366日の奇跡

夏目とろ

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[第5章]ラブレター

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 学園の花壇の多くは英国式の庭師の手によるもので、イングリッシュガーデンと呼ばれる庭の一部なんだけど。それとは別に美化委員が美化活動の一貫として、幾つかの花壇を管理している。
 それらの花壇は庭師がプロデュースしたものに比べれば見劣りするが、それなりに高級な苗木が植えられていた。その中でこの花壇だけは、世間一般的な草花が配置良く植えられている。

 赤いチューリップを中心に植えられた花壇は、幼稚舎に通っていた頃を思い出させた。チューリップやパンジーが咲き乱れるこの花壇は、見ているだけでどこかホッとさせるのだ。

「あの……、ホントに?」
「ん?」
「あの花壇が好きだって」
「ああ、好きだ」
「――っっ」

 俺のその一言で、何故か岡崎君の顔は真っ赤になる。

「あの。その花壇、僕の花壇なんです」
「え?」
「実は僕、美化委員で。この花壇を一つ任されて、春の花の苗を植えたんです」

 まだ一ヶ月に満たないために種や球根からは育てられなかったが、土を耕して肥料を蒔いてと一から土を作り上げたらしかった。現在いまは夏に向けて、向日葵やヘチマを植える計画だと照れ笑う。

「そうか。君が」
「はい」

 毎朝決まった時間に水をやらなきゃいけないし、これだけ綺麗に保つにはそれなりの労力が必要だろう。周りの華やかな花壇と比べれば見劣りしてしまうかも知れないが、俺にはこの花壇の方が目の保養になる。

「ありがとう。こんな可愛い花壇を造ってくれて」
「そんな! とんでもないです! 僕、土いじりが好きで園芸部に入りたかったんですけど、うちの学校の園芸部は、イングリッシュガーデンの基礎を学ぶ本格的なものだから気後れしちゃって……」

 確かに外部生からしたら、うちの部活はどれも敷居が高いものなのかも知れない。基本的に活動の全ては学校側から出るそれなりの額の部費で賄えるが、一部の道具やユニフォーム、靴なんかの備品は個人で揃えなきゃならない。
 庭仕事とは言えイングリッシュガーデンともなると、それなりの個人負担もあるのだろう。その点、委員会の活動は完全に学校側が負担するから安心だ。

「実は俺もさ。高等部に上がったら料理や手芸に関する部活に入ろうと思ってた。勿論、そんな部はうちにはなかったけどな」
「えっ。羽柴様、料理や手芸をされるんですか?」
「ああ。皆には内緒な? 実は俺、料理や手芸が趣味なんだ」
「それじゃ、もしかしてこれも……」
「そ。俺の手作り」

 岡崎君の鞄についたテディベアのキーホルダーは、試験勉強の息抜きに作ったものだった。そう言えば肇先輩から次期会長に任命されて、戸惑っていたのもその頃だ。

「すごいです。こんなに可愛いの作れるなんて……」
「あはは、俺には似合わないだろ? 実は俺、テディベア好きでさ」
「そんなことないです! えと、確かに意外だったけど」

 あ、そういや初めて人に話したかも。テディベア作りが趣味なこと。けど、不思議と不安は全く感じなかった。まあ、テディベア作りが趣味なことをばらされたとしても別にどうってこたないが。お礼にと言って、岡崎君も岡崎君のお気に入りの場所を教えてくれた。

「わ、こんなとこあったんだ」
「ニャー」

 裏庭の片隅の一画はちょっとした森のようなものになっていて、垣根の植え込みから一匹の三毛猫が出て来て俺の足に擦り寄って来る。

「カニ蒲、おいで」
「ニャー」
「カニカマ?」
「あ、はい。この子、カニ蒲鉾が好きで。添加物が猫によくないかも知れないから、あまりあげられないけど」

 そう言えば、柄もなんとなくカニ蒲鉾に見えた。赤みが強い茶系の毛並みは三色で、その配分もカニ蒲鉾みたいだ。お互いに好きな場所を教え合った帰り道。岡崎君を寮の前まで送った別れ際、

「あの、羽柴様。今日はありがとうございました。また手紙を書いていいですか?」
「もちろん」

 そんな岡崎君から貰った二通目の手紙は、正真正銘のラブレターだった。
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