喪女の恋した優しいクズ〜 職場が女ばかりで恋愛経験のない社会人女性が、一生に一度の溺れる恋をする話〜

肝心な時にないアレ

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6.三つのルール

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マンションの一室に、サラは私を連れて行った。

玄関ドアを開けると、オフィスのような空間が広がっていた。入口のすぐ横に受付カウンター、その奥に事務用机が4台、壁際にファイルや筆記具の入った高いキャビネットがある。カウンターの前に数名の女がいて、その一人がサラに話しかけた。

「サラ、お帰り。どうだった?」

「ナノハ、協力してくれてありがとう。おかげで、会えたわ」

「いいのよ。・・・へぇ、多波が連れてきた女って、コレ?地味ねぇ。多波って、こういうのがタイプなの?意外だわ」

ナノハと呼ばれた女は、舐めるように私を見た。ぞわぞわとした視線が、体を這いまわる。

気持ち悪い・・・

「あんまり、いじめないであげて。この人は被害者なんだから。」

サラはナノハをたしなめると、後方にある部屋へ私を案内した。

応接間のようだった。部屋の中央に、黒革のソファーとガラスのテーブルが置いてあり、壁一面にびっしりと本が敷き詰められている。

アディクション、自我理想、汎性欲説・・・本の背表紙には、見慣れない単語が並んでいる。

サラはソファーに腰をかけた後、対面に座るよう私に促した。私は座ると、すぐに口火を切った。

「ルールって何ですか?」

多波さんには聞けなかったのに、サラにはすぐ聞けた。サラはテーブルに頬杖をつきながら、淡々と答えた。

「私が紹介する女性としか、多波は付き合わない。それが、ルールよ」

「・・・え?」

意味が、分からない。

「つまり、自分で声をかけない約束なの」

「なんで、サラさんが、そんな事を決めるんですか?」

「多波も、一緒に決めたのよ」

・・・多波さんが?・・・なんで?

困惑している私をよそに、サラは続けた。

「マグロっているでしょ?魚の」

「お寿司のネタの?」

「そうそう。多波はね、マグロなのよ」

「・・・は?」

「マグロは常に泳いでいないと、生きていけないでしょう?多波はね、まぁ、言い方は悪いんだけど、常にシてないと生きていけないのよ。たくさんの女性と肉体関係を持っていないと、満足できないの。だから、彼の周りには、彼女たちがいるのよ。」

浮気ドラマでよくある言い訳に、聞こえた。

・・・そんなこと・・・ありえるの?

シないと・・・生きていけない。

考えたくないけど、それなら、多波さんと女たちの関係は、筋が通る。

・・・・通るけど、

何かが・・・おかしい。

考え込んでいる私をよそに、サラは話を進めた。

「でも、それじゃ、女性が可哀想でしょう?アナタだって、多波が私と会っていたら、イラついた。だから、ルールを決めたのよ」

サラは、ニッとして、ルールを話した。

「多波と付き合いたい女性は、私を通す事。多波と付き合う場合は多波以外に、もう一人パートナーを作る事。私が紹介した女性以外と、多波は付き合わない事。この三つがルールよ」

・・・何を・・・言っているんだ・・・この人

視界が揺れる。体がサラの言葉を拒絶していた。

「ここはね、多波フレンドシップ会っていうの。メンバーは、FS会って呼んでるわ。私は、ここのリーダー。FS会は、このルールに基づいて、多波を提供しているの。多波は、ほら、優しいし、上手でしょ?ずっと一緒にいるのは無理だけど、辛い時は一緒にいたい男なのよ。心が弱った女性に多波を提供するのが、仕事なの。仕事といっても、会員から金銭は貰っていないわ。多波は欲望を満たせるし、女性は癒される。サービスの交換で、成り立っているの。・・・と言っても、先立つものは必要だから、多波から必要経費は徴収しているけれど」

――金が無いから、自炊でいいか?

アパートで聞いた多波さんの言葉が、脳裏をよぎる。

私は、サラを睨みつけた。

「こんなの、人道に反しています」

「あら、そう思っていない人の方が多いのよ?」

そう言うと、サラはバッグからスマホを取り出した。

「これが加入者のリスト」

彼女は、私の目の前にスマホを突き付けた。画面には、ズラリと女性の名前が並んでいる。

「ウッ・・・」

喉から何か込み上げてきて、思わず手で口を覆った。そんな私を見て、サラは目を細めてクスクスと笑った。

「人道に反するって言うけれど、それは、多波も一緒でしょ?あの男はねぇ、会っている時は優しくするクセに、何人も女をつくって、平気な顔をしているのよ。どれだけの女性が辛い思いをしたと、思っているの?死のうとした子もいた。あんなのは、人じゃないわ。人の皮を被った悪魔よ」

・・・悪魔。

私の知っている多波さんから、一番遠い言葉だ。

サラのする事も理解できないけれど、多波さんがそれ了承したのは、もっと理解できない。

「このルールを適用してから、トラブルはなくなったの。本当に平和になったわ。なのに、ここにきて、あなたよ。ハァ・・・、今までこんな事なかったのに、多波ときたら・・・。でも、事情を知らないアナタは、被害者ね。ごめんなさいね。」

謝罪の言葉を口にしているけれど、サラは全く悪びれていない。笑みをこぼしながら、彼女は私に詰め寄った。

「それで、これからどうするの?」

「何を・・・ですか?」

「だから、多波とすっぱり縁を切るか、他の男を作って関係を続けるかよ。どうするの?」

どっちも、最低、最悪だ。

「まぁ・・・、すぐに決められる話じゃないわよね。決まったら、いつでも連絡してちょうだい」

うつむいている私に、サラは名刺を差し出した。受け取らないで黙っていると、彼女は呆れたようにため息をついて、名刺を私の膝の上に置いた。

・・・もう、何がどうなっているのか、分からない。

分かりたくもない。

お腹からドロドロした何かが、こみあげてくる。耐えきれなくなって、膝の上でこぶしを握り締めた。こぶしに爪が食い込む。

多波さんを、提供?運用?ルール?

多波さんは物じゃない。人間だ。

血の通った人間なんだ!

体中に怒りが満ちて、全身がワナワナと震えた。サラは何食わぬ顔で、私を眺めている。やがて、思い出したように囁いた。

「・・・そういえば、アナタ、さっき私に嫉妬していたわね。迷惑かけちゃったから、特別に一つ枠をあげる」

「・・・枠?」

「多波と過ごす時間の事よ。それも、とびきりのやつ。来月25日の午前10時。多波の部屋に行ってみて。ちょっと先だけど、大丈夫かしら?」

私は答えなかった。それでもかまわず、サラは私の膝に、何か置いた。

「これは選別。多波に付き合いきれなかったら、使いなさい」

黒くて、細長い棒だった。何なのか判断しかねていると、サラが付け加えた。

「スタンガンよ」
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