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互いの気持ち

帰還2

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「皆さんあんなにエルフ族と仲良くなっているとは思いませんでした。 アルベルト様も色々話していましたね」

「中々ない機会だからな。 弓の扱い方は本当に勉強になった」

 共に大嵐を乗り切った一体感からか、騎士やメイドさん達は徐々にエルフ族との距離が近くなり剣の打ち合いや話に夢中になる姿が所々で見られた。
 後で聞いた話しによると、旅の目的には未知の種族であるエルフの生態を調べることもあったそうだが私にはそれだけには見えなかった。
 きっとアルベルト様もそう思っているだろう、嬉しそうに剣と一緒に座席に置いてある弓矢に触れる。

「その弓矢、綺麗ですね」

 日本で馴染みのある弓道で使われている弓の半分の大きさで、白く艶やかな弓は角度を変えると青白くも見える。

「あぁ、マリに渡した笛と同じ一角獣の角で作られている。 出発前に弓を教えてくれたエルフ族の1人が気前良くくれたんだ」

「それは大事にしないとですね」

「あぁ」
 
 帰りの馬車はコルテが同乗を遠慮したためアルベルト様と2人、行きとは違って和やかな雰囲気が流れている。
 最初はどうなることかと思ったが、無事に誰1人欠けることなく王都に戻れることに私は浮き足立っていた。

 帰り道も村に寄っては井戸に水を入れることは勿論、雨雲を呼び数日間雨を降らすことが出来るようになり水呼びの乙女だと直接言われ感謝された。

 確かに雨は呼べるようになったが、その土地にいないと雨は降らせず一時凌ぎにしかならない。
 けれど皆からこれでもかと称えられ、私は少しその気になっていた。





―――――




 城に到着する頃には王都には爽やかな風が吹き、緑一色だった木々が赤や黄色に色付き始めていた。
 この国には日本と同じように四季があり、紅葉する植物があるそうだ。


「おぉ! 皆、よくぞ戻った!」

 ピピアーノからの帰還同様、王様とお妃様が城の前で待っていてくれた。
 今回は応接の間に入ると、長旅を気遣ってか王は報告という形で旅に同行した騎士やメイドさんまで椅子に座らせる。
 こういう所が周囲から好かれる理由なんだろう、隣に座る王妃様も気にせずニコニコしながら静かに私たちを見ている。

 アルベルト様が主に話をしてくださり、私や他の人たちは頷いたり、相打ちをするだけだった。
 エルフの策略にはまり危険な状態になったこと、私が泉を戻したこと、エルフ族がヴェルナード王家の元に付いたことなど色々あったが全体的に見ればアルベルト様の功績は大きい。
 それでもリッカルド王の表情は厳しかった。
 
「仲間を危険に晒すようではまだまだじゃな、お前は昔から甘い。 今回は無事で済んだが、続くとなれば指揮を任せるわけにはいかぬ」

 いつも穏やかな王様の姿に驚き、弁明しようと体を前に乗り出したがアルベルト様に手を握られ制される。
 ラルフやコルテも下を向いていて表情が読めないがきっと私と同じ気持ちなのだろう、固く握られた手が震えている。

「父上の言う通りです。 私の認識の甘さが原因でした、申し訳ありません」

 王様の言うことも分からなくもないが、道中とても周囲を気遣い常に自らが前に出て危険を遠ざけようとしていたアルベルト様の姿を思い起こし私は胸が苦しくなる。
 私の視線に気付いたのか王様と目が合うとパチッとウィンクされたが、それを見ていたのは私と王妃様だけだけのようだ。
 どういう意味だろうか。

「ほらほら皆疲れていますしね、詳しい話は明日に致しません? 本当に良くやってくれたわ、ご苦労様」

 王妃様は天使のような慈愛溢れる微笑みで1人ひとりに視線を配る。
 王様もそれに頷き、報告会はお開きとなった。

「マリよ、少し良いかの?」

 退席しようとすると、機嫌の良さそうな王様に呼び止められる。

「褒美を授けたいのじゃが、何か欲しいものはないか?」

「雨を降らせることが出来たのも、泉の復活も皆の力のおかげです。 私はアルベルト様に命を救って頂きましたし、私だけ褒美をと言うわけには……」

 恐る恐る王様を見るとぽかんとした顔をしていたが、すぐに王妃様と一緒に大笑いを始めた。

「ははは面白い! お主だけではない、勿論他の者達にもそれぞれ褒美を与える予定じゃ。 何が良いか考えておいてくれ」

 私が異世界者のため配慮して聞いてくださったそうで、とても機嫌良く王様と王妃様は部屋を後にした。
 とてつもない勘違いをしたことを悔やんでいると、ラルフが青筋を何本も立てながらあからさまに怒った態度でやってくる。

「マリ様何てことを! リッカルド王にあんな無礼を働いた人は見たことがありません、貴女って人は!」

「すみません」

 怒られても仕方ないことだ。

「心の広い王だから良いものの、こんなことではアルベルト様の婚約者なんて務まりません」

「ラルフ、そこまでだ。 皆疲れている、私は彼女を部屋まで送るからお前もこのまま休んでくれ」

 詰め寄るラルフの前に私を守るようにアルベルト様が割って入ってくれた。
 彼の静かな圧力にラルフは渋々引き下がり、コルテがすかさずラルフを宥めて私たちに向けて小さく頷く。
 コルテに後でお礼を言わねばと思いつつ、私はアルベルト様に肩を抱かれながら部屋に向かった。

 城を離れて3週間と数日、やっと自分の部屋に戻ると力が抜けてフカフカのソファーに座り込む。
 てっきり部屋の前で別れると思っていたが、アルベルト様も当たり前のように部屋に入り隣に座っている。
 それを見たメイドさんたちが慌ててお茶の準備をするために厨房に向った。
 お互いの体が触れて気まずく、さりげなく身をよじって離れようとするとアルベルト様にさっと腰を抱かれてしまった。

「あのー、アルベルト様もお疲れですしお部屋に戻られた方が良いのでは?」

「せっかくメイドたちが準備をしている、その労力を無駄にするのは申し訳ないだろう。 それに……」

 アルベルト様がキュッと抱く手に力を入れ、自分の方に引き寄せると私の耳元に口を近付ける。

「まだマリと一緒にいたい」

「な、な、なっ!!」

「駄目か?」

 甘えるような声で私の肩に顎を乗せ、スカイブルーの瞳でじっと見つめてくる。

 ふと魔法で清めていたとは言え、数日間お風呂に入っていないことを思い出しアルベルト様の顔を両手で押し返す。

「私、汚いのでそんなに近付かれると……」

「気にしないよ。 むしろ、マリからは良い香りがする」
   
 アルベルト様はサッと私の両手を捕らえると、そのまま抱き締めてきた。
 急な密着で私の心臓が大きく跳ね上がる。

「さっきはありがとう、とても嬉しかった」

 お礼を言われることと言えば、私の大きな勘違いでリッカルド王に大変失礼な物言いをしてしまったことだろう。
 ラルフが怒るのは仕方ないと初めて思ったくらいに、私の発言は浅はかだった。
 これだけのことをした騎士やメイドさん、ましてやアルベルト様を差し置いて私にだけ褒美を与えるはずがない。

 泉を戻し雨を降らせるようになったことで、天狗になっている自分に気付かされた。
 惨めだ。

 何も解決なんてしていないのに。
 
「恥ずかしいです、アルベルト様の方が何倍も頑張っているのに……」

「ははは、君は見ていて飽きないな」

「なっ! 人が真面目に反省しているのに、笑わないでください。 ラルフの言う通り、私なんてアルベルト様には相応しくないです」

「そんなに落ち込むことはない、マリは本当に良くやってくれている。 ありがとう」

 その言葉にぽっと心が温かくなり救われてしまう私は単純だ。
 
「アルベルト様もですよ、本当にお疲れ様でした。 私が落ちたのが貴方の所で良かっ……!!」

 私の言葉は最後まで言うことは叶わなかった。
 急に影が落ちてきたと思ったら、アルベルト様に唇を奪われる。
 すぐに反応できずにいると顎に指を添えられ固定されて、口付けは更に深くなった。
 アルベルト様の長い睫が、治りかけている顔の傷がよく見える。

 息をつく暇もなく繰り返される行為に、私はただ翻弄されていた。


「っふぁ……」

 
 お茶の準備を終えたメイドさんが部屋の扉をノックしてくれたおかげで、やっと唇が離れた。
 アルベルト様の頬が紅潮し息が荒く、先程のことが現実だと思い知らされる。

「やはり私は部屋に戻ろう、ゆっくり休むと良い」

 アルベルト様は去り際にリップ音を立てて、私のこめかみにキスを落とすとマントを翻し本当に部屋から出ていってしまった。


 その後は勿論ゆっくり休むなんて出来なくて、半泣き状態でコルテの部屋に押し掛け眠りかけていた彼女に抱き付く。

「マリ様どうしました!?」

「お願い! 何も聞かないでこのまま一緒に寝て」

 無理な願いにコルテは仕方ないと言いながら、私の背中を優しく擦ってくれる。

「後で教えてくださいよ、どうせアルベルト様のことだと思いますけど」 

 さすがコルテ、何でもお見通しだ。
 安心したのか急に眠気が襲ってきてコルテの言葉に小さく頷いたのが最後、私は次の日のお昼までぐっすり眠った。
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