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氷の姫君と砂漠の王子

氷の姫君と砂漠の王子1

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 王都へ到着するとピピアーノ高原でのことは既に城に上がっていたようで、晴れやかな顔の王様とお妃様に出迎えられた。
 期待以上だったとお誉めの言葉と、平民が一生暮らせる程の額の褒美をいただいた。
 そして次の派遣先が決まるまでは城で過ごすことになった。


 そして1週間。

 いきなり変わったフォンテと同じ淡い水色の髪色には、やっと慣れてきた。
 寝起きに忘れて鏡を見た時に何度か叫んでしまったけど……。

 簡単な座学や魔法訓練はあるものの、大体は午前中で終わるので午後は自由にさせてもらっている。
 とは言っても、現在進行系で水不足のヴェルナード国。
 しかも今は真夏。
 城の井戸に1日に1度は水を入れ、花壇や田畑に水まきをしていると半日があっと言う間に終わってしまう。

 相変わらず雨の降る様子のない気持ちの良い快晴。
 洗濯物がカラッとよく乾きそうだ。
 ピピアーノ高原で感覚を掴みはしたが、小雨程度しか降らせることができず夏のカンカン照りの前では意味がなかった。





「……どうしよう」

 雨を降らすためのヒントになるものはないかと城の図書館に来てみたは良いが、予想外の広さだった。
 天井まで伸びる本棚から目的の本をどう探せば良いのか分からず私は途方に暮れている。
 司書さんは忙しそうに本の整理をしていて、何だか聞きづらい。

「どうした?」

 久しぶりに聞くよく知る声に心臓がドキリと跳ねる。

「アルベルト様、こんにちは」

 難しそうなタイトルの本を数冊持ったアルベルト様が、反対側の本棚から姿を現した。
 
「あぁ、珍しいなこんな所で」

「ちょっと勉強しようと思ったのですが、どこからどう探していいのか分からなくて……」

「どんな本が読みたい?」

「もしかして、選んでくれるんですか?」

「私で良ければ」

「ありがとうございます!」
 
 私のお願いした内容の本を的確に選び、通りかかったメイドさんに私の部屋まで本を運ぶよう頼んでくれた。
 忙しい合間に手伝ってくれた上に気が利く、さすが王子様。

 アルベルト様は少し時間があるからと、以前誘ってくれた南の庭園にエスコートしてくれた。
 先日とは雰囲気が変わり、原色の多い夏の花が庭園を賑やかにする。
 魔法で水やりをするが、あっという間に地面に吸い込まれてカラカラの土が見えた。
 こんなに早く土が乾くのを見ると、ちゃんと雨を降らせず申し訳なく思ってしまう。

「ところで、ルナの成人の義に着ていくドレスは決まったか?」

 気を逸らそうと話題を振ってくれたアルベルト様だったが、その話が初耳の私は更に落ち込んだ。

 確か、アルベルト様の妹のルナ・リグノーア様。
 お人形のようなクリッとしたアイスブルーの瞳にフワフワの美しい金髪の美少女で、通っている学園では常に学年トップ成績を誇っていると聞いている。

 アルベルト様が言うには、18歳の誕生日に日本で言うところの成人式をするのだそう。
 成人の義は別名デビュタントと言って、貴族であるとその歳の女性が一同に会して行われるが一国の姫となると規模が違うらしい。
 各国からの来賓も徐々に城に到着しており、最近やたら色んな服装の人を見かけるのはそのせいだと納得した。

「王族って大変ですね」

「ルナからしたら、その方が良いかもしれないな」

「? ……そうなんですね」

 含みを持つアルベルト様の言い方が引っ掛かったが、会ったことのない姫様の話を聞くのは失礼だと思い頷くだけにした。
 それにしても、ダンスの練習やマナー講習が多かった理由が知れて良かった。

「またラルフにしてやられる所でした」

「ふふ、マリはラルフと仲が良いようだ」

 怒る私を見てどう解釈したのか、アルベルト様は穏やかな微笑みを見せる。
 いつものキラキラとした王子様の笑顔ではなく、優しく自然に笑う姿に私の心臓が早くなった。
 
「何か変だったか?」

「いえ、初めて笑っている所を見たので素敵だなと……」

 思っていたことをそのまま言ってしまい、後悔の嵐が襲ってくる。
 頬が火照っていくのを感じ、反射的に両手で顔を覆った。
 私の照れる様子が面白いのか、アルベルト様はクスクスと笑いながら私に距離を詰めてくるのが指の隙間から見えた。
 
「顔を見せて?」

 耳元で囁かれる少し掠れた低い声。
 アルベルト様は顔を隠す私の手を退けようと、そっと手を重ねてきた。 
 からかわれていると分かっていても、男の人に免疫のない私には耐えきれない。

「む、無理です!」

 思い切り断った後、私は逃げることに決めた。
 後ろから名前を呼ばれたが、恥ずかしすぎて振り返ることもできない。

 アルベルト様、やはり恐るべし。




 軽装なドレスのおかげで勢いよく庭園を抜けることができると徐々に緑が増え、更に奥に進むとぽつんと池のある開けた場所が見えてきた。
 池を覗いてみると透明度が高く、色鮮やかな海の魚が泳いでいる。
 確か西の城壁の反対側は海だったはすだ。
 海が静かなので気付かなかったが、波が打ち寄せる音が微かに聞こえる。
 一先ず落ち着こうと、近くにあった木の下に腰を降ろすことにした。

「あー、もう。アルベルト様からかいすぎ」

 私にはだいぶハードルの高いイベントだった。
 まだ心臓がバクバク言っている。

「慣れてるのかなー」

「まぁ、顔が良いからな」

「え?」

「どうも」

 上から降ってきた1人言の返事は、太い枝に寝そべる男性のものだった。
 私に見つかると、彼は軽やかな身のこなしで目の前に着地する。
 男は褐色の肌に金色の瞳を持ち、髪はもみ上げが少し長めのショートの黒髪でその中に1房だけ真っ赤に染まる髪が主張している。

「アルはレオと違って掴み所がないから難しいかもな」

 腕組をして首を傾げると、大降りの耳飾りがジャランと音を立てた。
 胸元が開いた襟のないシャツに、派手なサルエルパンツという見慣れない格好をした男は、お兄さんのレオナルド様も知っている様子だ。
 おどけた態度だったが、私を見るとすぐに目の色が変わり笑顔が消える。
 私を知っている?
 目の前の人物が誰か頭をフル回転させると、1人心当たりのある名前が出てきた。

「コルタリア王国の、アズィーム様でしょうか?」

「おぉ! さすがアルの嫁候補だな、俺のことはエミルでいいぞ」
 
「エミル様、お褒めいただきありがとうございます。私のことをご存じなのですね」

 アルベルト様の面子も保てたようでほっとしていると、エミル様が私にズイッと近づいてくる。
 見上げる形になってしまい、良くないと分かっていても金色の瞳に囚われてしまったように目を反らせない。

 彼はエミル・アルカマル・アズィーム様。
 コルタリア国は、ヴェルナードの国の南に位置する砂漠に覆われた国だと聞いている。
 魔力を持つ者が少ない代わりに薬学が大きく発展しているはずなのだが、エミル様からは確かに魔力を感じた。

「なぁ、お前は水を出せると聞くが精霊なのか?」

「いえ普通の人間ですが……」

 お前呼ばわりされることに腹が立ち、少しに態度に出てしまう。

「はは、面白い。おまえ俺の12番目の嫁になれ」

「は!? 絶対嫌です」

「即答か、益々欲しくなったな」

 エミル様の失礼な物言いに思わず素で答えてしまい焦ったが、彼は面白そうにしていた。
 今だってアルベルト様に振り回されているのに、こんな南国の我が儘そうな王子が夫だなんて考えただけでも恐ろしい。


「あぁ、良いことを思い付いた」

「ひゃっ!」

 エミル様は悪戯っ子のような笑みを見せると急に私を抱き上げ、そのまま城の中へ向かい始めた。
 すれ違う騎士や、メイドさんたちが驚いた顔をするが誰も止めようとはしない。
 いや、出来ないのだ。
 相手は隣国の王子、気を悪くさせてしまえば戦争もあり得る。
 なのに私はついやってしまった。
 アルベルト様に心の中で謝っていると、着いた場所はまさに本人の部屋だった。

「おーい、アル。開けていいか?」

「エミルか? あぁ……どうぞ」

「え、このまま入るの!? ちょっと」

 私の抗議虚しく、エミル様に抱てしまうことになる。
 この城の中で水色の髪を持つのは私だけなのだから。
えられたまま部屋に入ると中には仕事をしていたのだろうか、机に向かい座るアルベルト様とその脇に控えるラルフがいた。

 終わった……。
 
 
 顔を両手で隠してもすぐにバレてしまうことになる。

 この城の中で水色の髪を持つのは私だけなのだから。  



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