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人魚の伝説
白の来訪者1
しおりを挟む成人の儀の翌朝、いつものように目覚めると真っ白なフクロウが私のタオルケットの上で眠っていた。
直立で眠るイメージだったが、お疲れなのか横たわりぐっすり眠っていて私が動いても起きる気配はない。
「おはよう~。なんで君はいるの? いや、フクロウは夜行性だからお休みなさい?」
「どうしたんですか?」
私はベットの上で上半身だけ起こし、膝元にいるフクロウに声をかけていると毎朝起こしに来てくれるコルテがひょっこり天蓋から顔を覗かせる。
実はこのベット、夢見る女子が憧れる天蓋付ベットなのだ。
初めは寝るのに抵抗があったが、慣れてしまえば落ち着くし夏の季節は虫が入らないからとても良い。
「起きたら、この子がいたの」
「あら、可愛いですね」
コルテはフクロウをまじまじ見ると、小さめなタオルケットを持ってきてかけてあげた。
そういう所がコルテの良いところだ。
「この子はどうやって来たんだろうね」
王都には森や林はなく、彼らが住める所はないはず。
「不思議ですね~。必ず部屋の鍵は閉めるようにしていますし」
「え!? それは初耳なんだけど」
夜に廊下にわざわざ出ることがなかったからか、今まで気付かなかった。
驚く私をよそに、コルテは平然としている。
「あ、でも最近ですよ? アルベルト様が急に言い出したんですよね。てっきりマリ様も知っていると思いました」
「いやいや! そんなの全然知らなかった。何で急に……」
「ん~~。エミル様がどうとか言いながらマリ様を心配していましたよ。うふふ、愛されていますね」
コルテが両手を胸に当てながら、うっとりした表情を見せる。
エミル様の嫁にする宣言からだろうか、確かにあの人なら寝ている所に勝手に入ってきそうだ。
それか、私が出ていかないようにするためか。
アルベルト様に聞きたい所だが、気まずい関係が続いていて尋ねるのはだいぶ先になりそうだ。
昨日はアルベルト様はもちろん、エミル様、まさかのレオナルド様とダンスを踊ることになった為、まともな会話など出来ず別れてしまった。
最近、距離感の近い出来事が続きアルベルト様のことを考えると顔が熱くなるし、心拍も早くなっている気がする。
今だって少し思い出しただけで頬が熱い。
「あれれ? 顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
コルテは理由が分かった様で冷やかすように言う。
「大丈夫っ!」
思わず声を荒げてると、眠っていたフクロウがむっくりと頭を上げた。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
フクロウはゆったりと首を持ち上げると、美しい琥珀色の瞳が私を捉える。
何か言いたげなその瞳から目を離せずにいると……。
ツン
フクロウは首を傾けながら、自分のクチバシを私の唇に軽く押し当ててきた。
クチバシや体をすり寄らせてきて、なんとも愛らしい。
人懐っこい仕草に癒されていると、フクロウは起き上がりまた自分のクチバシを近づけてくる。
「ちょっと! 大胆なフクロウさんだね」
またフクロウのクチバシに唇が触れたのと、部屋のドアが開いたのは同時だった。
「何度かノックをしたのたが、急用なので勝手に失礼するよ」
そう言いながら、アルベルト様が部屋の中に入ってくるとフクロウの体が急に光を放ち出す。
白く強い光に耐えられず目をつぶると、何かに肩を掴まれ押し倒される。
徐々に光が落ち着くと、今度は唇に柔かな感触。
覚えのある感触に、恐る恐る目を開けてみると琥珀色の瞳と目があった。
そこにはフクロウの姿はなく、琥珀色の瞳を持った少年に私はキスをされていた。
「んんー!?」
すぐに離れようとしたが叶わず、少年に頭を押さえつけられてしまう。
横目でアルベルト様を見ると、助けてくれる素振りはなくただ私たちを傍観していた。
それに無性に腹が立ったことで、魔力が一気に溢れ出るのを感じた。
慌ててすぐに沈めようとしたが、感情の乱れが更に魔力を高めてしまい私は魔法を発動してしまった。
ドサッ
ドサドサドサッ!
「また雪が降ってきたぞー!」
「マリ様ありがとう~!」
「皆、溶ける前に運ぶぞ」
城の外で使用人さんたちが話す声が聞こえてきた。
さすが2回目となると慣れるものなのか、慌てる様子がなかったことにほっとする。
そろそろ感情に任せて魔法を使ってしまうのを、何とかしなければいけない。
少年も私が魔法を使うと同時に離れてくれた。
“もう少し駄目か?”
琥珀色の瞳に涙をためながら訴える姿は、こちらが悪いことをしたかのような罪悪感にかられる。
白髪のボブに、白く透き通った肌、あどけなさが残る少年は14、5歳くらいだろうか。
白い1枚の布が腰に巻き付けてあるだけの格好に、どこを見れば良いのか困ってしまう。
「マリから離れてもらおうか」
アルベルト様が剣を抜き、少年の首もとにあてがった。
“我の縛りを解いたか。ほほ、だいぶ辛そうじゃな”
「お前を切るくらいはできる」
“ヴェルナードの王子は気が短い。話の邪魔じゃ”
少年は気だるそうに片手を上げ、人差し指で空に丸を描くと小さなつむじ風を起す。
風は抵抗するアルベルト様をいとも簡単に浮かび上がらせると、そのまま窓の外へ連れ去ってしまった。
「わ、わたし様子を見てきますっ!」
コルテがアルベルト様を追うため、慌てて部屋から飛び出して行ってしまうと部屋の中が急に静かになる。
少年は短くため息をつくと、少し長めの前髪の隙間から琥珀色の瞳で私を捉えた。
“やっと落ち着いて話せる。さて娘よ、とても美味であったぞ。噂に聞いた通りじゃ、我が人型になれるほどの力とは……”
「あ、あなたは何者なんですか?」
「我が名はトルビネ。風の精霊王エアリーナ様の腹心じゃ。主とフォルトナの森の救済を求めに来た」
トルビネという少年はベットから下りると、跪き片手を胸に当てながら頭を深く下げる。
“その力を貸してほしい”
「頭を上げてください。エアリーナさんに何かあったんですか?」
“主は力を使い果たして深い眠りに入っておる”
「エアリーナさんが何故?」
“詳しい話はこの国の王も交えた方が良いじゃろう。ほれ、そろそろ来るぞ”
トルビネが扉の方に視線を向けると、アルベルト様率いる騎士団が部屋の中に押し入ってきた。
騎士達は少年の姿を確認するとその周りを囲み、剣を向ける。
“早かったの、王子よ”
トルビネに逆らう様子はなく、大人しく騎士団に連れられて行ってしまった。
アルベルト様だけは部屋に残り、静かにバルコニーに降った雪を見ている。
珍しく眉間にシワを寄せて難しい顔をしているが、考えているようにも怒っているようにもとれる。
「マリも来てくれ。 早急に王を含めて今後の話しをすことになった」
「分かりました」
必要なことだけ伝えると、アルベルト様はそれ以上は何も言わずに部屋から出ようとした。
「あの! さっきは来てくれてありがとうございました」
アルベルト様に先ほどのお礼を言うと、彼は歩みを止めたが振り返ることはしない。
「君の物とは違う魔力を感じて来たが、結局何も出来なかった」
「でも……」
「君を守ると言ったのに、すまない」
そう言うと彼は私の返事を待たず、部屋から出ていってしまった。
しばらくアルベルト様の出て行った扉を見ていると、ぴょこっとコルテが顔を出す。
「ちょっと、ちょっとマリ様! アルベルト様落ち込んでいませんでしたか!?」
ここに来る途中にアルベルト様とすれ違った様で、コルテは私と何かあったのではと焦っていた。
私とは全く違う見解のコルテに流石だと思ったが、あそこまで落ち込む理由が分からなかった。
「助けに来てくれたのに、トルビネに呆気なく外に出されちゃったからかな?」
「それだけじゃないと思いますけどね。でも、マリ様と喧嘩したとかじゃなくて良かったです!」
王様がお待ちなのでこれ以上は話す時間がなく、急いで身の回りを整えて謁見の間に向かうことにした。
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