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第一章 士草澪
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泣きながらリンドウの元に帰ってきた澪は、途切れ途切れに事の顛末を伝えた。
もう二度とあの家に行くことはないと言いながらも、母のことを悪く言うことはなかった。
傷心した澪は四日間食べることも眠ることもせず、ただ泣き続け、ようやく倒れるようにして眠りについたのは、五日後のことだった。
長いこと眠り、目を覚ましても心ここに在らずで、リンドウとの会話も減った。すこし笑ったかと思えば、またぼんやりとする。
毎日手入れしていた庭にも、おりることすらしない。
リンドウはそんな澪に、すこしでも元気になればと不慣れな料理をしてみたり、森へ散歩に連れ出すこともした。
だが、澪はリンドウを見ることもしなくなった。
──そして。
よく晴れた夏の日に、澪は首を吊って死んだ。リンドウが小川へ魚をとりに行き、帰ってきたら、鴨居からぶら下がっていた。
「──澪」
竹かごが手から滑り落ちるのもかまわず、リンドウは縁側から家のなかへ駆け込む。
縄を切り、畳に横たわらせた。
もう息はしておらず、心臓も止まっていた。すこしだけ開いた口から覗く歯が、薄紅色に染まっている。
つやの無い黒髪。やせた頬。縄の痕が痛々しい細い首。澪が気に入ってよく着ていた小紋染めの紬。血管が見えない白い手。
⋯⋯なに一つとして、動いていない。
澪は、“死”そのものだった。
「──」
涙も言葉も出ない。
リンドウは澪を壊さないよう、やさしく頬にふれる。
まるで寝顔だ。出会った時の、苦しい表情のまま眠っていた少女の時とは違う、静かな寝顔。
二度と目覚めない──。
「澪」
呼んでも返事がない。
──また一人になってしまう。
そう自覚したリンドウの行動は早かった。
澪の紬の襟を開き、胸元をはだける。自分の着物も同じようにし、そして澪の胸部に手をかざした。
家のなかを、季節外れの冷たい空気が走る。その風に影よりも濃い闇が重なり、二人を囲う。
風と風がぶつかり、黒い閃光が瞬く。
リンドウが指先で澪の喉元にふれると、引き寄せられるように肌から赤いすじが浮き上がる。すじは幾重にも出て風に乗った。
もう一度同じところにふれると、肌が裂け、筋肉のすじがほどけていき、胸骨が開く。
闇が濃くなっていく。
リンドウはもう一方の手を自分の胸にあてる。同じように肌が裂け、白い肋骨が現れ、体外へ浮かび上がる。
──ひとり分の血と肉と骨と、そして。
闇のなか、澪の心臓が自ら発光しているかのように赤くひかりはじめた。
閃光が駆け抜ける。
闇は深く、風が強さを増す。
肉が裂け、
骨が擦れる音までもが、
風に溶けていった。
もう二度とあの家に行くことはないと言いながらも、母のことを悪く言うことはなかった。
傷心した澪は四日間食べることも眠ることもせず、ただ泣き続け、ようやく倒れるようにして眠りについたのは、五日後のことだった。
長いこと眠り、目を覚ましても心ここに在らずで、リンドウとの会話も減った。すこし笑ったかと思えば、またぼんやりとする。
毎日手入れしていた庭にも、おりることすらしない。
リンドウはそんな澪に、すこしでも元気になればと不慣れな料理をしてみたり、森へ散歩に連れ出すこともした。
だが、澪はリンドウを見ることもしなくなった。
──そして。
よく晴れた夏の日に、澪は首を吊って死んだ。リンドウが小川へ魚をとりに行き、帰ってきたら、鴨居からぶら下がっていた。
「──澪」
竹かごが手から滑り落ちるのもかまわず、リンドウは縁側から家のなかへ駆け込む。
縄を切り、畳に横たわらせた。
もう息はしておらず、心臓も止まっていた。すこしだけ開いた口から覗く歯が、薄紅色に染まっている。
つやの無い黒髪。やせた頬。縄の痕が痛々しい細い首。澪が気に入ってよく着ていた小紋染めの紬。血管が見えない白い手。
⋯⋯なに一つとして、動いていない。
澪は、“死”そのものだった。
「──」
涙も言葉も出ない。
リンドウは澪を壊さないよう、やさしく頬にふれる。
まるで寝顔だ。出会った時の、苦しい表情のまま眠っていた少女の時とは違う、静かな寝顔。
二度と目覚めない──。
「澪」
呼んでも返事がない。
──また一人になってしまう。
そう自覚したリンドウの行動は早かった。
澪の紬の襟を開き、胸元をはだける。自分の着物も同じようにし、そして澪の胸部に手をかざした。
家のなかを、季節外れの冷たい空気が走る。その風に影よりも濃い闇が重なり、二人を囲う。
風と風がぶつかり、黒い閃光が瞬く。
リンドウが指先で澪の喉元にふれると、引き寄せられるように肌から赤いすじが浮き上がる。すじは幾重にも出て風に乗った。
もう一度同じところにふれると、肌が裂け、筋肉のすじがほどけていき、胸骨が開く。
闇が濃くなっていく。
リンドウはもう一方の手を自分の胸にあてる。同じように肌が裂け、白い肋骨が現れ、体外へ浮かび上がる。
──ひとり分の血と肉と骨と、そして。
闇のなか、澪の心臓が自ら発光しているかのように赤くひかりはじめた。
閃光が駆け抜ける。
闇は深く、風が強さを増す。
肉が裂け、
骨が擦れる音までもが、
風に溶けていった。
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