0110.

緋崎辰也

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第三章 東井マナカ

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    プシッと小気味よい音がして、東井マナカは鉄板から隣に座っている泰希たいきへ視線を移す。
    友人は豪快にアルミ缶を呷っていた。

「びっくりした、酒かと思ったぜ」

    泰希は東井と歳が同じで、まだ未成年だ。彼はうぷっとちいさくゲップし、ははと笑う。

「ちがうちがう、トマトジュースだからこれ。でももしかしたら持ってきてるやついるかもしれないぜ」

「それはおそろしいな」

    東井は焼きそばを焦がさないよう炒めながらも、川に入ってキャッキャしている友人たちを見遣った。
    いいやつらではあるが、その危険性はある。夏休みに入ってずいぶん羽を伸ばしているので、自分の目の届かないところで飲んでいそうだ。

「······焼きそばできたけど、食べるか?」

「ああ、いただくよ」

    ここには料理担当の東井と、食べる専門の泰希しかいない。スマホをいじりながら、器用に食べる彼の行儀についてはいつも通りなので、長い付き合いである東井はなにも言わないでいる。
    泰希にとってはスマホでの情報収集は呼吸と同義なのだ。

「───あ、またあったんだって」

    泰希がさして驚きもせず平坦な声で言った。

「なにが?」

「殺人事件。これで六日連続だ」

「·········」

    それはテレビでも連日報道されているニュースだった。
    被害者のほとんどが10代の学生で、貧困家庭であったり、母子、父子家庭の子ばかりが殺されている。親が仕事で外出している日中、もしくは深夜が殺害時刻らしい。
    なかには暴行されていた形跡のある子もいたという。

「───また“レイイチさん”だったりして」

    軽々しく言った泰希をにらみ、東井は「やめろ」と怒気をにじませる。

「前の時もそうだったけと、零一のはずがない。一緒にするな」

「誰も森ヲ噛さんだなんて言ってないけど」

「言ってるようなもんだろ。零一にはアリバイがある。どうやったって移動時間を考えると無理なんだ」

「それは前の“レイイチさん”の時の話だろ。今回はどうなんだよ、森ヲ噛さんがどこにいるのかわかってんの?」

「······それはわからない」

    零一はこの文明が発達した時代に、連絡手段をひとつも持っていないのだ。それっぽいものといえば、1曲しか入っていないウォークマンくらいだ。

    彼女を今日の川遊びに誘ったのは、1週間前。
    予想通り断られたのだが、そのときの零一はいつにも増して顔色が悪く、苦しんでいるようだった。
    ひとりにさせてはいけない───そう思ったのだが、一度別れてからそれきり、いくら探しても会えなかった。
    念のため行けるときはなるべく大学にも探しに行き、高山教授に訊きもした。
    しかし、どこにもいないのだ。

「べつに決めつけてるわけじゃないし、東井の言いたいこともわかるけどさ。俺はお前ほど彼女のこと知らないしどうでもいいんだよ。なんつーか、ちょっと恐いしあの人」

「どう恐いんだ」

「何考えてるかわからない。お前には悪いけど、ほんとに人を殺していそうなんだよ」

「·········」

    危うい雰囲気、というのか······その点は否定しない。
    いますぐにでも会って、彼女の姿を見ることができればそれだけでいい。無事ならば、それで───。

    しかし。
    このままもう二度と会えないのかもしれない······そんな不安があった。




    *    *    *




    大学の研究室に姿を現した零一は、ソファーに倒れ込み、側にあるゴミ箱に嘔吐してしまう。

    机で作業していた高山教授がハッと気づき、あわてて零一にペットボトルの水を差し出す。

「······ありがとうございます」

    小刻みに震える手で受け取り、すこしだけ水を口に含む。が、むせてすぐに戻してしまう。
    そんな零一に教授はいてもたってもいられず、決して言ってはいけないことを告げた。

「もう、あきらめよう」

    瞬間、高山教授の額に赤黒いものがぴたりと当たる。───銃口だ。

「教授が、そんなこと言わないでくださいよ」

    冷たい声色で言うと、イケメンで人気の教授の顔がひきつる。冷や汗をかき、「ご、ごめんっ」と零一からすばやく離れた。

    ソファーに横たわり、零一は目蓋を閉じる。記憶のなかに生きる、小柄な彼の姿が闇に浮かぶ。

「······もうすこしで、成人だね······真心───」

『君』の姿が徐々に成長していき、別人に変わる。
    東井だ。

    東井はたしか、友人たちと川遊びに行っているはずだ。
    誘われても行くはずがない。私が断ることを見越して、誘ってくれたのだろう。

    二人きりだったら行っただろうか······?
    いや、行けない。
    川は、こわい。ひとりで行くならまだしも、彼と行くなんて───。

    否応にも『君』が死んだ事実を何度も何度も確かめなければいけないのだから。
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