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フォルトナの泉
守りたいもの2
しおりを挟む嵐が去ったその日は皆、力の使いすぎでベットから起き上がることさえも難しかった。
ただの嵐だったらここまで疲弊することはなかっただろう。
私とエアリーナさんの魔力で合作された嵐はそれはそれは、全てを奪い去っていくのではないかと言うくらい凄まじかった。
城に帰ったら魔力操作の訓練をしようと心に誓う。
そして今、あの嵐の日から3日が経とうとしていた。
コルテともゆっくり話をすることができ、彼女の笑顔が増えてきたことに嬉しく思う。
「私はコルテ・ポルトニー。 エルフと人の子です」
そう告白してくれたコルテを抱きしめずにはいられなかった。
彼女の母親はオストロ様の妹にあたり、兄弟とても仲良く育ったのだと言う。
だが、ある日森に入った伯爵若の若者と母親は恋に落ちエルフの里を去ってしまった。
「母は、私を産んで亡くなりました。 私のせいで……」
「それは違う、誰のせいでもない。 お母さんは自分の命を捧げても、コルテを産みたかったんじゃないかな」
そう言うとコルテがポロポロ泣き始めて、私も涙が止まらなかった。
精霊も空気が読めるらしい。
私の涙を求めには来なかったが遠くの方で指を加えていたので、その可愛らしい姿に少し気持ちが和らいだ。
こうして伯爵家で育てられたコルテだが、エルフの血が半分流れているためか普通の育ち方はせず特に魔法と身体能力はずば抜けて高かったそうだ。
その話を聞き付けた城の従者がコルテをスカウトして今に至る。
「それでどうしてオストロ様の婚約者に?」
「オストロ様からの接触があったのは、国に雨が降らなくなってからです。 オストロ様が城勤めをしている私に有益な情報を流すよう指示してきました」
エルフ族の娘を連れ去り、死なせてしまった負い目のある伯爵家はオストロ様の申し出を断ることができなかった。
コルテを強制的に婚約者にすることで、違和感なく城の情報を得ようとしたのだろうか。
それとも、エルフ族の身体の弱さを克服すべくコルテと子孫を残そうとしたのか。
「焦りました。 まさかオストロ様が人間のマリ様に興味を持つとは……」
「だから、コルテは自分からオストロ様の所に行ってくれたんだね。」
「マリ様はあんなやつのお嫁さんになんかさせません!」
「ありがとう。 でも嫌だな、コルテが好きでもない人の所に行くのは」
「私も嫌です、あんなおじさん!」
そう言い放ったコルテの表情が、どこか吹っ切れたように見えた。
―――――
エルフの里は本来の活気を取り戻しつつあった。
その日の夜、泉の復活を祝って宴会をすることになっている。
嵐から森を守った後、何度か忙しくするオストロ様の姿を見かけただけで話の続きができずにいる。
今回の催しは、看病をしてくれたエルフの女性陣と城の騎士やメイドさんたちがやりたいと申し出て始まった。
看病した側とされる側で意気投合したらしい。
今まで交わることがなかっただけで、同じように心があって、話をすれば仲良くなるにはそう時間はかからない。
あの嵐を一緒に乗り越えたという連帯感が後押ししたのもあるが、人とエルフのカップルが誕生したのには驚きだ。
強面の騎士さんが顔を真っ赤にしながら金髪美人のエルフの女性と腕を組み、それを周りに祝福されているのが遠くに見えた。
「マリ様も宴会に参加しましょうよ!」
コルテが目をキラキラさせながら私の手を引く。
「ちょっと気乗りしないな。 というか、あんなことがあったのに何でそんなに元気なの?」
「人とエルフが一緒に宴会なんて、ワクワクしません? 前代未聞ですよ!」
空元気もありそうだが、嬉しそうに笑う姿には嘘はないようで私も覚悟を決めて向かえば既に宴会は始まっていた。
宴会と言っても野外での簡単な立食で、所々に可愛らしい木の実での装飾が手作りのあたたかい雰囲気を出している。
コルテと2人で食事をしようとテーブルに近付くと、後ろから可愛らしい声で名前を呼ばれた。
“はーい、マリちゃん元気?”
エアリーナ様はヒラヒラと手を振りながら、少年の姿のトルビネ様を連れてやってきた。
“はい、トルビネ言いなさいな。 正直にね”
エアリーナ様は気まずい顔をしたトルビネ様の背中を遠慮なく押し、彼が自分の前に出るようにした。
“すまぬ! わしがオストロに言ったんじゃ……”
いきなり頭を下げられ、何のことか検討がつかずコルテと顔を見合わせる。
話を詳しく聞けば、トルビネ様がエアリーナ様を思い泉の森の復活を考えていたところ、オストロ様と意見が合ったそうだ。
私をフォルトナの森に呼んだこと、滞在を長引かせるために仲間に泉の水を飲ませたこと、コルテを人質に取ることもトルビネ様の案だという。
“解毒方法も知っておったが、お主の仲間には辛い思いをさせてしまった……”
コルテのことも、ハーフエルフ故に泉の毒からすぐに回復することを知っていた。
そして私と関係が深い彼女を人質にすれば、私が無理矢理にでも力を使うのだと思ったらしい。
まさか本当にオストロ様が、コルテを突き落とそうとするとは思わなかったと話すトルビネ様は今にも泣き出しそうだ。
“本当に、すまなかった!”
“私からも謝るわ、ごめんなさいね。 じゃあ、マリ腕を出してもらっても良いかしら?”
私と半泣きのトルビネ様を向かい合わせ、エアリーナ様は坦々と話を始める。
“今回のことは私のためだとは言え、トルビネがしたことは許されないことだわ。 だから……”
エアリーナ様は私の左の手首に触れるとボソボソと呟き始めた。
触れられた所に熱さを感じ、その熱から銀の華奢な腕輪が現れた。
“この腕輪はトルビネがマリちゃんと契約を結んだ証。 いつでもこの子を呼んで頂戴ね、魔力量も多いから何でもお願いして大丈夫よ”
いきなりのことに頭が付いていかない。
光に照らされたトルビネ様の羽色を連想させる銀の腕輪は、私と彼を繋ぐものだそうだ。
必要な時に腕輪を通して、トルビネ様を呼び出せたり風の魔力を使うことができるという。
確かに、言われてみれば腕輪から風の魔力を感じる。
“これでマリちゃんは風の魔力を使うことが出来るわ。 あ、コルテちゃんも遠慮せず使ってね”
エアリーナ様はコルテにもにっこり笑う。
“さぁ、ちょっと疲れたわね。 私は休もうかしら、マリちゃんまた会いましょう”
エアリーナ様はフワリと風に乗って空高く舞い上がり、私たちに笑顔を向けると空に溶けるように姿を消した。
「嵐のようでしたね」
コルテはまだエアリーナ様がいた空を見上げている。
「そうだね……。 それで、えーっとトルビネ様はこれからどうします?」
“トルビネで良い、そなたとは主従契約を結んだからな。 本当にすまなかったと思っている、そしてエアリーナ様を救ってくださったことを心から感謝する。 あの方は何ともない言い方をしているが、マリ様の力がなければ力をとりもどすことは出来なかった”
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自分よりも若い子に跪かせるなんて、悪いことをしている気分になる。
“じゃあマリも我を呼び捨てに、これで対等じゃ。 そしてマリよ、如何なる時も我はそなたの力になることをここに誓おう”
真剣な眼差しに嘘はなくて、彼は私の手を取ると腕輪の部分にまるで忠誠を誓うかのように口付けを落とした。
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