喪女の恋した優しいクズ〜 職場が女ばかりで恋愛経験のない社会人女性が、一生に一度の溺れる恋をする話〜

肝心な時にないアレ

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2.生まれて初めてのキス

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多波さんに連れられ、着いたのは古びた2階建てのアパートだった。塗装の剥げた茶色のトタンで屋根で、2階へ続く階段は、あちこち錆びて赤茶色になっている。今にも崩れ落ちそうな外観だ。

「2階だから」

多波さんはそう言うと、錆びた階段をカンカン鳴らして上がっていった。

・・・帰った方がいい・・・帰ろう・・・帰ろう・・・

頭の中で、呪文のように唱えた。けれど、私の足は彼を追いかけていた。

ガチャリ

多波さんが玄関ドアを開けると、ドアの向こうに小さな部屋が見えた。綺麗に片付いている。私の部屋より綺麗だ。余分なものがない、と言った方が正しいだろうか。

玄関のすぐ横に、古くて小さなキッキン、その先に小さな和室が一つ。和室には、こじんまりとした座卓と本棚、窓際にシングルベッドがあって、鴨居にはスーツが掛けてある。多波さんがこの部屋にいると、部屋も家具も全て子供用に見えて、可笑しかった。

玄関を閉めるなり、彼はスルリとジャケットを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外し始めた。筋肉質な腹筋が、シャツの下からチラリと覗く。私は思わず背を向けた。玄関ドアを一心に見つめる。ドアを見ているはずなのに、綺麗に割れた腹筋の残像が、チラチラ視界に割り込んでくる。

「外仕事なんだ。寒くなっても、毎日汗をかく。」

ドギマギしている私をよそに、多波さんは悠々と着替えを進めていく。

スルリ、シュルル、衣擦れの音。ガチャガチャ、シュー、ベルトの音。音を聞いているだけなのに、どんどん顔が火照っていく。

ふと、見つめている玄関ドアに、大きな影が落ちた。振り向くと、新しい水色のワイシャツを着た、多波さんが立っていた。

「さて、お礼の話だが、なにがいい?飯でも奢ろうか?」

俯いて黙っていると、フッという笑い声が頭上をかすめた。

「飯じゃなくてもいい。なんでも。」

・・・なんでも?

聞いた瞬間、突飛な考えが浮かんだ。考えは瞬く間に、喉まで転がり落ちる。慌てて、押し戻そうとしたけれど、声になってこぼれて落ちた。

「多波さんの体・・・触らせて下さい。」

・・・なにを言っているんだ・・・私は。・・・・死にたい

多波さんは一瞬、目を見張ったけれど、ゆっくりと瞼を閉じ、返事の代わりに着替えたてのシャツを脱ぎ始めた。シャツの小さなボタンを、大きな手で、一つ一つ、丁寧に外していく。

ストン

シャツが床に落ち、多波さんの上半身が露わになった。美術の教科書にあった男性の石像を彷彿とさせる体だ。呼吸に合わせて、厚い胸板と綺麗に割れた腹筋が、ゆっくりと上下している。

カッチリしたスーツの下に、こんなゴテゴテしたモノが隠れていたなんて、チグハグで少し可笑しかった。

「触らせて下さい」と自分で言ったのに、いざ目の前にしてみると、気恥ずかしくて、どうしていいのか分からない。

多波さんは、そっと私の手を取って、たくましい肉体へ導いた。腹筋に指が触れる。指先が筋肉の溝に沈む。汗でしっとりとした溝を、ゆっくり、ゆっくり、なぞっていく。硬く、艶やかな質感に息を飲んだ。

私の手は、腹筋から胸に上がり、首筋をなぞり、頬へと導かれる。

ふと、顔を上げると、多波さんと目が合った。相変わらず眉間にシワを寄せていたけれど、穏やかな眼差しだった。大きな瞳に映った私が、だんだん大きくなっていく。彼の顔が目前に迫り、鼻と鼻が触れ合う。

フワリ

唇に温かな弾力が落ちてきた。柔らかく啄むように、彼は口を吸っていた。甘くて優しい味がした。

キスって・・・こんなに気持ちいいんだ

生まれて初めてのキスだった。少し口が触れただけなのに、甘い感覚に全身がクラクラ揺れる。唇の離れる気配がして、私はそっと瞼を開いた。目の前の光景に思わず息を飲む。

多波さんは、微笑んでいた。さっきまでムッツリへの字口だったのに、まるで、別人のような穏やかな笑みを浮かべている。

「た・・・なみ、さ・・・」

言葉を紡ごうとしたけれど、彼は許さなかった。口と口が重なる。粘液があふれる。唇の弾力、潤い、吐息、その全てを味わい尽くすように、彼は貪った。

くちゅ、くちゅ、くちゅ・・・

「はふっ・・・」

ぬるぬると舌先が絡み合い、ゾクゾクとした感覚が背筋を駆ける。未知の快感に翻弄され、私の足はガクリと崩れ落ちた。

ドサッ!

床に膝をついたと思ったのに、どっしりとした温かいモノに包まれていた。多波さんは両腕で、私を抱きかかえていた。

「大丈夫か?」

「だ!!だだだだだ!大丈夫れす!初めてで驚いただけで!!」

顔が熱い。今、絶対、真っ赤だ。

「初めて?」

ハッ!?

・・・しまった・・・余計な事を言っちゃった。大人なのに、キスした事ないなんて、引くよね普通・・・絶対引かれた

「アハ、アハハ・・・はぁ・・・」

・・・もう・・・泣きたい。

泣くな、耐えろ、泣くな、耐えろ・・・

心の中で、必死に唱えた。なのに、目じりには容赦なく熱いものが込み上げてくる。すると、多波さんの大きな手が、私の髪を、わしゃわしゃとかき乱した。

「わぁ!」

ビックリして顔を上げると、彼は、しょげたような表情をしていた。まるで、いたずらをして叱られた、大型犬みたいな表情。

「悪かった」

「え・・・」

「驚かせた」

「あ・・・いや、その・・・」

予想外の反応に、こっちが驚く。

多波さんは、ゆっくりと私を床に下ろした。私の手を分厚い胸板の上に置くと、その手で硬い胸を撫で始めた。

さすさすさす・・・

「したいんだろ?」

「え・・・?」

「触る、、したいんだろ?」

「・・・あ」

さっきまでの緊張がしぼんで、みるみる後悔に変わっていく。

「あー・・・あの・・・別に・・・嫌なわけじゃ・・・」

「なにが?」

「・・・えと、キ・・・キス?」

「キス?」

「・・・え、そ・・・それは」

いやらしい妄想が、脳裏をかすめる。多波さんは、ニヤリと悪そうな笑みを浮かべた。

「言わないと分からん」

「そ!?それは・・・む、ぐぅうう・・・」 

こ、コイツ、絶対遊んでる!!・・・でも、私には、もうこんな機会、一生ないかもしれないし・・・。でも、自分で言うのって、どうなの!?・・・けど、さっき、触りたいって言っちゃったし、ここまできたら、なにを言っても変わらないような・・・でも、やっぱり・・・恥ずかしい・・・でも、けど、でも・・・

散々悩んだ挙句、意を決して、ブルブル震える口から言葉を振り絞った。

「してみたい・・・です・・・エ・・・エッチ、・・・わわっ!」

エッチと言った瞬間、体がフワリと宙に浮く。多波さんは、たくましい腕で私を抱きかかえると、ベッドの上にゆっくり下ろした。

「優しくする」

大きな手が、緊張をほぐすように、私の頬を包んでいく。見上げると、彼はまた目を細め、ふんわりと微笑んでいた。真っ直ぐな、愛情を感じる眼差しだった。

・・・今日会ったばかりなのに・・・なんで

目に痛いくらいの光景で、恐ろしいほどの安らぎを覚えた。この時、既に囚われていたのだと思う、彼の持つ甘美な魔力に・・・。

「優しくする」

この言葉の通り、多波さんは、頭のてっぺんから、つま先まで、繊細な美術品を扱うように、私を大切にしてくれた。私はそれを全身で受け止め、打ち震えていた。

この日、
私は生まれて初めて、男を知った。
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