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コルタリア王国

コルタリア王国2

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「ようこそ、コルタリア王国へ!」

 エミル様がそう言うと、大広間へと続く幾何学模様の施された派手な金の扉はゆっくりと開いていった。
 広間は壁の一部や垂れ幕に扉と同じ模様や金が使われ、アラビアンな雰囲を醸し出している。

 ここからが本番のはずなのにゴールにしか思えないのは、道中あった出来事のせいに違いない。

 まず、国境にエミル様が出迎えに来たことが苦労の始まりだった。
 王宮に着くまで片時も私の側から離れようとしないエミル様尽くしの1週間。
 粗相があれば泡や戦争とラルフに釘を刺されていたこともあって気が気ではない。

 そして、驚いたことに国境を越えて目の前に広がる大草原。
 灼熱の砂漠を越える覚悟をしていたが砂などはなく、ただただ青々とした草原が広がっていた。
 砂漠が緑に埋め尽くされてのだ。

「砂漠と聞いていたのですが……」

「あー、数年前から草木が生え始めて今じゃこんな感じ?」

 エミル様が少し気まずそうにポリポリ頭をかきながら話すのは、雨の降らないヴェルナードに遠慮しているのかもしれない。
 雨が定期的に降るようになり、水不足がなくなったコルタリアは活気があり皆生き生きとしていた。

 良かったことはそれくらいで、後は散々だった。

 ラクダに相乗りするわ(砂漠はないが、ラクダはいた)
 私に話しかける男性を牽制するわ(子どもにも容赦ない)
 出店の前を通れば、お土産だからと手当たり次第購入するわ……。

 本当に勘弁してほしかった。
 ルナ様がいるにもかかわらず、何故そこまで私にこだわるのかも分からない。
 あえて距離を取っているようにも見えたが、エミル様がルナ様を避ける理由も見当がつかず訊ねるタイミングもなく時は過ぎていく。

 今だってそう、エミル様は我が物顔で私をエスコートし大広間に入ろうとしている。
 私たちの前にはルナ様が、彼のお兄様に丁寧にエスコートされて歩いている。
 エミル様とは違い、黒の短髪に赤い瞳を持ち清楚感のあるお兄様だった。

「兄貴が気になるのか? 傲慢だからやめとけ」

 いやいや、エミル様も同じですから。
 突っ込みはそっと心で呟いた。
 大広間にいる貴族が見ている中で、急に軽口を叩くのはやめてほしい。
 ドレスの裾を踏んで転ぶところだった。
 エミル様が上手くフォローしてくれたおかげで難なく済んだが少し悔しい。

「おい、顔に出てるぞ。 笑えよ」

 からかうような口調で言うが、さすがのエミル様も王座が近付くとスンと大人しくなる。


「ヴェルナード王国、王女ルナ姫。 第2王子婚約者のマリ姫よ。 よく来てくれた」

 がっちりとした大柄な体型の王様は野太い声で話を始めた。
 エミル様のお兄様と同じ褐色の肌に短髪、燃えるような瞳を持つコルタリアの王様はルナ様と私を品定めをするかのようにジロジロと見つめてくる。

「コルタリア王国の重要な催しに招待いただき、光栄に存じます」

 そんな視線をスルリとかわすように、ルナ様がこれ以上にない美しい所作で答えため慌てて私も頭を下げる。
 さすがルナ様、周囲からは感嘆のため息が聞こえてきた。

「氷の姫君に、水呼びの乙女か……。 雨乞いの行事にぴったりじゃな、ははは!」

 豪快に笑う王様に媚びるように、従者や貴族が笑い出す。
 王様のご機嫌をとる雰囲気に戸惑っていると、エミル様が優しく肩を抱いてくれた。
 それを王様は見逃さず面白いものを見るように小さく頷いたが、言葉にはしなかった。

「長旅で疲れただろう、祭りまでの数日間ゆっくり休むと良い。 さぁ、宴だー!」

 王様の掛け声が始まりの合図だったようだ、脇に控えていた楽団の演奏が始まり途端に大広間が活気に沸いた。
 食事に踊り、見せ物もある。
 ルナ様に目配せをするが、私を気にかける素振りなどなくエミル様のお兄様と一緒に挨拶回りを始めてしまった。

「おいマリ! 俺たちは踊ろうぜ!」

「ちょっと待ってください! コルタリアのダンスはあんまり……」

 一応習ったが、突貫ダンスは人の前で踊るほど上手くはなかった。
 エミル様は私の返事に気を悪くしたかと思いきや、何やら悪戯を思い付いた子供のような顔を見せる。

「俺に任せとけって、ほら」

「ひゃっ!」

 ぐいっと腰を引き寄せられると、体を密着させたままダンスが始まった。
 ヴェルナードとは全く違う拍子の取り方のためぎこちない私の動きは、エミル様のリードのおかげで見られる程度にはなっている。

「なんだ、思ったより上手いじゃん」

 急に耳元でささやかれ、頭から拍子が抜けてしまい足が絡まりそうになる。

「はは、マリ照れてるのか?」

 始終ご機嫌なエミル様に抱き締めれれるような形で、しばらくダンスが続いた。
 やっと解放された時には息が完全に上がり、休憩がてらバルコニーに案内される。
 夜風にふわっと包まれると、雲の立ち込めるヴェルナードでは見られなかった満点の星空が目の前に広がった。

「すごい、綺麗……」

「そうか?」

 エミル様には見飽きた夜空かもしれないが、元いた世界でも見たことのない星の輝く空だった。

「こんな夜空で感動するなんて、マリは単純だな」

 私の反応が新鮮なのか、エミル様の視線が痛い。

「そんなに見ないでください」

「いやだ」

「またそんなこと言って、子供みたいですよ」

 エミル様の反応が何だか可愛らしく、思わず笑ってしまうと彼の頬がほんのりと染まる。

「そんな風に笑うんだな」

「え?」

「もっと笑えよ、可愛い」

「か、可愛いって……」

 ふいに言われた言葉に反応してしまうと、エミル様は気を良くしたのか私の頭を撫でてきた。

「……っ、くすぐったいです」

 彼の手が耳に触れたので体を揺らすと、そのまま力任せに抱き締められた。

「やめてください、怒りますよ?」

 強気に言うがまったく効果はなかったらしい、抱き締める腕に力が加わる。
 耳元で聞こえる彼の吐息に体が反応してしまうと、腰に添えられていた手が私の顎を持ち上げ熱のこもった金の瞳と視線が絡まる。

「怒れば良い、この国に来た時点でマリの出来ることはないからな」

「た、確かに、雨の豊富なこの国で私の出来ることはなさそうですが……」

「は?」

「え?」

 エミル様は私を抱き締めながら、何が面白かったのか声を出して笑い出した。

「私、変なこと言いました?」

「お前なぁ、この状況でそれ言うか? てかコルタリアでも人助けでもしようと思ってたのか?」

「え、そのために呼ばれたんじゃないんですか?」

「はぁ……、マジか」

 笑っていたと思ったら、エミル様は今度は大きなため息を1つついた。
 そして私に向き直ると、余裕の笑みを見せる。

「まぁ、そんなこと言っていられるのも今の内くらいだな」

「さっきか言ってることが分かりません」

「こう言うことだ」


 ちゅ。

 
 エミル様の金の瞳が急に近付いたと思えば、頬に唇を押し当てられた。
 咄嗟のことで全く動けずにいると、またエミル様に大笑いされる。

「その反応、たまらないな」

 からかわれた。
 
 出会った時と同じで、私はまたからかわれたらしい。
 怒りが沸いてくるが、他国で魔法の雪や雨を降らすわけにはいかない。
 感情が乱れたせいで体から魔力が漏れているのを感じ、私は思い切り彼を睨み付け背を向けて落ち着こうとした。




"……マリ"



 聞き間違いだろうか、ぽつりと水が落ちるかのように私の名前をよぶ声が聞こえた気がした。


"マリ、我はここに"


 次はハッキリと、澄んだ若い男性の声だった。

「誰?」
 
「どうした急に?」

 エミル様が不思議そうに私の顔を覗き込んでくる。
 どうやら彼には声は聞こえなかったらしい。
 説明しようかと思ったが、先程のキスを思い出し私はまた彼から距離を取った。

「さぁ遊ぶのはここまでにして、そろそろ行くか」

 エミル様はまたいつもの悪戯な表情を見せ、私をエスコートしようと腕を差し出してくる。
 声が聞こえてくる気配はなく私の魔力も収まったため、不本意ではあるが彼のエスコートを受けることにした。
 そしてまた会場に戻り、私は本日2度目となる慣れないダンスを踊るのだった。


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