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フォルトナの泉

水呼びの乙女3

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 出発時は薄暗かったツリーハウスの一帯には、光が行き届き朝を告げるように色鮮やかな小鳥たちが軽やかに歌う。
 まるで絵本の1ページにあるような光景のはずなのに、何も心に響かない。


 私たちは今、特別大きいツリーハウスにいる。
 大部屋になっており、ただベットが並んでいるだけの無機質な部屋だ。
  ヒューヒューと空気を求める乾いた音がいくつも聞こえる。
 そこには私と一緒に旅をしていた騎士さんやメイドさん、コルテにラルフも皆、青白い顔をして息苦しそうにベットで眠っていた。

 私たちが到着した時には既に、この部屋に全員が集められていた。
 何て準備が良いのだろう。
 狙いが私なら、力を借りたいのなら初めからそう言えば良い。
 いくらだって手伝うのに……。

「マリ……さまっ」

 かすれた声でコルテが私を呼ぶ。

「何?」
 
 すぐにコルテに近付き、彼女の口元に耳を寄せた。

「マリ様……。ごめんなさ…い」

「謝らないでコルテ、私がちゃんと魔法を使えないからいつも誰かを傷つけるの」

「ちがっ……」

 虚ろなコルテの瞳からポロポロと涙がこぼれる。
 コルテは続けて話そうとするが、咳き込んでしまって中々思うように言葉が発することができない。

「大丈夫だよ、コルテ。 ゆっくり休んで」

 彼女は返事をする変わりに、布団の中からゆっくりと何かを取り出し私に差し出す。


「あの時に買ってくれた人魚の本……?」

 部屋に置いておいたはずなのに、何故コルテはわざわざ部屋から持ち出したのだろう。
 私の気が少しでも紛れるようにだろうか。
 自分の方が辛いはずなのに……。

 本からコルテに視線を戻すと、彼女は眠ってしまっていたので起こさないようそっと傍を離れるとにした。
 
「コルテは眠ったか?」

「はい……」

 何とか息は出来ているが、食事は取れず水分摂取すらもままならない人もいる。
 私とアルベルト様は手を貸してくれたエルフの女性達と一緒に、日が傾くまで皆の看病をした。

 私達が出来ることには限りがあり、水を飲む介助や体を拭くこと、少しでも呼吸が楽になるよう体をさすることくらいだった。
 
「お疲れでしょう。後は私共にお任せください」

 年配のエルフの女性が私達に頭を下げる。

「毒を盛った者達を信用しろと?」

 アルベルト様の声は、とても冷たく怒りに満ちている。
 
「申し訳ございません。 まさか、長があんな手を使うとは思いませんでした。 罪滅ぼしにもなりませんが、私たちに何かさせてください!」

 年配の女性の後ろから、コルテと同じ色の髪と瞳の少女が訴える。
 よく見ると、どこか雰囲気もコルテに似ている。

「このままでは、この方たちは1週間ももちません。 どうか、長を止めてください!」

 私があえて考えようとしなかった事を少女は言った。
 考えたくなかった、水分しか取れないコルテ達がこの先どうなるかを。
 
 私の様子に気付いたのか、アルベルト様が肩を抱いてくれた。
 彼女達の誠実な姿勢を信じて、心身共に疲れ切っていた私とアルベルト様は近くのツリーハウスに泊まることになった。

 部屋に着くと疲れがどっと押し寄せベットにダイブすると、心地よい眠気がやってきて私はそのまま眠りについた。





―――――




 誰かが私を呼ぶ声で目が覚めた。
 その声の主はもちろん1人しかいなくて、私はしばらく後悔することとなる。

「そう、落ち込むな」

「すみません……。アルベルト様もお疲れでしたのに、私がベットを使ってしまって」

 コルテ達のいる所から一番近いこのツリーハウスは1人専用で、もちろんベットも1つだけ。
 私は一国の王子を小さなソファーで眠らせてしまった。

「今夜は私がソファーで寝ますから!」

「いや、そのままベットを使ってくれてかまわない」

「そんな……」

「じゃあ、一緒に寝るか?」

 アルベルト様の試すような瞳でこちらを見るので、私は反射的に目を逸らす。

「ありがたく、使わせていただきます」

 そう言った後、アルベルト様の顔を見ると満足そうな顔をしているのが少し悔しかった。
 そもそも同じ部屋で寝泊まりというのもどうなのだろうか。
 けれど今はそんなことを言っている暇も、考えている暇もない。
 
 今は、どうすれば皆を助けられるか。
 それが解決できるまではアルベルト様に感じているモヤモヤも一旦封印だ。

「そういえばマリ、君の本を読ませてもらった」

 アルベルト様は、私がコルテから預かった人魚の本を持っていた。
 

 海の中に住む人魚の女の子が人間の男の子に恋をして、その後結ばれて幸せに生活する話。
 私の知っている話とは違って、その人魚は人間の世界で男の子と一緒にごく平凡な家庭を築いていく。


 人魚の記憶と力を失って……。


「この本に書かれている人魚と、君は似ている。もしかしたら、皆を治すこともできるかもしれない」

「皆を?」

「あぁ、けれど練習する時間もやり方も分からない。 とりあえず雨を降らす方法を考えよう」

「はい……」



 トントン

 こんな早朝からの訪問に、私とアルベルト様は顔を見合わせる。
 何となく予想がつくが、もしかしたらコルテ達が回復した知らせかもしれない。
 淡い期待を抱きつつ扉を開けると、一瞬で期待は崩れ去りそのまま扉を閉めてしまいたい衝動にかられる。

「おやおや。怖い顔をしていますが、よく眠れませんでしたか?」

「要件は何だ?」

「もちろん泉の件です。 今日もマリ様には頑張っていただきます」

 オストロ様が、アルベルト様の後ろに隠れている私に視線を向ける。
 穏やかに話を進めているが、エメラルドの瞳は冷たく私は負けていられないと強気に睨み返した。

「マリ様、元気で何よりです。 ではまた朝食後に伺います」

「あぁ」

「ところで……。 フクロウが迷い込んでは来ませんでしたか?」

「いや、知らないな」

「そうですか。 では失礼致します」

 オストロ様が去ると、アルベルト様も緊張していたのか肩の力が少し抜けたように見えた。
 朝食の前にテーブルの上を片付けて置こうと思っていると部屋の隅に白い物が動くのが見える。
 動きは早かったがテーブルの下に隠れたのは見逃さなかった。



「トルビネさま~」


 声を低めに、テーブルの下を覗くと羽をしゅんと縮ませ大きな瞳を潤わせた白フクロウがいた。

「すまん、本当にすまなかった! ここまでエルフがやるとは思わんかった!」

 白フクロウの姿で土下座をされると、こちらが悪いのではと錯覚しそうになる。
 話を聞くと、トルビネ様はエルフから追われていたようでずっと逃げていたとのことだった。

“あいつらはエアリーナ様を探しておる。居場所を聞かれても、わしも分からんのじゃ”

「エアリーナさんは眠たって前に……」

“姿が保てぬほど弱ってしまったんじゃ……。力を回復するため今はこの森の風に戻っておる”

 トルビネ様はぽつりぽつりと話を始めた。
 風の精霊王は代々フォルトナの森で誕生する。
 その恩恵からこの森には風の魔力が豊富に存在し、その魔力を得意とするエルフがいつしか住み着いたという。


 フォルトナの泉の水は特に風の魔力を多く保有しており、エルフと相性が良かったおかげで彼らは長い間繁栄することができた。

「だから城で、エルフはフォルトナの泉の水しか飲めないと……」

“他の水も飲めるが、あの泉の森でなければここまで栄えることはできん。エルフというのは長命だが体が弱い。 赤子の時は特にな……。”

「そういえば、ここに来てから子どもを見かけません」

“……フォルトナの泉の力が弱まったせいじゃ。 あれはエアリーナ様の力と関係しておってな。 最近では、赤子が産まれてもすぐに死んでしまう”

「そんな……」 

“だからの、エルフも考えておるのじゃ。エルフと人間の子を作ることを……”

「人を見下すエルフが人間と? まさか……」

 何か気付いたようでアルベルト様の瞳が大きく見開かれる。
 
“察しが良いのぉ、王子よ”

「だが、どうして……」

“これだけ噂になればのぅ”

 全く察せぬ私は2人の会話に着いていけずにいるが、話はどんどん進んでいく。
 結局、最後まで分からなかったが質問できる空気でもなかったので後でこっそりアルベルト様に聞くことに決めた。

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