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ヴェルナード王国

アルベルト・リグノーア

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 昨日は召喚の義が夜通しあったため、早々にベットに横になるといつの間にか眠ってしまっていた。

 魔力がなく精霊の与える力も気まぐれで使えない俺は見学だったが、あれは精神的にも堪える。


 急に目が覚めたのは異質な魔力を感じたからだ。
 王子という立場上、命を狙われることも珍しくはないが少女は珍しい。
 初め彼女もその類かと判断し捕えようとしたが、この国の状況下で驚くべき水魔法を使用した。
 

「殺さないで」

 涙が滲む瞳で訴えた後、少女は意識を手放す。
 崩れ落ちる体に手を伸ばし抱きかかえ、とりあえず自分のベットに寝かせることにした。
 
 彼女の魔力が混濁している。
 魔力の安定していない状態での水魔法の使用は命取りだ。
 それにこの見慣れぬ恰好にあの様子、俺を狙ったわけではないとすると……
 

“うふふ”


 確信に迫ろうという時に、先ほどの精霊が目の前に現れた。
 嬉しそうに光を生み出しながら、俺の周囲を舞い始める。

「君は彼女の精霊なのか?」

“そうだよ。マリとずっと一緒だったの”

「この娘の名か」

“マリ・コツカ。本当の名はマリーナ・ティレニーと言うの。人魚の子よ”

「まさか!」

“人魚の血はほとんど目覚めていないけどね”

 俺の驚く様子に、精霊が面白そうに口元を手で隠しながらクスクス笑っている。
 精霊が動く度に、キラキラと光が生まれては消えていった。
 『人魚』という言葉を耳にしなくなったのはいつからだろう。


「昨夜の召喚が失敗したのか?」


“……召喚は成功した”


 先ほどまで話していた可愛らしい少女の声ではなく、その精霊からは想像のできない重々しい声で答えが返ってきた。
 精霊の大振りな瞳がスッと細められ、魔力が格段に上がっていくのを感じる。
 
「何者だ? 成功したとは……」

“あの召喚術はヴェルナードを救う者を呼び寄せる”

「まさか貴方は……」

“ほぅ、我が何者か分かったようだな若き王子よ”

 精霊が面白そうにクククと喉を鳴らして笑う。
 
「貴方は今どこにいるのですか?」

“その人魚がいずれ我の元へ辿り着く”

 その言葉を最後に、精霊はゆっくりと姿を消してしまった。
 

 マリという名の少女と精霊が信頼するに値するか様子を見ることにし、どう自分の手元に置くか考えを巡らせている内に彼女を父上の元に連れていくことに決まってしまった。

 温厚な父上だ、マリの命と引き換えに召喚の義をするはずはないと思っていたが俺の考えが甘かった。

「精霊王でないのなら、呼び出す贄になってもらいましょう」

 ラルフがあの場面で進言したことにも驚いたが、父上が承諾しすぐさま実行に移すとは予想外だった。
 驚いたのは俺だけではない、王の後ろに控えている兄上も動揺を隠せていなかった。
 
「ニエって、もしかして私死ぬの?ウソでしょ」

 マリが顔面蒼白になりながら、俺の腕の中で震えている。
 彼女を励ますが俺の声は届いていないようで、これから起こることに怯えている。
 すぐさま祭壇が目の前に運ばれ、後に引けない状況になる。
 マリを救うためには、彼女を婚約者にし自分の物にする他になかった。 


 婚約の義が終わると即座に王に呼ばれた為マリから離れなければならず、心配はあったがラルフに彼女を任せ会場を後にした。



―――――



「あの娘が心配か?」

 代々王が使う部屋に通され、ソファーに座り一息ついたかと思えば父上がからかうような様子でこちらを見る。

「ラルフに任せていれば安心なので」

「あやつは真っ先に生け贄を進言したぞ?」

「この国の最善を考えたまででしょう」

 ラルフは俺の護衛騎士で腕が立つだけでなく、博識で信頼のおける唯一の側近である。

「だがお前はあの娘を手中に納めた。さて、話してもらおうか? 人払いは済んでおる」

 先ほどのからかいはなくなり、自分よりも少し淡いスカイブルーの瞳が真っ直ぐに向けられる。
 俺は今分かっている情報を父上に告げ、これからの方向性を決めていく。
 途中から兄上も話に加わり、計画が大きくなっていった。

 マリに会いに行く暇もなく、結局会えたのは3日後の朝だった。
 
 久々に会った彼女の立ち振舞いや、習得された知識からラルフが想像以上の働きをしてくれたことが伺える。

 父上からの提案も受け入れた彼女の優しさや覚悟が伝わり、少し胸が苦しくなった。
 もしかしたら彼女は生け贄になり命を捧げた方が、幸せだったかもしれない。
 そう頭の隅で思いながら、俺は彼女にもう一度告げる。


「マリ、私の婚約者になってほしい。君を守りたい」

 俺の言葉に赤面する彼女を可愛らしく思いながら、そっと手の甲に口付ける。


 甘く、優しく彼女に触れる。

 君を逃がさないように。
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