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1章:オルヴァーリオの湖底
2階層:仮初の仲間
しおりを挟む冒険者支援協会。基本的には人がごった返しており、時折一般人も立ち寄っては受付で何やら記入している。
ここ冒険者支援協会の支部では冒険者の素材買取や戦闘訓練、冒険者志望の若者が技能を上げるための講座など様々なことができる。一般人からの依頼なども受け付けており、ダンジョンに潜るだけではなく、依頼者の任務を受け、ダンジョンで素材を収集したりするギルドやパーティもある。
比較的しっかりした造りの建物は町の建物と比べると新しく、内装もどこか洒落た雰囲気を漂わせている。内装担当は支部長とかの趣味らしいのでここの支部長はきっと趣味がいいのだろう。
そして俺は昨日採取した薬草を売りになじみの受付嬢に無言で薬草の入った袋を叩きつける。
「あら、随分と不機嫌ね」
そうクールに返すのは凛とした黒髪の女性。髪をきっちりまとめており、清潔感を漂わせる。いかにもデキる女という風貌の彼女はここの受付嬢、サリーナ。
同郷ということもあり年上だがそこそこ互いのことを知っているためほかの受付嬢よりも話しやすいためいるときはだいたいこいつに声をかける。現在27歳でだいぶ行き遅れだが男の影は一切ない。いい年してまだ結婚しないのかよと思うが口に出したら戦争だ。
「何かあったのかしら?」
「うし、ろを見ろっ!」
そう指差す先には大勢の人間に囲まれたミシェルの姿。
誰もがミシェルに好意的でやつを勧誘しようとする人間が次々と現れ、一緒にいたせいでなぜか敵意を抱かれ、挙句の果てに足を踏まれたり見えないように小突いて弾いたりと嫌がらせを食らった。
「くそっくそっくそっ! あいつなんなんだ!」
「あら、ミシェル? あの子も相変わらずだけど……周りも飽きないわねぇ」
他人事だと言わんばかりに薬草を確認し、秤にかけて買取金額を書類に記入していく。
「何、あの子を誘ったりしたの? あんたが? 珍しいこともあるものね」
「ちっげぇ!! あいつが! 昨日から! 付きまとってんだ!」
「あら、もっと意外。あの子、自分から他人を誘ったことなんてないのに」
サリーナはたいして驚いた様子も見せず淡々と現金を確認して俺に差し出す。1200ニル。まあ薬草ならこんなものだが今はやつのせいもあってかこのはした金にイライラさせられる。
『僕とパーティ……いや、ギルドを組もうよ。他にも仲間を集めてさ』
『そういうの間に合ってます』
一時的に組むならいい。だがほかに仲間も集めてギルド? 無理無理。
そりゃ引く手数多なやつは簡単に言えるだろう。やつ目当てでギルドに入りたがる男だっていそうだし。だがもうギルドなんて――
「辛気臭い顔するのやめてよ。何、まだ引きずってんの?」
「お前みたいな順風満帆に冒険者生活を満喫して引退しても職のあるやつにはわかんねーよ」
サリーナは元冒険者だ。このへんではなくもっと難易度の高いダンジョンを巡っていたらしいが実力は正直俺もよくわかっていない。聞いてもはぐらかされるのでまあそこそこの地位にはいたはずだ。
「はぁ……あの子はそういうことはないから大丈夫でしょ」
「俺、そう思って前回失敗してるから見た目で判断しねーの」
女に惑わされて失敗して人生終わりなんてまっぴらだ。ああ嫌だ。女の冒険者とか本当に嫌だ。
ミシェルは確かにあんまりそういう女っぽくはないが腹の底で何を考えているかなんてわからない。女はそういう生き物だと思っている。実力ない癖して寄生するやつの多いこと多いこと。
「なに、あの子と組まないの? 喜んで組んどきなさいよ。かなり美味しいわよあの子」
「美味しいって……何が」
すっ、と差し出されたのは冒険者カードの写し。いわゆるソロがパーティ募集する際の自分のアピールするためのものだ。
「技能のところ見てみなさい」
全ては載っていないもののある程度技能が載っている。
最初、やけに技能の数が多いな、と思ってワンテンポ遅れて気づく。
――なんだこの技能!?
・鍵開け(85):宝箱や扉の鍵を解錠する。練度が高ければ色々な鍵を破ることもできるだろう。
・偵察(80):敵の位置距離を事前に把握し戦闘を回避・奇襲を仕掛けるなどができる。練度が高いほど索敵能力が高く、正確さや細かい情報まで得られる。
・罠師(85):罠の発見・解除をすることができる。連度が高ければ高いほど成功率が上がる。また、罠設置も可能。練度が高ければ高いほど巧妙に仕組むことができる。
・盗む(70):相手の懐から持ち物や装備品をくすねる技能。連度が高いと相手は盗まれたことに気づかないかもしれない。
・地図作成(70):ダンジョンで地図作成する技能。練度に応じて正確、表現が上昇する。
・聞き耳(80):遠くの音を聞き取る。練度が高いほどより正確に、詳細にわかる。
技能値が軒並み高い。ここまで高いともはやドン引きするレベルに高い。
挙句、ステータスが極端すぎる。攻撃や防御が一般人に毛が生えた程度しかないのに敏捷、器用、幸運が俺を超える高さだ。一応器用が高いので攻撃ができないわけではないのだろうができても威力がほんの少し程度に違いない。
道理で戦闘がまともにできないわけだ……。ナイフ使いということは接近戦だしこれは致命的すぎる。が、それを補うだけの後半のステータスがある。
「な、なるほど……確かにこれはスカウトとしては優秀だな……」
こいつが戦わなくても周りが戦えばいいだけだし、いるだけで無益な戦闘回避は余裕だろう。
「あら、技能ももちろんだけど一番重要な部分を見落としてるわよ?」
そう言ってトントンと指さしたのは技能の端の方にある一文。
・女神の施し(90):幸運の数値とは関係なしに宝箱のアイテムのランクが上昇する。値が高ければ高いほど高ランクが出やすくなる。
「…………」
「どうしたの、急に真顔になって」
「え、これって……マジ?」
「大マジ」
「……本物? 90? は?」
女神の施し。ダンジョンにおけるランダムな戦利品である宝箱にはランクが存在する。1~10まであり、ダンジョンにもよるがこのあたりでは高くても3くらいまでのランクしか出ないだろう。そのランクを引き上げる生まれついての体質。例えばもし、ミシェルを連れて宝箱を発見し、やつに開けさせればランク3が限界であろうダンジョンでもうまくいけばランク5~6くらいが出てしまうかもしれない。技能値が90もあるため上昇率は高いはず。つまり、高難易度ダンジョンにいけばほぼ確実に9、10という幻想級のアイテムすら手に入るかも知れないということ。売ろうがそのまま装備しようが一躍冒険者の上位に上り詰めるかも知れない可能性を秘めている。
そんなの誰だって勧誘にするに決まってるだろ!!
咄嗟にミシェルを確認するために振り返る。偶然、視線が合ってミシェルが周りに断りを入れてから駆け寄ってくる。
「そっちの用事は終わったかい? で、どうする?」
ニコニコと含みある笑顔で見てくる。これは俺がミシェルの技能を見たことに気づいている顔だ。
あんなの見たあとで邪険にできる冒険者なんているはずがない。そう言いたげな顔。わかっていたからさっき家でカードを見せなかったのかこいつ。
だがこいつは根っからのやばいナルシストで変態でストーカーだぞ。いいのか、こんなやつと組んで。
いやでもあれだけ優秀な奴がギルド作ろうって誘ってるって相当稼ぐチャンスなんじゃ。
でも――また騙されたら。
いや、一度くらいは信じても――。
『クズが』
かつて言われた言葉。幻聴ではあるが胃がじくじくと痛む。
パン、と目の前で手を叩かれはっとする。呆れたような、でも面白いといいたげなミシェルの顔。こんなときまで整っていていっそイラつく。
「もー、そんなに悩む? しょうがないなぁ。じゃあ、お試しで1回だけ二人でダンジョン行こう。それで判断してくれよ」
1回だけ、試しに。
なぜ、こいつはここまで俺を誘おうとするのか。
一周回って詐欺を疑いそうになる。実は俺を嵌めようとしてるんじゃないかって。
でも、ここで断ってしまえば、何かを手放してしまいそうな、そんな気がした。
「わかった……。とりあえず一度だけな」
「よろしい! それじゃあまずは昼食とダンジョン準備だ!」
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