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フォルトナの泉
水呼びの乙女2
しおりを挟む夜明けと共にコルテにバレないようこっそりツリハーウスを出ると、途中アルベルト様に呼び止められ一緒に向かうことになった。
アルベルト様は私の持つ魔力の動きに気付いたと、眉間に皺を寄せて諌めるように言う。
私とフォンテが考えていることを話すと、納得はできない様子だったが一緒に着いてきてくれることになった。
「ごほっ、……ん」
アルベルト様が喉を抑えながら何度目かの咳払いをする。
そんな彼の肩にフォンテがちょこんと座った。
“アル様、 だいじょうぶ?”
「昨夜から喉の調子が悪くて……」
“長旅だったからかな~。 疲れがでちゃったのかもね”
「喉以外は特に変わらないのだが……」
いつの間に仲良くなったのだろう。
2人の会話を聞くのは初めてで、新鮮な気持ちになる。
会話に入ろうか迷っていると、森が開けてきた。
泉に到着すると、薄く霧がかかり水が朝日を反射して幻想的な雰囲気が漂っていた。
ただ、この辺りに生き物の姿を感じないのが異様で、水の中も確認しようと覗き込む。
「よく見えないな」
この泉から風の魔力を感じ水をすくおうと、膝をついて泉に手を伸ばす。
シュバッ!
「っ!!!」
岩に手をかけ泉の水にあと少しで手が触れる瞬間だった、目の前を弓矢が通り過ぎその先の木に深々と刺さる。
咄嗟に弓が飛んできた方向を見ると、長のオストロ様が弓を構え緑の瞳が私を捉えていた。
アルベルト様が素早く剣を抜き、臨戦態勢をとるが彼とオストロ様の間にフォンテが割って入った。
“ちょっと待った~! アルベルト様、彼はマリを止めようとしただけだと思う。この泉、変な感じがする”
「さすが、マリ様に仕える精霊だ。 そう、この泉の水は人間には毒になる」
「まさか、そんなことが……」
「咄嗟にあれしか止める方法が思い付かず、驚かせてしまった。申し訳ない」
オストロ様は私に頭を下げる。
その言葉に私とアルベルト様は泉を覗くが、どう見ても普通の水にしか見えない。
「少量なら問題ないが、一定量以上飲むと息が止まる。気管を狭くするらしいとか……」
「……恐ろしいですね」
それを聞いて私はそっと泉から距離をとる。
アルベルト様は剣を鞘に戻すと私の隣にそっと並ぶ。
「それで、あなた方はこんな早朝からどうしたのでしょうか」
「目が覚めてしまったので、ちょっと散歩に来てみました」
「そうですか、朝食がもうしばらくしたら出来上がります。間に合うようにお戻りください」
「はい、ありがとうございます」
オストロ様は会釈をすると、森の中へ入って行った。
彼の魔力が気配が遠退いたことを確認すると、私は泉に向き直る。
「さぁ、やりますか!」
「近くに人の気配はないようだ。 できるか?」
「全力でやるだけやってみます、目指すは大雨!」
私は目をつむり、魔力に集中する。
ピピアーノで掌から水柱を出した魔法はエアリーナ様と風の精霊たちの力のおかげだった。
何度試しても水柱を出したのはあの1度きり。
水を出せる力と魔力で空気中の水分を集める混合技で雨を降らすことは何とか成功している為今回はそれをするつもりだ。
全力でやったことがないので、もしかしたら大雨が降るかもしれない。
そして、私の考えがあっていれば近くに水があると更に成功率が上がる。
城で雪を降らすことができたのは海が近かったおかげ、ここに来る途中も川や湖が近い村の方が雨が降らしやすかった。
小雨だけど……。
泉の水は使わず、意識を川や少し離れてはいるが海に集中する。
条件は悪くないはずだ、雪でも何でも出てこい!
ポテ ポテ
「いてて……。 これは、雹?」
あめ玉くらいの雹がポツリ、ポツリと降ってくる。
微かに光っているのは魔力が含まれているからかもしれない。
ポテポテポテポテ……
徐々に量が増え、さすがに当たると地味に痛い。
「マリ、ひとまず森に入ろう」
「っ!」
アルベルト様は私の腰を抱くと、素早くマントを外し雹に当たらぬよう頭の上に覆ってくれる。
自分の心臓が大きく跳ねる音が聞こえると、反射的に私は彼の胸板を力強く押し返していた。
嫌な沈黙が流れる。
「私は大丈夫です」
失敗だった。
私はアルベルト様がどんな顔をしているのか見るのが怖くて、背を向けて森へ走った。
彼もすぐ後から来るのが気配で分かる。
“氷かぁ……。微妙だねぇ”
先に森に入っていたフォンテが腕組みをしながら、空を見上げる。
私も確認する頃にはもう止んでしまっていて、地面を見ると氷の粒がコロコロ落ちていた。
魔力を含んでいるのか、この暑さでも溶けないようだ。
「やっぱりエアリーナ様と一緒の時に出した魔法じゃないとだめかもしれない……」
「それは困りますね」
私の呟きにアルベルト様ではない声が返事をする。
すぐ近くの木の影から、先ほど立ち去ったオストロ様の姿があった。
「何で……」
「探っていたようだが魔力を抑えることなど、エルフには容易いこと。 さて、まさかマリ様は水ではなく氷呼びの乙女だったとは驚きました」
オストロ様は背筋が凍りそうなほど冷たい視線で私を睨み付ける。
あの穏やかな彼の面影はどこにもない。
アルベルト様はすぐに反応し、庇うように私の前に立ってくれた。
「ヴェルナードの王子よ、この森には王であってもそう易々と手出しはできない。 大人しくしておいた方が良い、臣下の命が大事なら」
「臣下だと?」
「君たちが食べた食事には、一体どこの水が使われていただろう」
「まさかっ!」
アルベルト様は顔色を変え、私の腕を掴みツリーハウスへと続く道を振り返る。
「まぁ、急いで戻った所で既に朝食は終わっている」
「何が目的だ?」
「もちろん、泉の復活た。私たちには彼女が必要でね」
「そんなことをしておいてか? 即刻帰らせて頂く」
アルベルト様は私の腕を掴んだまま、早足にツリーハウスへ向かう。
思えば、昨日部屋に用意されていた夕食は味付けが変わっていたし、水も王都と比べ甘ったるさがあった。
土地柄とか川の水等ではなく、あれは毒の味だったのだ。
向かう中、オストロ様の言葉が頭の中に浮かんでくる。
一定量とはどのくらいなのか。
気管を狭くするということは、息が出来なくなるのか。
息……?
「アルベルト様止まってください!」
「駄目だ」
「顔が真っ青です! フォンテ止めて!」
“う~んと。 そうだ!”
フォンテが両手を地面に向けると、水で出来た馬が現れて私たちの前に立ちはだかる。
“これに乗って!”
「あぁ、助かる」
水馬が乗りやすいように前足を折り曲げてくれる。
私たちは急いで乗り上がると、アルベルト様が水の手綱を引いた。
アルベルト様は走るよりは呼吸が楽なようで、顔血血色が少しばかり良くなっている。
私たちは祈る気持ちでツリーハウスへ向かった。
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