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ヴェルナード王国
いつもの終わり
しおりを挟む「マリー、ご飯できたわよー!」
「はーい!」
いつものように母さんに呼ばれ階段を降りると、淹れたてのコーヒーの匂いが広がっていた。
ダイニングテーブルの窓際の席に座り、出来立ての母特製玉子サンドを頬張る。
マヨネーズの酸味が半熟の卵の甘さを引き立たせていて相性抜群の味だ。
サンドウィッチはもちろん、挽きたてのホットコーヒーも文句なしで美味しい。
さすが夫婦でカフェを経営しているだけある。
自家栽培の野菜を使った料理が美味しいと評判で、子どもから老人までファンが多い。
私も休みの日にはカフェの厨房や畑仕事を手伝っているので、料理や作物を育てることに自信があったりする。
「うふふ、コーヒーが上手く淹れられたわ」
そう言って、ダイニングテーブルの向かいに座る母は満足そうに微笑んでいる。
もう50歳になるのだが、この人は私が知る限り一向に老けない。
シワやシミはなくお肌はプルプル。
お客さんによく美魔女と言われて喜んでいる。
「今日も良い天気ね~。 お洗濯がはかどりそう」
「そうだね~」
窓から見える真っ青な空を眺めながら、差し込む朝日が強くなってきたことを感じる。
「そういえば、父さん朝から頑張っているわよ」
「だいぶ早くからお店の方に行ったよね?」
「大事な弟のためだもの。 だいぶ力が入っているわ」
先日父さんの弟、私の伯父さんの結婚が決まった。
今日はそのお相手の方がカフェに来るとのことで、父さんは前々から準備をしていたのを知っている。
あんなに喜ぶ父さんを見るのは久しぶりだ。
「イタコさん、とっても素敵な方なのよ~」
「へぇ」
今時にしては古風な名前だなと思いながら、適当な返事をして残りのサンドウィッチをたいらげた。
私と伯父さんは時々店に来た時に会うくらいで、顔見知り程度だが両親とはとても仲が良い。
3人で仲良く話す輪に子どもの私が入ってはいけないような気がして、私はどこか一歩引いていた。
色々考えていたらもう出勤時間が迫っている。
今日は少し早めに出社して、昨日の残りを済ませてしまいたい。
「ごちそうさま。そろそろ行かなくちゃ」
「あらあら、もう出勤?早いわね」
「やっておきたい仕事があるの」
「社会人らしくなったわね」
「怒られてばかりだけどね~」
そう言って立ち上がり、隣の椅子に置いたトートバックを肩にかけた時だった。
足が床に張り付いたように、ピタッと動かなくなった。
無理に動かそうと力を入れるがびくともしない。
母さんが「なにふざけているの」とクスクス笑っていたが、白い煙のようなものが私の足元から現れ始めるとその表情は一変する。
「これは大変だわ!」
母さんは慌てて椅子から立ち上がると、2階に駆け上がって行った。
もの凄い音を立てているのが天井から聞こえてくる。
恐る恐る下を向けば、相変わらず白煙は出続けていて少し量が増えたように見えた。
火事にしては全く熱さを感じない、気のせいだろうかむしろひんやりとするくらい。
「あったわ!」
そう言いながら母さんはドタドタと音を立てながら階段を下りてきた。
何故か家族でピクニックに行く時によく使っていたカゴバックを持って。
「えぇ、なんでカゴバック!?」
思わず突っ込んでしまう。
「中には必要なものが入っているわ。 明日植える予定だった苗もある」
「えぇ? いや母さん、どういうこと!?」
「いいから聞いて。 さっき作っておいたクッキーも入れたわ、必ず食べるのよ!」
「は、はぃ……」
おかしなことを鬼気迫る顔で言う母さんに圧倒され、とりあえずカゴバックを受け取ることにする。
それは思ったより重く、慌てて持ち直した。
下半身は霧に隠れて全く見えなくなってしまった。
「母さんは何か知ってるの?」
「時間がなくて話せないけれど、貴方ならきっと大丈夫よ」
そう言って母は自分の首にあった一粒石のパールのネックレスを外して、私の首にゆっくりとかけた。
その瞬間から首元がじわじわと温かくなってくる。
「これは?」
「貴方の物だったんだけどね、私が預かっていたの。 絶対に外しちゃダメよ」
そう言うと母さんは私の頭上に視線をうつした。
「ここら辺にいるかしら。 みんな、マリを助けてあげてね」
誰か上にいる?
見上げてみると濃い霧と光のせいでよく見えないが、蝶のようなものがひらひら舞っていた。
だがそれもすぐに霧で遮られ、目の前は真っ白になってしまう。
「母さん!」
一気に恐怖が襲い、目の前の母に手を伸ばすが空を掴むばかり。
「そうそう。 もう一つ大事なことがあったわ!」
思ったよりも遠くで母の声が聞こえる。
「あなたの本当の名は、マリーナ……」
母さんの言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。
急に足元がなくなり、私の体は重力に誘われるがまま落ちたからだ。
滑瓜(こつか)マリ。
社会人1年目の23歳、独身彼氏ナシ。
仕事に行くはずが、穴に落ちました。
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