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コルタリア王国

砂漠の王子3

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 エミル様とユミル様の頭上からバケツの水をひっくり返したような勢いで降り続いている。
 感情の乱れから魔法を発動することがないよう必死に魔法訓練を受けたにもかかわらず、全く自分の力を制御することが出来ない。

 この国に来てから最新の注意を払い、慎重に行動していたのについにやってしまった。
 側にいるコルテや、集まってきた城の従者の人達もただただ顔を真っ青にしている。

 水の勢いを弱められないか働きかけても、何故か上手くいかない。
 王子達が耐えきれず、地面に片膝をついたその瞬間だった。


 パキ、パキパキッ!!

 
 水が一瞬に凍ると砕け粒子となっていく。
 降り続けていた水の出所は分厚い氷で蓋をされた。

「大きな魔力を感じて来てみれば、これはどういうことですの?」

 冷静なルナ様が珍しく息を乱し、私に近付いてきた。
 今のは彼女の魔法だったようで力を使った反動からか、足元がふらついている。

「兄弟喧嘩を止めようとしたら、水が出てしまいました……」

「喧嘩ですって? エミル様お怪我はないですこと?」

 私の話を聞くや否や、ルナ様はエミル様の元へ駆け寄り肩を抱いた。

「ルナ、俺は大丈夫だ」

 エミル様はルナの頭を撫で、ゆっくりと立ち上がるとユミル様に向かって手をかざした。
 次の瞬間、強い魔力の放出と共に王子達の体は柔らかい炎に包まれる。
 そして、その炎が消える頃には体や服、地面も何事もなかったかの様にカラカラに乾いていた。

「皆、仕事に戻れ! 他の者に聞かれたら、ただの兄弟喧嘩と言うように」

 エミル様は集まった人達に声を張り上げると、すぐに人だかりはなくなっていく。
 ユミル様も意味深な笑みを見せ、言葉なく去ってしまった。

「マリ、大丈夫か?」

 大量の水を浴びせてしまったと言うのに、案じてくれるエミル様の懐の広さを感じる。
 そしてユミル様の去り際の表情が引っ掛かった。

「エミル様、お優しいのもほどほどにしてくださいませ。 ヴェルナードならまだしも、隣国で王族に無礼を働くなど大問題ですわ」

 ルナ様がエミル様にそっと腕を絡めながら、私に厳しい言葉を投げ掛ける。
 彼女の言い分は最もで、王族に魔法を使うなどあってはならず頭に戦争の文字が横切った。

 ユミル様はヴェルナードとの戦争を考えている。
 もしも今回のことを王様に伝えたら、本当に最悪の事態が起こってしまうかもしれない。

「本当にごめんなさい。 昨日、エミル様に気を付けろと言われたばかりだったのに……」

「いや、悪いのはユミルだ。 こうなることを狙っていたに違いない」

 フォルトナの森から帰ってからは、感情に左右されることなく魔法を使うことができていた。
 魔法操作が格段に上手くなったと初めてラルフに褒めらたばかりだと言うのに。

「ただ、少しまずいことになった」

 珍しくエミル様が真面目に考え込む様子を見せたので、嫌な動悸が私を襲う。

「もしかして、本当に戦争なんてことは……」

「流石にすぐにとはならないが、ユミルはそうなるよう今回のことを貴族に告げるだろう」

「そんな!」

「残念ながら目撃者も多い……。 ただ、不思議なのが水を止めようとしても俺の魔法が発動しなかったんだ」

 エミル様はその後も何か話していたが、戦争のことで頭の中がいっぱいで彼の言葉は入ってこなかった。

「マリ様大丈夫ですか? お顔が真っ青です、部屋に戻りましょうか」

 ずっと静かに側にいてくれたコルテが私の背中をさすってくれると安心する。

「うん、そうしようかな。 エミル様、そしてルナ様も本当に申し訳ありませんでした」

「起きてしまったことは仕方ないですわ、これからどう対応するか考えていきましょう」

 ルナ様は相変わらずエミル様に寄り添いながら、表情を乱さず私にそう告げる。

「ルナの言う通りだ、思い詰めるなよ」

 エミル様は、ルナ様の腕を優しくほどきながら彼女の頭に自分の手を乗せる。
 そして宥めるようにルナ様の頭を撫でている。

「エミル様、子供扱いをするのも程ほどになさって下さい」

「ははは! ルナは妹のようだからな、ついついやってしまうんだ」

 エミル様の豪快な笑いとは対照的に、ルナ様はどこか寂しそうな表情をしているように感じた。
 従者の人達が自分の持ち場に戻り、中庭は何事もなかったように綺麗な花で賑わいを見せている。

 ユミル様の出方を待つことにし、とりあえずこの場はお開きになることとなった。

「マリ!」

 散策どころではなくなってしまった為、部屋に戻ろうと思っていたらエミル様の明るい声に呼び止められる。

「エミル様……」

「なに暗い顔してんだよ! 言い忘れてたが祭の最終日、アルが間に合わなかったらお前の相手は俺だからな」

 コルタリア王国の雨乞い祭は昔からある古い祭だとは聞いていたが、参加するのにエスコートが役が必要なのだろうか。

「俺で良いよな?」

「は、はい?」

「おっけー! じゃあ、またな」

 エミル様の気迫に押され思わず返事をしてしまうと、彼は満足そうに笑いルナ様にやったように私の頭を撫でると行ってしまった。
 
「マリ様、今の話本当ですの?」

 エミル様の姿が見えなくなると、感情を乱すことのないルナ様が珍しく食い気味に詰め寄ってくる。

「話しとは?」

「お祭りの話ですわ、お相手はアルお兄様でないのですか?」

 エスコートとか、相手と言っているが何のことか分からず首をかしげるとルナ様が小さくため息をついた。
 
「雨乞い祭は別名『雨乙女の誓い』と言われて、コルタリア国民にとって大切な行事なのです」

 コルテが耳元でルナ様に聞こえないよう教えてくれる。

「ざっくり言うと、男女が一緒に祭りに参加することが交際を意味します」

「はっ!? え、いや私はそんなつもりじゃありません!」

「でしたら、早々にお断りになってくださいまし」

 ルナは少し息を乱しながら言うと、そのまま行ってしまった。
 そんな後姿までも美しいとは、さすがだなと感心していると隣にいるコルテにため息をつかれる。

「マリ様、起きてから数時間も経たない内にどうしてここまで問題を起こせるのです?」

 コルテが頭を抱えていると、姿は見えないがフォンテの笑い声が聞こえてきた。

「フォンテ様からも言ってください! 私はもういくつ心臓があっても足りません~!」

"ふふ色々あって面白かったけど、ちょっと気になるのがマリの魔力が乱れてることかな"

 フォンテの声はコルテの頭の上から聞こえるが、今回は姿を隠す気らしい。
 そのことよりも、さっきから私の魔力が体の外に出ようとしていることの方が重要だ。
 押さえてはいるが微かに漏れているのだろう、コルタリアにいる水の精霊が誘われて姿を現している。

 コルタリアの精霊は動物の姿をしており、水の精霊は水の子馬だった。
 水馬が歩いた後には水の足跡が残っては消え、尻尾をブンブンと振り回しているので水滴が飛んでくる。

「はじめまして、よろしくね」

 目の前までやってきた水馬に挨拶をすると、恭しく前足を折り頭を下げた。
 言葉はないが、こちらの言ってることは分かる様だ。

"この子ね、さっきから助けてって言ってるの"

「何か困ってるの?」

 水馬に手を伸ばすと触れる前に水となって地面に落ちてしまいすぐに足元を見たが、何も確認することができなかった。

"大丈夫、姿が保てなくなっただけだよ。 また現れると思うけど、何だか様子がおかしかった……"

 不安気に聞こえるフォンテの声に、コルテが更に頭を抱える。

「マリ様、本当にどうしてイベントを引き寄せるんですか! 私、アルベルト様に怒られてしまいます」

「そんな、アルベルト様はこんなことで怒らないよ」

 ちょっとは心配するだろうが、きっと分かってくれるはず。
 私の返事にフォンテとコルテの長いため息が綺麗に重なるのだった。


 
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