上 下
39 / 54
互いの気持ち

愛しさとサツマイモ1

しおりを挟む

 父上から俺を庇おうとするマリが可愛らしく、しまいには俺の元へ来れて良かったと言われたら愛せずにはいられないじゃないか。



マリと別れた後すぐに自室へ戻ると、椅子に座り先程のことを思い返し嬉しさやら後悔やらで胸がいっぱいになる。

「……やってしまった」

“やっちゃったね、うん。 でも男気があって良かったよ!”

 独り言のつもりが予想外に返事があり、思わず反応した体は椅子から音を立てながら豪快に滑り落ちた。

「フォンテ、見ていたのか?」

“見たくて見たんじゃないよ、話に加わってマリを励まそうとしたら、ね~?”

「嬉しそうだな?」

“どうでしょう?”

 面白そうにクスクス笑いながら、フォンテは以前よりも大振りになった羽を広げて俺の周囲を飛び回る。

「俺の所に来るのは良いが、マリを放っておいて良いのか?」

“マリはコルテの所に行ったからね、私はこっち”

「……そうか」

“ねぇ、1つずれてるよ?”  

 この部屋に来てから羽織った上着をフォンテが指差す。
 言われた通り、1つボタンを掛け違えていた。

“アル様、かわいい” 

「やめてくれ」

 フォンテは私の肩に座ると、足をブラブラと遊びながらもう別のことを考えているようだ。

“ちょっと気になることがあってね、調べて欲しいことがあるの”

「気になること?」

 気を取り直してデスクで溜まった資料に目を通しながら、フォンテに返事をする。
 以前から気になっている人物がいるようで、それを俺に調べた欲しいとのことだった。

“お願いしてもいい?”

「あぁ、調べてみよう」

“嬉しい! ところで、そこに入っているものは何?”

「引き出しの中か?」

 フォンテが1番上の引き出しを指差し、難しい顔をしている。

「もしかして、これか? 記憶がなくなる前からある物だ」

 引き出しから取り出したのはパールのネックレス。
 何故だが手放せず、幼い頃からずっと同じ場所にしまってある。

“へぇ~”

「これを知っているのか? 魔法はかかっているが、危険な物ではないと思うが……」

“それにはアル様を守る人魚の魔法がかかってる、持ってると良いことあるよ!”

「人魚とは不思議な縁だな……。 分かった、持ち歩くとしよう」

 要件は済んだらしく気付くとフォンテは部屋からいなくなり、俺も早々に切り上げて今日は眠ることにした。




―――――



 
 城を離れている間に溜まった膨大な資料を整理するのに丸3日かかった。
 あれからマリに会えていない。
 彼女は俺をどう思っているのだろうか。
 今回のキスは前回したものとはまるで意味が違うことに彼女は気付いただろうか。

「マリに会いたい……」

 考えていたことが口に出ていたようで、急に会議室が静まり返り皆の視線が自分に集中している。

「ははは! アルベルトよ、これが終わればお前が抜けていた分の仕事は落ち着く。 しばらく休みをやるからマリと出掛けてくると良い」

 皆が信じられない顔をしながら俺を見る中、隣に座る父上は高らかに笑ってくれたので少し救われる。
 誤魔化すように咳払いをしながら、何事もなかったのように振る舞ったがチラチラと視線を感じ居心地の悪い話し合いとなった。



「マリの元へ行くのか?」

 会議が終わり席を立とうとすると、珍しく兄さんが話しかけてきた。
 何をしているか詳しいことまでは知らないが、水魔法の使い手の兄さんは水の魔石を使いながら各地を回って人々を助けているらしい。
 魔石と相性が良いと、少量の力で強力な魔法を使うことができる。
 そのため兄さんの魔石が壊れることは滅多にない。
 そんな兄さんは地方の、父上は王都の水不足を何とかギリギリの所で支えてくれている。

 父上と同じ輝く金の髪に、鋭い蒼い瞳。
 兄さんを見るたびに俺は劣等感を感じてしまう。

「そうです。 昨日はゆっくり話せなかったので」

「あの娘、ついに雨を降らせるようになったようだな。 おかげで最近ではお前を支持する貴族も増えてきた」

 兄さんは表情を崩さず淡々と話を進めているが、冷たい視線で俺を捕らえる。

「俺は別に兄さんと継承争いをするつもりはありません!」

「お前も知っているだろう? それを決めるのは私ではない。 まさかここに来て競うことになるとはな、せいぜい頑張ると良い」

 兄さんはマントを翻すと、俺の返事を待たずに背を向けてしまう。
 わざわざ呼び止めて弁明しても何もならないと思い、マリの部屋へ向かうことにした。

「それにしても継承者争いか、もう既に決まっているものだと思っていたな」

 俺に魔法が使えない時点で、兄さんが時期の王だと誰も疑わなかった。
 だがマリがこの世界に来て俺の婚約者にしてしまったことから、兄さんの言う通り彼女の功績は俺の功績になってしまう。

 ピピアーノ、フォルトナの泉、どちらの案件も貴族の関心を惹いてしまった。
 魔力なしが王になってはいけない、そう思うがどこかで高みを見つめる自分がいることに俺は気付かないふりをするのだった。



 マリは部屋にはおらず、メイドの話によると市街へ出ているとのことだった。
 その日は結局会えずに終わり、翌日も、その翌々日もマリに会えない日が続いた。
 ここまでくると流石に避けられていることに気付く。

 折角与えられた休みをこれ以上無駄にするわけにはいかない。
 


「マリ!」

 俺が名前を呼べば、彼女の肩が小さく跳ねる。
 ここは南の庭園の入口、フォンテにマリの居場所を教えてもらい待ち伏せすることにした。
 どうやら誰かと話していたようで、相手が丁度柱の影になっている。

「アルベルト様……?」

 彼女が振り替えると同時に相手の姿が見え、城の研究者だろう男がマリの手を握り俺に気付かないほど興奮して話していた。

 太陽の光をたっぷり含んだ彼女の金の瞳は不安げに揺れている。
 その姿が目に入ると頭にカッと血が上り、マリと男の間に無理に割り込んだ。

「彼女に何か?」

 凄みを利かせれば男は顔が真っ青になり、その場にひれ伏す。

「アルベルト様、この方は私に少し尋ねてただけです。 なので……」

 何故、マリが庇うのか。
 無性に腹が立ち俺は彼女の手を掴み、庭園に向かった。


 もうすっかり秋の仕様になった庭園は全体の色が落ち着いたが、所々に咲く赤や黄色の花が引き立てられている。
 いつものベンチを見つけ、2人で深く座った。
 おずおずとマリが俺を見上げてくる。

「あの、さっきの人は私が持ってきた苗が食料難の助けになるって喜んでいて、話を聞きたがっていたんです」

「手を握る必要はあったか?」

「え? 手を……?」

「君の手を握っていたじゃないか」

 話をしながらマリの手に自分の指を絡めると、反応はあったが抵抗する気はないらしい。

「そんな風には握っていません」

「知っている」

「ア、アルベルト様変です。 私どうしたら良いか分からない……」

 耳まで真っ赤にしながら、マリは視線を逸らす。
 その姿が可愛らしくまた変な気を起こしそうになるが、中途半端な関係でこれ以上手を出す訳にはいかない。

「明日、出掛けないか? ゆっくり話がしたい」

「恥ずかしいことしなければ……」

「それはマリによる」

「そんな!」

 慌てる彼女が可愛らしく苛めたくなる衝動を押さえつつ、明日会う約束を取り付けてすぐに彼女とは別れた。

 マリに話そう、今の自分の気持ちを。
 彼女はどんな顔をするだろうか。
 
 明日のプランを考えつつ、その日はいつもより早く眠ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...