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フォルトナの泉

守りたいもの1

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 一瞬にして視界が真っ白になり思わず目を瞑った後、次に見たものは森ではなかった。

 初めに目に入ったのは元いた世界にもあった麻の絨毯で、様々な動物達が上品に織り込まれている。
 木の壁にはフワフワの毛皮や、角が飾られ、いくつかあるタペストリーには難しい模様と耳の長い女性が描かれていた。

 装飾品は素朴だがどれも質が良く手入れが行き届いていて、住むというよりも集まることを目的に作られた部屋だという印象があった。



「マリ? どうして君が……」

 部屋を眺めていると、背後から聞きなれた声が私を呼んだ。

「アルベルト様?」

 振り向けば皆さんお揃いで、アルベルト様は剣を握り距離はあるが刃先をオストロ様に向けていた。
 後ろに控えるラルフも腰に下げた剣の柄に手を添え、今にも抜剣しそうな勢いだった。

 オストロ様も矢さえ出していないが、弓を構えて臨戦態勢のように見える。
 隣に立つコルテには、あからさまに目を反らされてしまった。

 部屋にはこの4人だけで、殺伐とした雰囲気の中居心地が悪く私は一緒に来たエアリーナさんとトルビネ様に助けを求めようとしたが、そういえば姿が見えない。

「無理……、私1人じゃこの状況無理ですって……」

 私の泣き言はエアリーナさんには届かず、余計に空気をピリつかせてしまった。

「どうした?」

「い、いえ! ところで、皆さんは一体何を?」

 どう見てもこれから戦いが始まる様子だったが、私には他に言葉が思いつかなかった。


「あぁ、これはエルフの誓いだそうだ」

「え? 誓い?」

 誓ってから戦うのだろうか、もう私の頭はパニックだ。

「嘘偽りなく話すことを、自ら掲げた武器に誓うのだ。 だが、その必要はなくなった」

 アルベル様の代わりに、オストロ様が厳しい口調で答える。

「な、なくなったとは?」

 どうやら、これから話しが始まる所にタイミング悪く私は来てしまったらしい。
 もう話し合う必要がなくなったということは、人間とエルフの戦いが始まってしまうのだろうか?
 心臓がもたないくらい早く動いている。


「この雨はマリ様ですね? 泉が復活したのも先程感じました」

「へ? あ、はい」

 予想外の言葉にとぼけた声が出てしまい、誤魔化すように咳払いをしてから気を取り直しオストロ様を見据えた。

「私が泉を元に戻しました」

 本当はエアリーナ様や精霊達の力もあったが、少しでも戦いが回避されるよう恩を売ることにした。

 オストロ様は激しく雨が打ち付ける窓を見ながら少し考える仕草を見せた後、私の元に来ると急に膝を折り深く頭を下げた。

「大変申し訳ありませんでした。 謝っても済む問題ではないことは分かっています」
 
 オストロ様からは先程までとは違い、憑き物が落ちたようなそんな印象を受けた。
 どんな手を使ってでも泉の復活を叶えようとしていたのだろう。
 たが彼に私の想像が及ばないくらいの重責があったとしても、仲間達にしたことは絶対に許されないことだ。

「オストロ様の行いで仲間が息を吸うことさえもままならず、あと数日の命でした」

「はい」

「そんな死にそうなコルテを貴女は泉に突き落とそうとして、この国の王子が代わりに命を落とすところでした」

「……はい」

「私は貴女を裁く立場ではありませんが、どんな理由があろうと絶対に許しません」


 話す内に段々と感情が溢れ出て、頬に涙が伝う感触がある。
 それに気付くともう止められなくて、私はボロボロと泣き出した。



パリンッ!


「きゃっ!」

 急に雨風が強くなり、部屋の窓ガラスが割れ始めコルテが驚き床に座り込む。
 建物も風の魔力で守られているらしいが、グラグラと揺れ始め足元が不安定になりよろめくと今まで姿を消していたエアリーナさんが私の肩を優しく支えてくれた。

“マリちゃん、お疲れ様。 心のモヤモヤ少しはすっきりできたかしら?”

「エアリーナさん! 何で……」

“だって私が出てっちゃうと、オストロ坊やがちゃんと謝れないでしょ? はい、もう泣くのはお仕舞いよ、そうでないとこの森なくなっちゃうから”

「……まさかこれは、私の力なの?」

“そうよ、だから落ち着いて。 うん大丈夫ね、負の感情に飲み込まれてはダメよ”

 エアリーナ様が掌を天井に向けると、建物の揺れが収まり窓には大きな板が張られた。

「エアリーナ様、お姿が……」

“あら、オストロ久しぶりね。 積もる話しは後にして森を守りに行くわよ!”

 エアリーナさんはオストロ様を魔法で無理に立たせると、体格の良い彼が姿勢を崩すほど背中を叩いて喝を入れる。

「マリちゃんも私も、嵐を遠ざける魔力は残ってないの。 でも、保護魔法くらいなら出来るわ。 さぁ、エルフ全員集めてきなさい!」

 いつもおっとりしているエアリーナさんが今はとても勇ましく見え、その勢いに私たちは奮い立たされ慌てて動き出した。



 

―――――






「お、終わった……」

 私の魔力にもちゃんと底はあったらしい。
 あれから急いでエルフや魔法を使える人を集め、森や周辺一帯に保護魔法をかけた。
 初めての魔法だったが、何とかできた……。
 というか、何とかしなきゃいけなくて強く願ったらできてしまった。

 ほぼ徹夜だ。

 さすがエルフ族、風魔法に長けているだけでなく魔力も相当多い。
 人間側も負けていられないと、特に騎士さんたちが治ったばかりだと言うのに頑張ってくれた。

 皆一丸になったことで嵐に耐えることができたのだ。

 おかげでツリーハウスの家々が少し傾いたくらいで済み、森の動物たちにも大きな被害は出ていないらしい。

 その話を聞いた時の喜び様は、人もエルフも関係なく抱き合うわ騒ぐわで収集がつくまで大変だった。




「もう無理……」

 私とコルテは、シマリスのツリーハウスに戻り倒れるようにベットに横になる。
 お風呂にも入りたいが、まずは眠りたい。

 隣のベットにいるコルテも同じ考えのようで、目が合うと初めは気まずそうだったが私が微笑むと優しく笑ってくれた。


「とりあえず、寝よっか?」

「はい、そうしましょう」


 コルテも素直に頷く。


「マリ様、色々勝手なことをしてすみませんでした」

「後で聞かせて、コルテのこと」

「少し長い話しになりますが……」

「うん、いっぱい話そう」


 コルテが嬉しそうに微笑み、涙が今にも溢れ落ちそうだった。


「おやすみ、コルテ」

「おやすみなさいませ、マリ様」
 

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