上 下
11 / 54
ピピアーノ高原

ピピアーノ高原1

しおりを挟む

“ここは風の精霊が多いね”

 食事後、私専用のテントを張ってもらい寝る支度をしていた所でフォンテがぽっと姿を現すと深刻そうに言う。

“マリのことに気づいている”

「風の精霊が私を気にしているの?」

“うん、マリの魔力に惹かれているみたい”

「私の魔力が多いから?」

“それもあるけど、格別美味しいからかな”

 精霊にはそれぞれ好みの魔力があるらしく、それが人々の得意な魔法に繋がるのかもしれない。
 フォンテが私の魔力がどれほど素晴らしいか熱く語っているが、水を出すことしかできない魔力の何が良いのか全く共感できなかった。
 それよりも先ほどから風が強くなったようで、テントが飛ばされないかの方が気になる。

「このテント大丈夫かな?」

“う~ん、ダメだと思う”

 フォンテが腕組をして考える仕草をする。
 実は、私もそんな予感がしていた。
 日を追うごとに自分の魔力が増え、人や精霊の気配を感じられるようになってきている。
 だからテントの外に急に現れた気配に気付いてしまった。

「逃げられる?」

“だぶん、無理かな”

「他の人たちへの危害は?」

“マリ次第かと”

「はぁ、怖いなぁ……」

 ここで一発逆転、出来る女認定してもらうべく私は覚悟を決めて吹き荒れるテントの外へ出ることにした。
 不思議なことに、ラルフが作った保護膜の中だけ風が吹いている。
 風で飛んできた枝や石をフォンテが弾いてくれているおかげで、私はこの強風を呼んでいる原因の前まで行くことができた。

“きたきた!”
“まってた”
“いこういこう”

 風を起こしていたのは、私の人差し指くらいの小さな精霊達だった。
 どの子も黄緑や緑といった色の髪をしており、体は二頭身くらいで見た目も話し方もフォンテより幼い。
 だいぶ数が多く、ざっと100はいると思う。

“だいぶ精霊が集まったね。そうじゃないとこんな大きな現象は起こせないよ”

 フォンテがやれやれと言った様子で私に追い付いてきた。

“この世界の自然現象は、全て精霊によるものなの。同じ目的の精霊が多いほど大きな力が生まれる”

「この子たちの目的って」

“もちろん、さっきも言った通りマリよ”

「私?」

“““そうー!”””

 私の言葉に声を揃えて嬉しそうに答える精霊達。


「それは出来ない相談だね」

 いつの間にか、アルベルト様がラルフを連れて私のすぐ後ろまで来ていた。
 精霊の加護の影響なのか、彼は色とりどりのオーラに包まれていて風で飛ばされてきた物がオーラによって弾かれる。
 ラルフも魔法を使いアルベルト様と自分を守っていた。

「やはり精霊の仕業だったか。 さて……」

「アルベルト様、何度も言いますが下級精霊に話は通じませんよ!」

「でも、ラルフ。この子たち何か目的があるみたいで……」

「目的? 貴方の魔力にあてられでもしたんですかね!全く迷惑な……」

 ラルフが悪態をつくと狙ったかのように彼に向かって強風が吹き込み、呆気なく飛ばされていってしまった。
 ざまぁみろ、と思ったのは内緒。

「ラルフは何とかするだろう、マリは私の傍に」

 アルベルト様と手が届く距離になると、焦る気持ちが徐々に落ち着いてきた。
 目の前に広がる緑の大群が口々に私の名前を呼んでは盛り上がりを見せている。
 私をどこかに案内したいようだ。

“いくよいくよ!”

 考える暇もなく、更に強まる風に私たちは包まれすっと体が浮き上がる。
 アルベルト様が私の手を掴み引き寄せると、苦しいくらいに抱き締めてくれた。
 彼のオーラが私を包み始め、おかげで一緒に巻き上げられた物にぶつからずに済む。

“私は行けないのー! アル様、マリをよろしくねー!!”

 姿は見ないが、遠くでフォンテの声が聞こえた。
 アルベルト様にしがみつくのに必死で返事ができない。
 今は目も開けられないほどの強風に耐え続けることしか出来なかった。




―――――




 風の中に閉じ込められている間に移動していたらしく、地上に降りた時には先程とは違う場所にいた。
 いくつかある風車や、フォンテの気配がそう遠くないことから野営地から見えた村なのではないかと推測する。
 雲一つない夜空のおかげで、月明かりを頼りに周囲の状況を確認できた。
 精霊の姿や竜巻はなく、私とアルベルト様だけが夜の静かな石畳の広場にぽつんと立っている。

「マリ、怪我はないか?」

「私はおかげさまで大丈夫です。アルベルト様は?」

「問題ない。どうやら精霊たちは、力を使い過ぎて1度姿を消したようだね」

「あんな竜巻初めてみました」

 もちろん巻き込まれたのも初めてで、必死にアルベルト様にしがみついていたので手や足に上手く力が入らない。
 アルベルト様も精霊の加護でも守るには限界があるようで、大きな怪我はなさそうだが顔や服に細かな傷が見える。

「どこかで休もう。私たちも体力を回復しないといけない」

「あそこの倉庫はどうですか?」

「行ってみようか」

 私たちはすぐ近くにある倉庫に足を運んだ。
 鍵は開いており中に入るとそこはラッテや加工したプロマを貯蓄する所だったようで、丁度良い場所と厚手の布を見つけて腰を落ち着かせることにした。

 お互い疲れから会話はなく倉庫内の窓から差し込む月明かりを見ながら、私はぼんやりと今までのことを考える。



「泣いているのかい?」

「え?」

 アルベルト様に言われるまで、自分が泣いていることに気づかなかった。
 慌てて頬を触ると、涙がポロポロ落ちているのが分かった。

「怖かった?」 

「いえ、これは……」

 どう説明して良いか口ごもってしまう。
 こちらに来てから目の前の忙しさに追われ、ゆっくりと状況を振り替えることがなかった。
 家族や友だち、投げ出してきてしまった仕事のこと。
 そして、ずっと怖くて聞けずにいる私は元の世界に帰れるのかということ。
 考えている内に感情が高ぶってしまったのだろうか。

「ちょっと、疲れちゃいました」

 心が弱っている時に話す勇気はなく、はぐらかすことにしてアルベルト様から顔を背けた。

「それは……うん、今はもう何も考えず眠ろうか」

 彼は何か言いかけたが、微笑むと前に向き直り瞼を閉じる。


「おやすみ」

 会話が終わると、静かな夜が過ぎていく。
 私も目をつぶることにして、隣で寝息をたて始めたアルベルト様につられて眠りの世界へ落ちていった。

しおりを挟む

処理中です...