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- 陰の王国と廻りだす歯車 -
『兄上の提案』
しおりを挟むくっくっと笑いながら、『ああ、すまない』と僕に詫びる兄上は今のどこに笑う要素があったのか、おかしそうに僕に目を向けた。
「…それにしても、今までを振り返って半信半疑だったが、本当にあの女が産んだ子供なのかと思うくらいお前は純粋なのだな」
クツリと喉で笑う兄上の言葉に僕はバクに言われた言葉を思い出しました。
” ――… 鈍チンにも程があるよ。純粋培養?ここまで、超ド級の天然記念物は見たことがないよ ”
……つい、さっきバクにも似たようなことを言われた気がします。皆して何なんでしょうか??
バクに言われた言葉と兄上に呟かれた言葉が妙に被って首を傾げる。そんな僕に兄上はクシャリ、と頭を撫でてから口を開いた。
「――‥ さて、お前の婚約者の件だが」
婚約者… その単語に不快感と恐怖感が同時に込み上がる。けれど、そんな僕を見据えて、兄上は予想もしなかった言葉を口にする。
「破棄しようかと思うがどうだ?」
その含んだ笑みに、一瞬ドキリとした。
…それはあまりに突然で。
た、確かに兄上は端正な顔立ちだけども、兄に対しこの感情はどうかしてる、と思い直す。けれど、改めて兄上の容姿と自分を見比べて… それはまさに天と地の差。腹違いと言えどこうも違うのかと、自分の平凡な容姿に落胆する…。けれどそれと同時に、兄に先ほど一瞬でもドキッとしたのはきっと兄に対する憧れから来たんじゃないかと自分を無理やり納得させた。
「い… いいんですか?破棄しても」
兄上の口から出た言葉に衝撃を受けつつ、しかしながら女性恐怖症の僕にとって、それはありがたい提案でした。
「フッ、構わんさ。お前の婚約を決めたのは母上だ。それに私は関わっていないが、女性恐怖症のお前にこの婚約は少し厳しいものがあるだろう?それに、あれが決めたことを覆すんだ。私は、さぞ、愉快だ」
もしかして、僕に気遣って…?と一瞬、思ったけれど… どうやら母上に対し愉快だと口角を吊り上げるのは兄上の本心のようです。
「それに、公爵令嬢がお前と将来結婚を挙げたとしても、女性恐怖症のお前には何も出来ないだろう?二人に幸せも何もない。それに、相手も不憫だ。そのことも踏まえ母上に申し上げれば、この婚約も白紙に戻すのは簡単だろう。…それに、今の王は私だ。最終的に決定を下すのは私だから、何ら問題はない」
そう言って、クツリと喉で笑う兄上が…
このとき、もの凄く頼もしく思えました。
そして、
兄上は僕の頭をクシャリ、と撫でる。
「按ずるな。お前はまだ幼い。…婚約者の件はそう急がずとも、この先ゆっくり考えていったらいい」
端正な顔立ちで微笑む兄上は… 優しい兄そのもので。だから、今後、断罪フラグを回避する為にこの人を避けたいという気持ちと、兄上として慕いたいという気持ちが混ざり合って… どうしようもない複雑な気持ちを抱えたまま、『どうした?』と僕の頭を撫でて声を掛けてきた兄上に、
「……いえ、なんでもありません」
曖昧に微笑む。
「本当によろしいんですか?僕のために…」
「あぁ構わん。可愛い弟の為だ。
それに… 私も少なからずアレに対しての私情も入っているから別にお前の為だけではない。
……だから、按ずるな」
フッと微笑む兄上は一瞬、その端正な顔立ちを歪ませて、『…まったく、お前のその謙虚な姿勢。母上にその爪垢を呑ませたいくらいだ』と愚痴る、母上をアレ呼ばわりする兄上に僕は苦笑するしか… ありませんでした。
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