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序章

いつかの記憶

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   太陽が輝き、雲一つない空の下。
 幼い子どもが手を繋ぎ、光の交差する煌めく海中を泳いでいる。
 色とりどりの魚や珊瑚が作り出す幻想的な世界。

「きょうは、あっちいこうよ」

 そう言って腰まで伸びたパステルブルーの髪を持つ女の子が、繋いでいる手を自分に引き寄せる。
 彼女が動く度に、髪が生き物のようにゆらゆらと揺れている。
 3歳くらいだろうか、話し方があどけない。

「いいよ!」

「ステキなものがあるの」

「たのしみだな」

「うふふ」
 
 優しい瞳で答えているのは男の子だろうか、少女より少し背丈がある。
 細くしなやかな金の髪が日に照らされて艶やかに水の中をたゆたう。
 そして2人は手を繋いだまま更に海の底へ向かった。

「てをはなしちゃダメよ」

「いきができなくなるから?」

「うん、くるしくなるの」

 女の子はそう言いながらギュッと繋いだ手に力を入れる。
 しばらくすると、珊瑚礁や岩の隙間に淡く光る何かがあるのが見えてくる。
 
「これは?」

 不思議に思った男の子が尋ねる。

「にんぎょのなみだよ」

「なみだ?」

 女の子は嬉しそうにそれを拾い上げると、男の子の手に渡した。
 それは真っ白なパールで、いつの間にか光はなくなっている。

「なみだは、おまもりよ」

「おまもり?」

「わるいのから、まもってくれる」

「ぼくを?」

 女の子は頷き、にっこりと微笑む。
 そして、急に男の子に近付くと唇にキスをした。

「なっ!!」

 予想外のことに驚いて、男の子は繋いでいた手をつい離してしまう。

「あれ?」

 男の子は不思議そうに喉に手をやり、優しく微笑んでいる相手を見つめる。
 
「これも、おまもり」

 女の子は人差し指を口元に当てて、少しハニカミながら言った。

「すこし、くるしくないの」


 そして世界が一気に強い光で包まれる。



 ―――― 



「また、あの夢か」

 横になったまま額に手を当てて、夢の内容を思い出す。
 夢なのか、それともいつかの記憶なのか。
 今日も答えは出なかった。

  
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