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フォルトナの泉
白鱗の人魚1
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アルベルト様が私に逃げようと言ってくれた。
その気持ちが本当に嬉しくて、胸の奥が熱くなる。
けれどここで私が逃げたら皆はどうなるのか考えただけでも恐ろしい。
そして、自分の居場所がなくなってしまうのが何よりも怖い。
ヴェルナード国がなくなったら、私は一生この世界に閉じ込められてしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
何だかんだ言って、結局は一番守りたいのは自分なのだと気付くと情けない気持ちになってくる。
止まらなかった涙はいつの間にか乾いていて、私はアルベルト様から離れると自分の足で泉に向き直った。
「大丈夫か?」
「はい」
アルベルト様が心配そうな瞳で私に寄り添ってくれる。
本当にこの人は優しい。
自分のことよりも、私を優先してくれる。
今なら出来そうな自信があった。
心を落ち着かせ、エアリーナ様の助けを借りて放った魔法を思い出す。
体の奥から沢山引っ張り出して、そしてゆっくりと大きくさせる感覚。
もう一息という所で、いつの間に戻ってきたのだろう、オストロ様と腕を掴まれたミントグリーンの髪の女性が目に入った。
女性は下を向いていて、肩で浅く息をしてぐったりした様子だ。
「コルテ!」
「マリ……、っさま」
駆け寄ってオストロ様から奪うようにコルテを抱きしめると、彼女は崩れるようにして私に体を預けた。
コルテの体から熱を感じ、ミントグリーンの瞳には生気がなくどんよりしている。
「なんでコルテが……」
「マリ様がやる気になられるかと思いましてね」
オストロ様はしれっとした様子で言うと、私からコルテを無理矢理に奪い返し泉に向かって歩き出す。
この先起こることは私の想像だけであって欲しかった。
「やめて、お願い……」
「窮地に立つとあなたは力を発揮できると聞きました。 こうしたらどうでしょう?」
オストロ様はあろうことか、抵抗できないコルテを泉に突き落とそうとした。
「させるか!」
咄嗟に剣を構えたアルベルト様がオストロ様の腕を切り付け、コルテの体を受け止める。
「くっ……」
オストロ様は腕から滴り落ちる血を止めようと、手で押さえつけている。
控えていた3人のエルフを思い出し慌てて探すと、森の近くで綺麗に川の字で倒れていた。
アルベルト様がやってくれたのだろう。
「よかった……」
そう、ほっとしたのも束の間だった。
バシャンッ!!
何かが落ちる音がして泉の方を振り替えると、コルテと一緒にいたアルベルト様の姿がなかった。
オストロ様は森の中へ走り去ろうとし、コルテは泉の近くでしゃがみ込んでいる。
「コルテ……。アルベルト様は?」
「たいせいを……、っ崩し」
大粒の涙を流すコルテの話を最後まで聞かずして、私は迷わず泉の中に飛び込んだ。
今になって思い出す。
喉が痛いと言っていたじゃないか。
朝も珍しく気だるげで、様子がおかしかったじゃないか。
着きっきりで皆の看病をして、十分な睡眠も取れていないはずだ。
アルベルト様も夕食の時に泉の水を飲んでいる。
普段であればあんな所から落ちるわけがない。
私がこんなだから、具合が悪いなんて言えなかったんだ……。
後悔しても時間は戻らない。
私は全力で底へと泳ぎを進めた。
夏のおかげか、泉の水はとても心地が良い。
水は澄んでいて、数メートル先の底まで嘘のようにハッキリと見えた。
どんどん底へと沈んでいくアルベルト様の姿を確認すると、身体中の血液が沸騰するんじゃないかと思うくらい熱くなった。
熱さに加えて、今まで経験したことのない痛みもある。
意識が遠退きそうになるが、ここで気を失ってはいられないと思い切り自分の腕に噛み付くとゆったりと水の中に血が滲んだ。
朦朧とする中でも泳ぐ早さは増していき、あっという間にアルベルトに追い付いた。
泉の水を飲んでしまったのか顔も手足も青白く、体がとても冷たい。
一瞬、死を想像したがすぐに頭の中から払いのけ急いで陸へと上がった。
泉から出ると、コルテもいなければ倒れているエルフもいない。
森に向かって助けを呼ぶが近くに人はいないようで、いやに静かだ。
アルベルト様の上半身を泉から引き上げるのが限界だった。
水中から出たと言うのに反応がなく、静かに横たわる彼の胸に恐る恐る耳を当てる。
息をしていない。
「アルベルト様! アルベルト様!」
何度名前を呼んでも、体を揺すっても反応がなかった。
焦っても、泣いても意味がないのは分かっているが涙が溢れて止まらない。
「……アルベルト様」
まただ。
またアルベルト様が傷付いてしまった。
ピピアーノで彼が大怪我を負ったことが頭によぎる。
「そうだ、涙!」
私の涙には傷を癒す効果がある。
さっきから何度も涙を流しアルベルト様は触れているはずなのに、様子は変わらない。
「何か、何か……」
アルベルト様の真っ青な唇を見て、あの本の内容と、彼の言葉を思い出す。
―― この本に書かれている人魚と、君の能力は似ている。 もしかしたら、皆を治すこともできるかもしれない ――
考えるよりも早く体が動いた。
あの人魚の本にはこう書いてあった。
人魚は水の魔法が得意で、あらゆる病気を治すことができる。
その中でも人魚の口付けは特別な力を持つ。
その内容を信じて、私はありったけの思いを込めてアルベルト様にキスをした。
その気持ちが本当に嬉しくて、胸の奥が熱くなる。
けれどここで私が逃げたら皆はどうなるのか考えただけでも恐ろしい。
そして、自分の居場所がなくなってしまうのが何よりも怖い。
ヴェルナード国がなくなったら、私は一生この世界に閉じ込められてしまう。
そんなのは絶対に嫌だ。
何だかんだ言って、結局は一番守りたいのは自分なのだと気付くと情けない気持ちになってくる。
止まらなかった涙はいつの間にか乾いていて、私はアルベルト様から離れると自分の足で泉に向き直った。
「大丈夫か?」
「はい」
アルベルト様が心配そうな瞳で私に寄り添ってくれる。
本当にこの人は優しい。
自分のことよりも、私を優先してくれる。
今なら出来そうな自信があった。
心を落ち着かせ、エアリーナ様の助けを借りて放った魔法を思い出す。
体の奥から沢山引っ張り出して、そしてゆっくりと大きくさせる感覚。
もう一息という所で、いつの間に戻ってきたのだろう、オストロ様と腕を掴まれたミントグリーンの髪の女性が目に入った。
女性は下を向いていて、肩で浅く息をしてぐったりした様子だ。
「コルテ!」
「マリ……、っさま」
駆け寄ってオストロ様から奪うようにコルテを抱きしめると、彼女は崩れるようにして私に体を預けた。
コルテの体から熱を感じ、ミントグリーンの瞳には生気がなくどんよりしている。
「なんでコルテが……」
「マリ様がやる気になられるかと思いましてね」
オストロ様はしれっとした様子で言うと、私からコルテを無理矢理に奪い返し泉に向かって歩き出す。
この先起こることは私の想像だけであって欲しかった。
「やめて、お願い……」
「窮地に立つとあなたは力を発揮できると聞きました。 こうしたらどうでしょう?」
オストロ様はあろうことか、抵抗できないコルテを泉に突き落とそうとした。
「させるか!」
咄嗟に剣を構えたアルベルト様がオストロ様の腕を切り付け、コルテの体を受け止める。
「くっ……」
オストロ様は腕から滴り落ちる血を止めようと、手で押さえつけている。
控えていた3人のエルフを思い出し慌てて探すと、森の近くで綺麗に川の字で倒れていた。
アルベルト様がやってくれたのだろう。
「よかった……」
そう、ほっとしたのも束の間だった。
バシャンッ!!
何かが落ちる音がして泉の方を振り替えると、コルテと一緒にいたアルベルト様の姿がなかった。
オストロ様は森の中へ走り去ろうとし、コルテは泉の近くでしゃがみ込んでいる。
「コルテ……。アルベルト様は?」
「たいせいを……、っ崩し」
大粒の涙を流すコルテの話を最後まで聞かずして、私は迷わず泉の中に飛び込んだ。
今になって思い出す。
喉が痛いと言っていたじゃないか。
朝も珍しく気だるげで、様子がおかしかったじゃないか。
着きっきりで皆の看病をして、十分な睡眠も取れていないはずだ。
アルベルト様も夕食の時に泉の水を飲んでいる。
普段であればあんな所から落ちるわけがない。
私がこんなだから、具合が悪いなんて言えなかったんだ……。
後悔しても時間は戻らない。
私は全力で底へと泳ぎを進めた。
夏のおかげか、泉の水はとても心地が良い。
水は澄んでいて、数メートル先の底まで嘘のようにハッキリと見えた。
どんどん底へと沈んでいくアルベルト様の姿を確認すると、身体中の血液が沸騰するんじゃないかと思うくらい熱くなった。
熱さに加えて、今まで経験したことのない痛みもある。
意識が遠退きそうになるが、ここで気を失ってはいられないと思い切り自分の腕に噛み付くとゆったりと水の中に血が滲んだ。
朦朧とする中でも泳ぐ早さは増していき、あっという間にアルベルトに追い付いた。
泉の水を飲んでしまったのか顔も手足も青白く、体がとても冷たい。
一瞬、死を想像したがすぐに頭の中から払いのけ急いで陸へと上がった。
泉から出ると、コルテもいなければ倒れているエルフもいない。
森に向かって助けを呼ぶが近くに人はいないようで、いやに静かだ。
アルベルト様の上半身を泉から引き上げるのが限界だった。
水中から出たと言うのに反応がなく、静かに横たわる彼の胸に恐る恐る耳を当てる。
息をしていない。
「アルベルト様! アルベルト様!」
何度名前を呼んでも、体を揺すっても反応がなかった。
焦っても、泣いても意味がないのは分かっているが涙が溢れて止まらない。
「……アルベルト様」
まただ。
またアルベルト様が傷付いてしまった。
ピピアーノで彼が大怪我を負ったことが頭によぎる。
「そうだ、涙!」
私の涙には傷を癒す効果がある。
さっきから何度も涙を流しアルベルト様は触れているはずなのに、様子は変わらない。
「何か、何か……」
アルベルト様の真っ青な唇を見て、あの本の内容と、彼の言葉を思い出す。
―― この本に書かれている人魚と、君の能力は似ている。 もしかしたら、皆を治すこともできるかもしれない ――
考えるよりも早く体が動いた。
あの人魚の本にはこう書いてあった。
人魚は水の魔法が得意で、あらゆる病気を治すことができる。
その中でも人魚の口付けは特別な力を持つ。
その内容を信じて、私はありったけの思いを込めてアルベルト様にキスをした。
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