれたリビングルーム。
 奥に扉が一つ見えるのは寝室だろうか。
 よくある1LDKのアパートの一室だった。
 私の手荷物は飾り気の無い小さな手提げ鞄が一つだけ。それをダイニングルームの壁際に置いて、ソファに腰掛ける。
 キッチンに立つエリの姿に視線を向けると、薬缶に火をかけて、棚からコーヒーパウダーの入った瓶を引っ張り出していた。
 小さく鼻歌が聞こえる。

「ん、なあに?」

 私の視線に気が付いたのか、彼女が私を見て薄く微笑んだ。
 北欧の出身なのか、その彫りの深い顔立ちは完全に日本人のそれでは無く、私はあまり見慣れない顔立ちだ。
 微笑むと、その美人度が増す。

「なんでも、無いです」

 視線を逸らす。
 しばらくして、薬缶のお湯が沸く音がする。
 火が止められ、トレイに乗せられたカップが二つと白い陶器の入れ物が一つ、テーブルに置かれた。
 促されて、椅子に腰掛ける。

「ホットコーヒーにしたけど、お砂糖はどれくらいいる?」
「いらない」

 彼女が、陶器の入れ物の蓋を開くと、中には白い砂糖が入っていた。そこにティースプーンが差し込まれ、彼女は二杯掬って自身のカップの中に入れた。
 くるくるとかき混ぜてから一口。
 その様子を見ながら、私も口付ける。
 何の変哲も無いインスタントコーヒー。
 海辺の風で冷えていた身体に温かさが染みて、一つ息を吐き出す。
 それから二人、何も話すことなくコーヒーを飲む。

「……こんなところに連れて来て、何も聞かないの?」
「聞いてほしかったの?」

 私の疑問に、エリは小首を傾げた。
 その言葉に私は、言葉に詰まる。
 他者に話を聞いてほしいわけではなかったから。

「……いえ」
「じゃあ、何も聞かないよ。私はユキの人生を拾った。だから、私はユキを好きにする」

 何もない私を拾ったのは彼女だし、彼女がそれでいいのなら、と私はただ黙ってカップを傾ける。

「ねえ、一緒にシャワー浴びようか」

 コーヒーを全て飲み切ると、エリはそう私に声を掛けた。
 それから返事も聞かずに私の手を取ると、奥にある扉へと引っ張っていく。
 扉の先は脱衣所になっていて、入って早々に、彼女は服を脱いで裸になる。
 白い肌とモデルの様に細い腰につい見惚れていると、エリはニヤニヤと私に笑みを向けた。

「脱がないんなら、私が脱がせちゃうけど?」

 私は慌てて服と下着を脱ぐ。
 その様子を、エリはただじっと見ていた。
 誰かの前でこうして肌を晒すのは随分と久しぶりの事で、じっと見られると同性であっても恥ずかしいものがあった。

「うん、綺麗な肌してる」

 そう言って、エリは私の脇腹に指を滑らせる。
 その感触がくすぐったくて、私は身を捩る。

「それじゃ、入ろうか」

 再び私の手を取って、彼女は浴室の扉を開く。
 シャワーと、お湯の張られていない二人が入るといっぱいになりそうな浴槽が一つ。
 エリがコックを捻ると、壁に掛けられたシャワーヘッドから水が出て、やがてお湯に変る。
 手で触れてお湯になっていることを確認してから、エリが脱衣所から持ちこんでいたボディタオルでボディーソープを泡立たせる。

「私が身体洗ってあげる」

 返事も待たず、彼女は腰掛けに座らせた私の背中にボディタオルを当てる。
 強すぎず弱すぎず、丁度良い力加減で、円を描くように背中を洗っていく。その心地よさに、思わず息が漏れる。
 背中を洗い終わったら、前も洗おうとするのを止めたけれど、有無を言わせず、彼女はボディタオルを当てていく。
 肌に触れる手の感触に少しのくすぐったさを感じつつ、大して大きくも無い乳房を慣れた優しい手付きで洗われていく。

「前はこれでいいけど、下もやってあげようか?」
「え、いや、そこは」
「そっか、残念。それじゃ、髪も洗っていくね」

 小さく苦笑して、彼女は私の髪に触れる。やっぱり慣れた手付きでシャンプー、リンスと髪を洗っていく。
 そうして、私の髪を洗い終えると、エリは満足気に頷いて、

「じゃあ、私の事も洗って」

 そう口にして、私にボディタオルを差し出した。
 その言葉に従って、ボディタオルを手に取る。
 白い肌にボディタオルを当てる。他人の身体を洗うなんてことこれまでしたことの無い私は、繊細そうな身体を傷つけないように撫でる。

「ん……、くすぐったい。もう少し強くして。……そうそう、いい感じ」

 言葉通りに力加減を調整しつつ背中を洗い終えると、エリ振り返り、私の方を向く。
 途端に顔が近くなり、その綺麗な碧い瞳が私を見る。

「前も洗って」

 悪戯っぽい笑みを向ける彼女に、私は息を一つ吐き出して、心を落ち着かせてから、身体に触れた。
 丸みを帯びた形の良い乳房を持ち上げつつ、ボディタオルを当てていくと、くすぐったそうに身を震わせる。
 時折溢す艶のある声に自身の顔が熱くなるのを感じつつ、ただ無心で彼女の身体を洗っていく。
 そうして、前も洗い終わってから大きく息を吐き出すと、彼女はさっさと自身の髪を洗い終えた。
 それから私に見せつける様に、自身のデリケートゾーンを洗っていく姿には、さすがに顔を背けて、見ないようにした。

「やっぱり洗ってあげようか?」
「いい、自分でやるから。見ないで」
「えー、いいじゃん。私のも見せてあげたんだから」
「ダメ」

 私の言葉に、彼女が唇を尖らせるけれど、これにはさすがに良しとは言えなかった。
 そうして二人、全て洗い終えて浴室を出ると、彼女に身体を拭かれ、ドライヤーで髪を乾かされる。私も同様に彼女の身体を拭いて、髪を乾かさせられた。
 それから、彼女の寝間着を借りて、脱衣所を出る。

「夕飯。食べる? カップ麺くらいしかないけど」
「……食べる」
「わかった。お湯沸かすね」

 そう言って、エリはキッチンの流しの下からカップ麺を二つ取り出す。
 その間に私はコンロに置かれたままの薬缶に水を入れて火に掛ける。
 それからお湯が沸いて、カップ麺のタイマーをセットして出来上がるまでの僅かな時間、私達はキッチンの下にしゃがみ込み、静かに隣り合う。
 私については何も聞かない彼女の息遣いが耳に届く。
 肩が触れ合う。
 そうしている間にタイマーが鳴る。

「いただきます」

 テーブルに向かった私達は、揃って粗末な夕飯を口にした。
 けれどそれは、これまで食べたどんな食事よりも美味しい気がした。


「それじゃ、一緒に寝ようか」

 夕飯を食べ終えると、彼女はそう言って、またもや私を腕を引っ張り、寝室であろう部屋の扉を開いた。
 6畳ほどの室内に、雑多に本が差し込まれた本棚と何やら物が散らばった机。
 それから少し掛け布団が乱れたベッドがあった。
 エリは私をベッド転がすと、自身もベッドに座る。
 そうして、ベッド上で互いに向かい合う。

「今日はこのベッドで一緒に寝る事。いい?」
「……何もしない?」
「あぁ……、たぶんする」

 私の質問に、彼女は正直に答える。
 まあ隠されるよりは幾分マシなのかもしれない。

「……私って、レズなんだ」

 驚きは無く、やっぱりと私は納得する。

「元々女の子が好きで。ユキを拾ったのも都合が良さそうだったからなんだ。だから、ユキのこと、襲うかも」

 申し訳なさそうに言うエリに、私はしばし黙って彼女を見つめる。
 綺麗な碧い瞳が僅かに揺れている。

「……いいわ。襲われてあげる。拾われて良くしてもらった恩もあるし、まあそのくらいは目を瞑るわ。どうせ、今日無くす命だったんだもの。拾ったエリの好きにするといいわ」
「ごめん。卑怯だよね」
「やめて。覚悟が鈍るわ」

 沈んだ彼女の声に、私は両腕を広げる。
 僅かな躊躇の後、エリの手が私の頬に触れた。

「ありがとう。ユキ」

 小さく囁かれた言葉と共に、頭を引き寄せられた。
 碧い瞳が迫り、唇が触れる。

「ン……」

 触れるだけの柔らかな感触に、僅かに息が漏れる。
 離した唇が再度押し付けられる。
 今度は幾分湿った音がした。

「チュ、んム、……チュ」

 エリの舌が私の唇を撫でる。
 互いの鼻が擦れ、啄む様にキスを繰り返す度、大きくなる水音が耳に届く。

「ユキ……ユキ……」

 甘い声が私の名を呼ぶ。
 それが少しだけ嬉しくて、頬を撫でるエリの手に掌を重ねた。
 舌が触れる。熱を帯びた吐息が重なる。
 そうして、幾度目かのキスの後、エリの指先が寝間着の下に潜り込む感触を、私はふやけ始めた頭で受け入れた。


 それから気絶していた私が目を覚ますと、目の前にはエリの安らかな寝顔があった。
 結局互いに求め合った結果、遠くなった意識のまま眠りについてそれっきり以降の記憶は無い。
 思い出すと途端に恥ずかしくなり、私はエリの顔が見えないように背中を向けた。
 首筋に吐息が掛かって、くすぐったい。
 けれど背後から触れる掌の温かさに、私は少しだけ安心感を覚えて、再び瞼を閉じた。

END
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