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氷の姫君と砂漠の王子
成人の儀2
しおりを挟む“王子様を放っておいていいの?”
会場から出るとフォンテが空中に姿を現した。
ズンズン歩いていく私に置いていかれまいと、羽をパタパタ動かし付いてくる。
「いーの! 慣れてるんだからちょうど良いでしょ」
“う~ん。 私にはそうは見えないけどなぁ……”
「フォンテはアルベルト様の肩を持つんだね?」
“そういうことじゃないんだけど……。 もう、怒ってるならまたね!”
フォンテはそう言うと、ぷんと顔を背けるとそのまま姿を消してしまった。
そこでやっと私の足が止まり、気が付くといつもの南の庭園に来ていた。
「足、痛い……」
履き慣れていないハイヒールで少し走ったせいか、かかとが痛くなってきた。
確認しようと近くのベンチに座る。
「あーあ、皮が剥けちゃった」
ヒールを脱ぐと、両足とも靴擦れになっている。
素足のまま休憩していると、足音がゆっくり近づいてくるのが聞こえてきた。
「やっと追い付いた! お前、足が早いな」
「エミル様、何で……」
「折角だから未来の妻にダンスを申し込もうとしたら、会場から去る姿が見えてな」
「何ですかそれ」
未来のなんちゃらは聞こえないふりをして、私は適当に返事を返した。
何が面白いのか、エミル様は高笑いをすると私の隣に断りもせずドカッと座る。
「ちょっと、座らないでください。 貴方と2人でいる所を見られたら何て言われるか……」
「アルの婚約者だからか? にしては、今日は会話もなければ目も合わせていなかったが」
ニヤニヤしながら可笑しそうに話すエミル様に反論できず、私は居心地が悪くなり立去ろうとした。
「お、おい、その足でどこに行くんだ!」
焦り気味のエミル様に腕を掴まれ、また座り直されてしまう。
「痛いんだろ? 丁度良いものがある」
エミル様は上着の内ポケットから小瓶とハンカチを取り出した。
それを歯を使い上手く裂いて小さくすると、小瓶に入っている淡緑の液体を数滴染み込ませ靴擦れの傷にあてがってくれた。
「コスタリアは魔法を使えるものが少ない代わりに、薬草学が進歩しているんだ。 この薬は傷によく効く」
言葉通り痛みがスッと引いていくのを感じ、そんな私の様子にエミル様は嬉しそうに笑った。
「すごい、痛くない」
「惚れたか?」
「は!? 何で惚れるんですか」
「はは、遠慮ないなお前は。 その布当てたまま靴を履いてみろ」
エミル様が手際よく傷に薬剤を染み込ませた布を当て、そのままヒールを履かせてくれた。
上手く布が隠れて見た目には分からず、恐る恐る歩いてみたが痛みはなさそうだ。
「すごい! 痛くないです」
「俺の妹も時々やるから、慣れてるんだ。 これでダンスも踊れる」
「ありがとうございます。 ただの俺様王子かと思っていたので意外でした」
「本当に失礼な女だ。 まぁ常に命を狙われていれば、このくらい勝手にできるようになる」
エミル様の表情が急に真面目になる。
庭園の景色を見ているようだが、その目は何か別のものを写しているようだった。
「……命を狙われたりするんですか?」
「家族以外のほぼ全員に。 乳母や、側近、他国からのスパイに他諸々……。 コルタリアは野心家が多くてな、王族殺して乗っとりたい輩が多いわけよ」
「わぁ」
「俺のひーじーちゃん、先代王もそれで王位を掴んだからまぁ仕方ないな」
「……そんな」
「ははは! 今、お前酷い顔してるぞ」
私の反応に、急にエミル様が腹を抱えて笑い出した。
その時前屈みになった彼の胸元に、首から下げている赤黒い石が目に入った。
珍しい色だからか、その石から目が離せずにいるとエミル様が気が付きさっと隠すような仕草をする。
「なんだ? そんな所覗き込んで、欲情でもしたか?」
悪戯っ子のような目で私を見てくるので、思わず私は視線を逸らしてしまった。
「赤くなるなよ、冗談だ。 さぁそろそろ戻るぞ! その足だったら何曲か俺と踊れるな」
「少しなら……。 ん、誰と?」
「俺と。 その傷の礼に良いよな?」
強引にエミル様に手を引かれ、私たちは来た道を戻っていく。
気持ちが落ち着いたら戻るつもりではあったが、彼と行くとなると話は違ってくる。
このままだと益々アルベルト様と関係がこじれてしまうではないか。
「いやいやいや、エミル様とは戻れません!」
「じゃあ、俺の嫁になるか?」
「なりません!」
言い合う内に、見覚えのある金の装飾の眩しい扉が見えてきてしまった。
「じゃあ、俺の国に遊びに来いよ」
「まぁ、それくらいなら」
「よし、約束だ。というわけだから、アル聞いてたか?」
「アルベルト様?」
急に出てきた名前に、周りを見ると息を切らしたアルベルト様が背後から急に現れた。
「聞こえたよ。君は一体どこに行っていたんだい?」
アルベルト様が急ぎ足で私の元までやってくる。
首筋に汗が流れているのが見え、彼の言っていた通りていてくれたのかもしれない。
「エミル、助かった」
「俺は別に……。マリが国に来る約束もできたし、上手い物でも食ってくるわ」
エミル様は手を振りながら会場に向かったが、ピタッと動きが止まり「忘れてた」と言いながら戻ってきた。
そして私の所までくると彼は腰を少し折り、同じ目線になってくる。
金色の瞳と近くで目が合い、恥ずかしくて顔を背けるとエミル様が私の腕を掴み引き寄せてきた。
「今日のお前は格別に綺麗だ」
彼は私の耳元に触れるくらいの距離で、吐息と一緒に甘く囁く。
「エミル、そこまでだ」
アルベルト様が険しい表情で、エミル様から私を引き離すと腕の中に収める。
エミル様は楽しそうにニヤニヤしながら両手を上に上げて降参のポーズを見せると、何も言わず背を向けて颯爽と会場の中に姿を消した。
「あいつは油断も隙もないな」
アルベルト様はため息をつくと、視線を落とし抱き締めている私を見て今度は長いため息をついた。
そして、おでこを私の肩の上に乗せてくる。
どうするのが正解か分からず動けずにいると、私たちを好奇の目で見てくる通行人や、わざわざ立ち止まる人もいることに気付いた。
端の方だが会場の出入り口で、この国の王子が女性を抱き締めるシーンを逆に見ない人はいないだろう。
「あの、アルベルト様。みんな見ています……」
「見せつけてやれば良い」
そう答えるアルベルト様の息が耳にかかってくすぐったくなり、思わず身をよじると彼が熱っぽい瞳で私を見る。
「マリ、君は本当に煽ってくれる」
「だってアルベルト様が……」
それ以上は恥ずかしくなり言葉に出来なかった。
そんな私の様子にアルベルト様は微笑むと、エミル様が触れた方の耳に顔を寄せてくる。
「可愛い」
ちゅ
頭にダイレクトに響いてくるリップ音に、触れた部分に籠る熱。
私が叫ぶよりも早く、近くにいたご令嬢達が絶叫しながらバタバタと倒れ始めた。
その中には先ほどアルベルト様に話しかけていた方もいる。
若い男性人も何人かよろめき、がっくりしていた。
「消毒のつもりだったが、虫除け効果もあったな」
アルベルト様はぼそっと呟き周囲を眺めた後、耳元を押さえながら固まる私を瞳に捉える。
彼はまた優しく微笑むと、私の腰に手を添えてエスコートしようとする。
エミル様とアルベルト様からの甘い連続攻撃のダメージが大きく、思考が停止した私はそのまま身を委ねることになった。
その様子を遠くからルナ様が見て、ほそく微笑んでいるのを私は気付くはずもなかった。
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