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フォルトナの泉

水呼びの乙女1

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森の中へ入ってみれば木々の間から日が差し、思っていたよりも明るく時折姿を見せる小動物に癒されながら獣道に近い一本道をただひたすら進んだ。
 そして日が傾き始め皆の士気が下がりつつあった頃、急に目の前が開けると夕日色に煌めく泉があった。
 テニスコートほどの大きさの泉は人為的に形の揃った四角い岩で囲まれており、どこか神聖な雰囲気が伝わってくる。

「綺麗……」

 思わず声に出る。

「……見かけだけですよ」

 私の言葉を聞いてコルテは小さく呟く。
 表情は見えないが、その声はいつもの彼女からは想像できないほど冷たい言い方だったのが気になった。
 すぐ聞き返そうとしたが、丁度森の奥から人がやって来たので私たちの注意はそちらへ向く。

 金色の髪をなびかせながら、やたら美しい集団が近づいてくる。
 耳が特徴的で人よりも長く尖っており、狩猟のような格好が多く、そのほとんどが背に弓を背負っている。

“あれがエルフしゃ。気難しい種族でな、気を付けるのじゃよ”

 トルビネが私の肩に止まりながら教えてくれる。
 映画やアニメで見ていたエルフの特徴と似ているが、こんなに美しさが桁違いで見とれてしまう。

「皆様、遠方よりようこそおいでくださいました」

 エルフ達は私たちの前までくると、片膝を付き頭を下げる。
 その中でも威厳のありそうなエメラルドの瞳を持つ男性が顔を上げると、私に1度鋭い視線を向けてきた。
 他の人は気付かなかったが、先程トルビネに言われたことを早速思い出し気が引き締まった。

 彼はエルフの長をしており、私たちのことはトルビネが伝令で知らせたことで出迎えに来てくれたとのことだ。
 更に滞在場所も用意してくれたそうで、私たちは厚意に預かることとなった。

 


―――――




 着いた先は、おとぎ話に出てきそうなツリーハウスだった。
 大樹のいくつかある太い枝の上に器用に作られた家は、それぞれドアに木彫りの動植物が飾られ誰の家か分かるようにしてあるという。
 獰猛な動物達から身を守るためエルフは木の上で生活をしており、地上に降りるのはほとんどが食料を探しに行く時だけだそうだ。
 
「マリ様と、コルテ様はシマリスのハウスになります」

 長のオストロ様に、私とコルテはドアに可愛らしい木彫りのリスが飾られたツリーハウスに案内された。
 こっちの世界にもシマリスがいることに親近感を覚える。
 騎士と御者さん、メイドさんたち、アルベルト様とラルフの部屋割りになりそれぞれ客人用ツリーハウスに通される。

「食事は中に用意してあります。どうぞ、ごゆっくり」

「あ、ありがとうございます!」

 一族のトップだというのに、親切に自ら案内役までしてくれる笑顔が素敵なオストロ様。
 歳は20代後半だろうか、美しいを通り越して神々しい彼の姿や立ち振舞いに私はさっきから目を奪われていた。

「私の顔に何か?」

 私の視線に気付き、オストロ様が首を傾げる。

「マリ様は長旅で疲れていらっしゃるんですよね? ご案内、ありがとうございます。では」

 コルテはオストロ様に一礼すると、私の肩を抱いて逃げるように部屋の中に入る。

「こらこら、アルベルト様以外にそんな顔しちゃダメですよ!」

 コルテがおでこを突っついてくる。

「エルフ族はその美しさと魔力の強さで人を魅了します。 気を付けないと相手の思うつぼですからね!」

「綺麗だなとは思ってただけだよ。 エルフが何か企んでいるとかそんなことあるの?」

「はぁ~、良いですかマリ様。貴女は何ができますか?」

 この世界で何ができると聞かれれば、そんなの1つしかない。

「水を出せます」

「はい、正解。 では第2問、マリ様は皆から何て言われているでしょうか?」   

 呼ばれている?
 皆って、誰?

「はい、時間切れ~。 正解は“水呼びの乙女”です」

「乙女だなんて、そんな歳じゃないのに恥ずかしい……」

「いやいや、気にするのはそっちじゃありませんから。 良いですか、水呼びの乙女の名はもう国中に広がっています」

 この世界に来てから3ヶ月ほどしか経たないにもかかわらず私の噂は広がっていて、もちろんこのフォルトナの森にも届いているそうだ。
 きっと村に寄る度に、これでもかと言うほど水を出していたせいだろう。

 王都では雪を数回降ら……落とし。
 ピピアーノでも雪を降らしてしまったし?

 水不足で嘆いているヴェルナードで、私の力は喉から手が出るほど欲しいのだとコルテが力説する。

「水を出すことしか出来ないのに、皆をだましているみたいだね」

「そんなそとありません。そろそ自覚してください、マリ様の能力は素晴らしいです。 エルフはその力を欲しています、泉の水を戻せるのは貴女だけなのですから……」   


 そうコルテに言われても、私がそんな立派な力を持っているとは思えなくて納得がいかないまま眠りについた。






―――――


 

 
「自覚かぁ、そう言われてもなぁ……」

 最近は、ラルフよりもコルテに説教をされている気がする。
 彼女が私のことを心配してくれているのは分かるが、気を付けるって何をどうすれば良いのだろう。

 私はツリーハウスの窓縁に腰掛けながら、コルテから言われたことをゆっくり思い出していた。

「水呼びの乙女か……。 大層な呼び名だなぁ」

“そんなことないよ、マリの力はほとんど目覚めてないもの! 女神くらい言われても言いと思うわ”

「フォンテー!」

 フォンテが薄水色の髪の毛を指で絡めながら、少しだけ気まずそうに現れた。
 彼女に八つ当たりのような言い方をして喧嘩別れのようになってしまったので、出てきてくれたのが嬉しくフォンテをそっと抱き締める。

「この前はごめんね」

“もういいよ、マリが鈍感なのがよぉ~く分かったから!”

「なにそれ、失礼じゃない?」

“ふふふっ”

 やっぱりフォンテといると安心するのは、今までずっと一緒にいたからだろうか。
 それにしても、乙女って私のどこを見て言っているのだろう。
 フォンテは私の肩に乗り、一緒に外を眺め始めた。

“この森の精霊は臆病ね、それにだいぶ弱ってる”
 
「視線は感じるんだけど、どうも警戒心が強いみたいだね」

“風と……土の精霊が多いね、水はもう存在が消えかかってる。 精霊に近いエルフたちも辛いと思うよ”

「きっと、人魚だったらこんな問題すぐに解決しちゃうんだろうな」

 私は膝元にある先日買ってもらった本に視線を落とす。
 長旅になるので持ってきてみたが、意外と忙しくて半分も読めていない。
 実話も混じった人魚の話で、女の子の人魚が地上に興味を持ち魔法で陸に上がって生活していく話だった。

“その本って……”

「あ、これね。この前城下町に行ったときに買ってもらったの。 人魚って本当にこの世界にはいるんだね、雨を降らせたり、海を静めたりも出来るんだって」

“そうだよ。怪我や病気も治せるし、歌も上手だし、それにおせっかい”

「ふふ、フォンテは本当に会ったことがあるみたいに言うね」

“あるよ”

 何か言いたげな薄水色の大きな瞳が私を真っ直ぐ見つめてくる。

“私は死にかけて消えかかっている所を人魚に助けてもらったの”

「そうだったんだ……」

“そんな顔しないで、今は元気だしね!さぁ明日は頑張ろうね”

「うん」

 明日、駄目元で雨を降らせてみよう。
 それで駄目なら限界まで水を出そう。
 皆の前で失敗してがっかりさせても悪いので、朝方こっそり行ってみようとフォンテと話し早々に眠ることにした。
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