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コルタリア王国
砂漠の王子1
しおりを挟む最近まで雨がほとんど降らなかったというは嘘のように、コルタリア王国では朝からずっと雨が降っている。
元の世界だったら、雨の日は憂鬱で出掛けるのは億劫だと言う人が大半だろう。
だがこの国の人達は違う、雨が降るとわさわざ外に出向いていくのだ。
私も別に雨は嫌いじゃないが、用事がなければ外に行こうとは思わないし出るのなら傘をさしたい。
「マリ! 雨だ、行くぞ!」
目を爛々と輝かせて勝手に私の部屋に入ってきたのはこの国の第3王子、エミル・アルカマル・アズィーム様。
昨日のダンスパーティーで散々彼に振り回され続けた私としては、せめて今日1日だけはそっとしておいて欲しかった。
従者のナキさんが、エミル様の後ろで深いため息を付いている。
「エミル様、雨も降っていますし室内でゆっくり過ごしませんか?」
「はは! だから外出しようと言っているんだ。 コルタリアの雨は凄いぞ」
雨が凄い?
想像がつかず首をかしげると、じれったいのか片足のつま先が何度も上下している。
「とにかく行くぞ!」
エミル様に腕を引かれ、廊下に出るとそのまま外にツヅク扉まで連れて行かれた。
すぐに気付き私を追いかけてきてくれたコルテと合流すると、どこかで覚えのある状況に私たちは顔を 見合わせた。
「ねぇコルテ、こんなこと前にもなかったっけ?」
「私も今言おうとしていました」
「話しは後だ、ほらさっさと乗り込め!」
エミル様に急かされる形で私たちは馬車に乗り、城下町へと向かった。
―――――
しばらく馬車を走らせると城下町の入り口に到着した。
ナキさんに手渡されたマントを羽織り外に出ると、マントは撥水効果のあるらしく雨粒を弾いてくれる。
羽織ったのは私とコルテだけで、エミル様は雨に打たれることを特に気にする様子がない。
土砂降りとまはいかないが、そこそこ降り続く雨はすぐにエミル様の髪や服を濡らしていく。
「俺は特に気にならない」
私の視線に気付いたエミル様が笑い出す。
彼もそうだが周囲を見れば、ほとんどの人が雨に打たれたまま外を歩き回っている
雨避けにカッパやマントを羽織る人もちらほらと見かけるが、傘をさしている人は1人もいなかった。
むしろわざわざ雨に打たれ、一角ではダンスが始まっており賑わいを見せている。
「はは、面白いだろ。 法律で人通りの多い所は傘の使用は禁止されてるんだ」
「法律って……」
「雨が振り出した最初の頃、傘のトラブルが多く、ならいっそのことと王が使用禁止にされました」
ナキさんがそっと補足を入れてくれた。
雨など滅多に降らなかったのだから、傘の扱いになれていなかったのだろう。
陽気に笑いながら、エミル様は私の手を取るとそのまま指を絡めてくる。
反射的に手を引っ込めようと力を入れたが抵抗され、そのまま手を繋ぎ商店が並ぶ賑やかな道を歩き出した。
「お前がこの国に来たら、連れていきたい店があったんだ!」
笑顔満載でそう言われてしまうとつい従ってしまうのが私の悪いところだと思いつつも断れず、石やレンガ造りの赤土色を基調とした建物が並ぶ中をエミル様と私は手を繋いで歩いている。
コルテはどうしているかと見れば、私達を見守りつつもナキさんと楽しそうに話をしていた。
道行く人を観察すると、黒系の髪色が多く懐かしさが沸いてくる。
黒髪が多いということは、魔法の使えない人が多いということだ。
そういえば、エミル様は黒髪なのにどうして魔法が使えるのかと彼の髪を見れば1房ある赤い髪がキラリと光ったように見えた。
不思議に思い訪ねようとしたがその前に、降り続いた雨が弱まりエミル様が寂しそうに空を見上げたので声をかけるタイミングを失ってしまう。
「何だ、もうやむのか」
名残惜しそうに呟くエミル様だったが、周囲を見れば町の人々も同じように空を見上げていた。
「皆、雨が大事なんだ」
私の視線に気付いたエミル様の声はいつになく真剣だった。
「この国に雨が降り始めて2年が経つ、砂漠には緑が広がり、干上がっていた全てのオアシスが復活した」
そう話しながら、繋ぐ手に力が込められる。
金の瞳と目が合うと、捕らえられたかのように動けなくなってしまう。
「俺はこの雨を手放すわけにはいかない」
「あの……」
エミル様の差し迫った雰囲気に私は言葉がでないでいる。
ヴェルナードの比ではないくらいコルタリアは雨不足が深刻だったのだ、今は雨が降っていてもいつ降らなくなるか分からない不安があるのだろう。
ただ、彼の最後の言葉にはどこか引っ掛かるものがあったがそれが何か私には分からなかった。
「なーんてな!」
「え?」
「なに深刻な顔してんだよ、ほら行くぞ!」
エミル様はニカッと笑いながら私の眉間を人差し指でグリグリと触ってくる。
さっきの雰囲気はなく、いつもの彼に戻っていた。
「悪い悪い、つい雨のことになると熱くなっちまう」
「そうなるくらい、この国が大切なんですね」
「ま、まぁな」
「ふふ、エミル様のこと見直しました」
そう言うと、急にエミル様の顔が真っ赤になる。
彼が照れたように腕で顔を隠す様子が可愛らしく、私はつい笑ってしまった。
「おやおやエミル、随分と楽しそうですね」
いつ現れたのだろうか、私とエミル様の目の前に黒髪の男性が微笑んで立っていた。
声の主はとても穏やかな表情だったが、先程の言葉はとても冷く言い放たれ背筋に嫌な感じがする。
腰まで伸びた黒髪は後ろで1つにまとめられ、燃えるような赤い瞳は王様やルナ様をエスコートしていたお兄様と同じものだ。
エミル様には兄が2人いる。
昨日エスコートしていたのは長男のハムザ様、次男の方は遠征に行っていると聞いていたが今戻ったのだろう。
後ろに大荷物を抱えた従者が何人か控えている。
エミル様があからさまに嫌そうな顔をしている後ろで、ナキさんも表情が厳しくただならぬ雰囲気が漂う。
「ユミル、今帰ったのか……」
「ふふ、僕が帰ってきて嬉しいでしょ?」
ユミルと呼ばれた人物は、エミル様が嫌がる様子をクスクスと笑いながら面白そうに見ている。
そして隣にいた私と視線が合うと、一瞬冷たい表情になったがすぐに微笑まれた。
「始めまして、僕は双子の兄のユミル。 君が噂のマリちゃんだね、会いたかったよ」
穏やかな口調で私にまた微笑みを見せるが、その目は笑っていなかった。
エミル様が私を背に隠すように、そっと前に出る。
「はは、隠しても無駄だよ。 もう見つけちゃったからね、マリちゃんまたお城でね」
ユミル様が従者を引き連れて歩き始めれば、城下町の人々は彼に賛辞の言葉かけている。
熱心に話しかける人も見かけ、その姿が異様に感じた。
「ユミルには気を付けろよ、双子とは言えあいつは何を考えてるか分からない」
「エミル様とは雰囲気が全く違ったので驚きました」
「あいつは狡猾で情のかけらもない男だ、見てくれに騙されるなよ。 クソ、あいつのせいで気分が台無しだ!」
そう言うと、エミル様は強引に私の腕を掴む。
「ほら行くぞ! 仕切り直しだ」
その後、私はエミル様に連れ回され帰る頃はとっぷり日が暮れていた。
そして自分の部屋に戻ると慣れないベットにもかかわらず、翌日の昼まで1度も目覚めずに眠るのだった。
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