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氷の姫君と砂漠の王子
氷の姫君と砂漠の王子1
しおりを挟む王都へ到着すると晴れやかな表情をした王様とお妃様に出迎えられた。
既に知らせを受けていた王様からは期待以上だったとお誉めの言葉と、平民が一生暮らせる程の褒美をいただいた。
というか、押し付けられた。
言葉にはないが、王様の顔には「次も期待している」とがっつり書いてあったのでアルベルト様と私が少々引いてしまったのは内緒。
そして1週間。
いきなり変わってしまった淡い水色の髪色にやっと慣れてきた。
髪色の変化を忘れぼーっと鏡を見た時に思わず叫んでしまい、メイドさんたちを慌てさせたり、時には騎士団が駆けつけてきた時もあるけれど回数は減ってきたから許して欲しい。
城での生活も日が経つにつれて馴染んできた。
簡単な座学や魔法訓練はあるものの、大体は午前中で終わるので午後は自由にさせてもらっている。
とは言っても、現在進行系で水不足のヴェルナード国。
しかも今は真夏。
ピッカピカのテッカテカの太陽が眩しいくらいにビンビン光を注いでくれている。
絶対に水を枯らしてはいけない時期だ。
アルベルト様に提案して城や町の井戸に水を入れることにしてからは、部屋に戻る頃にはすっかり日が暮れている。
じっとしているのは苦手だから、これくらいが丁度良いのだが毎日こうも日差しが強いとさすがに眩暈がする。
ピピアーノ高原で魔法の感覚を何となく掴んだが今の私には小雨程度しか降らせることができず、夏のカンカン照りの前では意味がない。
「悩んだって仕方ない、実行あるのみ!」
パチパチと両手で自分の頬を軽く叩き気を取り直してある所へ向かうことにした。
知識を補うとするならば調べるのが1番だ。
「ど、……どうしよう」
雨を降らすためのヒントになるものはないかと城の図書館に来てみたは良いが、想像以上の広さだった。
天井まで伸びる本棚から目的の本をどう探せば良いのか分からず私は途方に暮れている。
年配の司書さんが難しそうな顔をしながら忙しそうに本の整理をしていて、何だか聞きづらい。
「どうした?」
久しぶりに聞く声に心臓がドキリと跳ねた。
「アルベルト様、こんにちは~」
難しそうなタイトルの本を数冊持ったアルベルト様が、反対側の本棚から姿を現す。
少しよそよそしい言い方になってしまったが気にしていなさそうで良かった。
「あぁ、珍しいなこんな所で」
「ちょっと勉強しようと思ったのですが、どこからどう探していいのか……」
「どんな本が読みたい?」
「ざっくりとですが、水魔法の本はありますか?空には期待できそうにないので、私の力がもっと強くしてお役にたてればと思ったのですが……」
あれ、アルベルト様からの返事がない。
もしかして私なんかが大層な考え持っちゃって生意気だなんて思われてしまっただろうか。
魔法大国の大魔法使いさん達にもどうにもならないことを、ひょっと現れた私が何とかできるなんておこがましいとは自覚しているが。
「ご、ごめんなさい、私なんかが調べたって分かるわけないですよね。出しゃばっちゃってすみません」
急に恥ずかしさが込み上げて、早口になってしまう。
「い、いや違うんだ。嬉しくて、君がこの国のために何かしようとしてくれることが」
その言葉を聞いて顔を上げれば、アルベルト様が柔らかい笑みを向けてくれている。
「ありがとうマリ」
アルベルト様は私のお願いした内容の本を的確に選び、通りかかったメイドさんに私の部屋まで本を運ぶよう頼んでくれた。
忙しい合間に手伝ってくれた上に気が利く、さすが王子様。
アルベルト様はもう少し時間があるからと、以前誘ってくれた南の庭園にエスコートしてくれた。
先日とは雰囲気が変わり、原色の多い夏の花が庭園を賑やかにする。
魔法で水やりをするが、あっという間に地面に吸い込まれてカラカラの土が見えた。
こんなに早く土が乾くのを見ると、ちゃんと雨を降らせず申し訳なく思ってしまう。
「ところで、ルナの成人の義に着ていくドレスは決まったか?」
気を逸らそうと話題を振ってくれたアルベルト様だったが、そんな話は初耳だった。
ルナ様というのはアルベルト様の妹のルナ・リグノーア様。
お人形のようなクリッとしたアイスブルーの瞳にフワフワの美しい金髪の美少女で、通っている学園では常に学年トップ成績を誇っていると聞いている。
アルベルト様が言うことをまとめると、18歳の誕生日に日本で言うところの成人式をするのだそう。
成人の義は別名デビュタントと言って、貴族であるとその歳の女性が一同に会して行われるが一国の姫となると規模が違うらしい。
各国からの来賓も徐々に城に到着しており、最近やたら変わった服装の人を見かけるのはそのせいだと納得した。
「王族って大変ですね」
「ルナからしたら、その方が良いかもしれないな」
「? ……そうなんですね」
含みを持つアルベルト様の言い方が引っ掛かったが、会ったことのない姫様の話を聞くのは失礼だと思い頷くだけにした。
それにしても、ダンスの練習やマナー講習が多かった理由が知れて良かった。
「またラルフにしてやられる所でした」
「ふふ、マリはラルフと仲が良いようだ」
怒る私を見てどう解釈したのか、アルベルト様は穏やかな微笑みを見せる。
いつものキラキラとした王子様の笑顔ではなく、自然に笑う姿に私の心臓が早くなった。
「何か変だったか?」
「いえ、初めて笑っている所を見たので素敵だなと……」
思っていたことをそのまま言ってしまい、後悔の嵐が襲ってくる。
頬が火照っていくのを感じ、反射的に両手で顔を覆った。
私の照れる様子が面白いのか、アルベルト様はクスクスと笑いながら私に距離を詰めてくるのが指の隙間から見えた。
「顔を見せて?」
耳元で囁かれる少し掠れた低い声。
アルベルト様は顔を隠す私の手を退けようと、そっと手を重ねてきた。
からかわれていると分かっていても、男の人に免疫のない私には耐えきれない。
「む、無理です!」
思い切り断った後、私は逃げることに決めた。
後ろから名前を呼ばれたが、恥ずかしすぎて振り返ることもできない。
アルベルト様、やはり恐るべし。
軽装なドレスのおかげで勢いよく庭園を駆け抜けることができたおかげでアルベルト様が追ってくる様子はない。
庭園とは違った背の高い木々が徐々増え始め、更に奥に進むとぽつんと池のある開けた場所が見えてきた。
池を覗いてみると透明度が高く、色鮮やかな海の魚が泳いでいる。
確か西の城壁の反対側は海だったはすだ。
海が静かなので気付かなかったが、耳をすませば波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
一先ず落ち着こうと、近くにあった木の下に腰を降ろすことにした。
「あー、もう。アルベルト様からかいすぎ」
私にはだいぶハードルの高いイベントだった。
まだ心臓がバクバク言っている。
「女性の扱い慣れているんだろうな~」
「まぁ、顔が良いからな」
「え?」
「どうも」
上から降ってきた1人言の返事は、太い枝に寝そべる男性のものだった。
私に見つかると、彼は軽やかな身のこなしで目の前に着地する。
男は褐色の肌に金色の瞳を持ち、髪はもみ上げが少し長めのショートの黒髪でその中に1房だけ真っ赤に染まる髪が主張している。
「それに、アルはレオと違って掴み所がないから難しいかもな」
彼が腕組をして首を傾げると、大降りの耳飾りがジャランと音を立てた。
胸元が開いた襟のないシャツに派手なサルエルパンツという見慣れない格好をした男は、お兄さんのレオナルド様も知っている様子だ。
おどけた態度だったが、私を見るとすぐに目の色が変わり笑顔が消える。
私を知っている?
目の前の人物が誰か頭をフル回転させると、1人心当たりのある名前が出てきた。
「コルタリア王国の、アズィーム様でしょうか?」
「おぉ!さすがアルの嫁候補だな、俺のことはエミルでいいぞ」
「エミル様、お褒めいただきありがとうございます。私のことをご存じなのですね」
アルの教えのおかげというのが少し悔しいがアルベルト様の面子も保てたようでほっとする。
エミル様は何か面白いものを見つけた少年の様に目をキラキラさせながらズイッと近づいてきた。
見上げる形になってしまい、良くないと分かっていても金色の瞳に囚われてしまったように目を反らせない。
彼はエミル・アルカマル・アズィーム様。
コルタリア国は、ヴェルナードの国の南に位置する砂漠に覆われた国だと聞いている。
魔力を持つ者が少ない代わりに薬学が大きく発展しているはずなのだが、エミル様からは確かに魔力を感じた。
「なぁ、お前は水を出せると聞くが精霊なのか?」
「いえ普通の人間ですが……」
お前呼ばわりされることに腹が立ち、少しに態度に出てしまう。
「はは、面白い。おまえ俺の12番目の嫁になれ」
「は!? 絶対嫌です」
「即答か、益々欲しくなったな」
エミル様の失礼な物言いに思わず素で答えてしまい焦ったが、彼は気にしていない様子だ。
今だってアルベルト様に振り回されているのに、こんな南国の我が儘そうな王子が夫だなんて考えただけでも恐ろしい。
「あぁ、良いことを思い付いた」
「ひゃっ!」
エミル様は悪戯っ子のような笑みを見せると急に私を抱き上げ、そのまま城の中へ向かい始めた。
すれ違う騎士や、メイドさんたちが驚いた顔をするが誰も止めようとはしない。
いや、出来ないのだ。
相手は隣国の王子、気を悪くさせてしまえば戦争もあり得る。
なのに私はついやってしまった。
アルベルト様に心の中で平謝りしていると、着いた場所はまさに本人の部屋だった。
「おーい、アル。開けていいか?」
「この声はエミルか? あぁ……どうぞ」
「え、このまま入るの!? ちょっと」
私の抗議虚しくエミル様は扉の前に立っていた騎士が動く前に、自ら扉を豪快に開け広げた。
抱えられたまま部屋に入ると仕事をしていたのだろうか、机に向かい座るアルベルト様とその脇に控えるラルフがいた。
終わった……。
顔を両手で隠してもすぐにバレてしまうことになる。
この城の中で水色の髪を持つのは私だけなのだから。
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