わたし、人魚かもしれません~普通のOLが異世界に行ったら王子の婚約者になりました

水夏 すい

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ピピアーノ高原

ピピアーノ高原2

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 目を覚ますと月明かりが差し込んでいた窓から、朝日が暖かく私たちを照らしていた。 
 壁に寄りかかっていたアルベルト様はいつの間にか横になりまだ眠っている。 
 寝相が悪いのかと微笑ましく思っていたが、どうやら様子が違うようだった。

「アルベルト様?」

 アルベルト様の顔を覗き込むと呼吸が浅く、顔色が青白い。 

「ごめ……ん」

 私の声に目を覚ましたが、腹部を押さえながら苦しそうにしている。
 緊急事態を言い訳に、私はアルベルト様を仰向けにするとベストとシャツのボタンを外し腹部を確認した。

「何でこんなになるまで黙っていたんですか!」

 思わず声を荒げてしまった。
 アルベルト様の右の脇腹が赤黒く変色しており、痛々しく腫れ上がっている。
 急いで水を染み込ませた布を幹部に当てるとと、彼がひゅっと息を飲んだ。

「痛いですよね……。どうしよう」

 きっと竜巻で私を庇った時のゲガだ。
 昨日私がメソメソ泣いていたせいでアルベルト様が言い出せず、こんなことになってしまった。
 情けない自分に腹が立ち、勝手に涙があふれてアルベルト様の艶やかな黒髪に落ちていく。
 
「こんな時に水を出すことしかできないなんて」

 いくら魔力があっても意味がない。
 それのせいで、アルベルト様を巻き込んで大怪我を負わせてしまった。

「人を呼んできます。待っていてください!」

 私は倉庫から飛び出すと、初めに降り立った広場まで走った。
 広場は朝だと言うのに鳥のさえずりさえなく、私の足音だけがやけに大きく響く。
 ふと民家に続く道を見つけ、一番手前の家に入るとやっと人を見つけることができた。

「……眠っているの?」

 倉庫同様に、ドアの鍵は開いておりノックをしてから中に入るとベットの上に人がいた。
 近寄って見てみると、私と同い年くらいの女の子が眠っている。
 違和感を感じ女の子を揺すって起こそうとしたが、彼女の肌は冷たく生きているのか疑ったがよく見るととても浅く息をしている。

 他の部屋にも彼女の家族が眠っているが、同様に違和感のある眠り方をしていた。
 この家だけでなく、隣や向かいの家の住人も同じだった。

「この村おかしい」

 もしかしたらピピアーノ高原全体で同じことが起こっているのかもしれない。
 高原に来てから生き物の姿が確認できないのは、皆眠ってしまっているのだろうか。
 広場まで戻りベンチに座り目を閉じてアルベルト様の気配を探るが中々見つからない。
 
 一度倉庫に戻ろうか。
 いや、戻ったところで私にできることはない。

 解決案もなく、時間だけが過ぎていく。
 下を向くと溜まっていた涙がポツリと膝に落ちた。


「誰か、助けて……」


“““いーよー!”””

 声と同時にポ、ポ、ポと精霊が現れて、私の涙をペロリと舐めるとクスクスと面白そうに笑う。
 咄嗟に私はベンチから飛び退き、思い切り地面に尻を打った。

“なみだ、おいしいねー”

“なにする、なにする?”

 声の主達はプカプカ浮きながら、そんな私を見て笑う。

「風の精霊さん?」

“そうそう!”

 見覚えのある昨夜の精霊が一人、私の前にスイッと飛んできた。
 黄緑の長い髪をハーフアップに束ね、白色のシンプルなワンピースを着ている。
 フォンテの2倍ほどある細長く大きい羽は、飛ぶことに長けてそうな形だ。
 精霊はにっこり笑いながら私の言葉を待っている。
 
「ねぇ、お願い。この村もアルベルト様も助けてほしいの」

“いいよ、でもだめ”

「どっちなの?」

“あめ!”

「……っ雨か!雨をどうしたらいい?」

“あめ、ちょうだい。いーっぱい!”

 その精霊は両手を大きく伸ばして表現する。
 精霊たちも同じことを口々に呟き始めた。

「水は出せるけど、これじゃだめ?」

 両手から水を出すと「おぉー!」と精霊達から拍手喝采を受けて少し気持ちが良い。
 けれども精霊の要求とは違ったらしい。

“でも、だめ”

 枝を二本浮かせるとバツ印を作り、私の目の前に持ってくる。

「ごめんなさい、私にはこれしか出来ない」

“じゃあ、ねる?”

 精霊が眠るジェスチャーを見せる。
 その姿に私は先程の村人たちを思い出した。

「もしかして、貴方たちが村の人たちを眠らせたの」

“そうよー”

「……何故?」

“つらい、くるしいって言うの”

 普通の精霊は人の常識なんて知らない。
 面白いから、楽しいから、そんな理由で私たちに力を貸してくれる気まぐれな存在だと教わったことをふと思い出した。

「村の人たちが辛そうだから眠らせたの?」

“うん、くるしくないように。ピピアーノみーんな、ねた”

 詫び入れる様子もなく、精霊はあっけらかんと答えた。
 苦しむよりは、夢に落としてしまった方が幸せかと思っているのか。
 確かに眠っている人々の表情はとても穏やかだった。 
 けれど、この状態のまま何も摂取できないでいるといずれ死んでしまう。

 精霊たちにとっても、もしかしたら難しい選択だったのではないだろうか。
 
「ねぇ、本当は起きてほしいんだよね?」

 私の言葉に、精霊は口々にしていた話をやめて静かになった。
 フォンテもそうだったが羽は感情を表す様で、彼等の羽はどれもシュンっと垂れ下がっている。
 精霊が知能が低いだなんて、話が通じないなんて嘘。
 しっかり気持ちがあるじゃない。
 帰ったら絶対にラルフに言おうと決めた。
 もし皆が私やアルベルト様のように精霊が見えたり話せたりしたら、人と精霊は良い関係が築けていたはずだ。

「精霊さんたちはピピアーノの人が好きなんだね」

“すきすき!”
“みーんな、だいじ”
“ずっといっしょ”

 空中を嬉しそうに飛び回りながら答える精霊たちの思いが伝わってきて、つられて私の気持ちも一緒に高ぶってくる。 

「あれ?光ってる?」

 気付けば表立って私と話をしていた精霊の体がふんわりと光っていた。
 他の精霊も何人か同じように光り始めると、彼等の魔力や気配が強まっていく。

“すごい、すごい!”

 精霊たちも自分たちの変化に気づいている様で、光を纏いながら空中を飛び回っている。
 
「マリ!」

「え?」

 背後から声がして振り向けば、アルベルト様が腹部を庇うように手を当て体を引きずりながらゆっくりこちらに向かってきている。
 私は彼に駆け寄り、体重を預るように支えると体の熱が伝わってきた。

「アルベルト様、熱がっ!どうしてこんな体で来たんですか!」

「精霊たちが騒がしくなったから心配で……」

 また私のために無理をするアルベルト様に怒りが沸き始める。
 そっと彼をベンチに座らせると目の前に仁王立ちになった。
 
「寝ていてください。もう絶対動かないでください!」

 どうしてこんなに怒りが押さえきれないのだろう。

「また泣かせたな。これでもさっきよりは少し楽なんだ」

 アルベルト様はまた溢れだした私の涙を指ですくうと、ペロッと舐め「美味しい」と冗談を言う。

「こんな時に冗談言わないでください」

「本当に甘いんだ。私も驚いているよ、それに……」

 アルベルト様はスクッと立ち上がると、服を捲り怪我をしていた部分を見せる。
 痛々しくあった幹部は、嘘のように目に見える早さで元の肌色に戻りつつあった。
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