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2章
2-16
しおりを挟む「まーったく、仕方ないっすねえ~」
ばちゃっ、と水を蹴る音と共に誰かがサラの横に肩を並べた。
「ワトー!!」
「ホント勘弁してよ。俺がいなくちゃ、みーんな元の体に戻れないくせにさ~」
「えええ?!セ、セー君?!?!ワトーはどうでもええけどセー君は来たらあかんって!!」
次いで現れたセー君にサラは両脇を固められ、慌てふためく。
この子まで来てしまっては自分がみんなを逃がした意味がない。
ジュリア達を肉体に戻せるのはセークリットだけだというのに。
しかしサラの思考を読んでいたのか、セー君は鼻で笑って口を開く。
「ねえねを連れ戻せばいいんでしょ。
おれさ、ちょっとムカついてんだよ。ミューにばっかり構うねえねって、おもしろくない」
「こっちも姫様の制止振り切ってきちゃったもんでね。絶対帰るっすよ」
そう言い切った二人の姿を見て、サラに笑顔が戻る。
大丈夫、きっとうまくいく。
「よっしゃ、行くでー!」
サラの掛け声を皮切りに、三人は一斉に地面を蹴り上げる。
ドガンッと数秒前に立っていた場所がネル様の神術によって抉り取られた。
「ヒュー!あっぶな~!」
「セー君!ネル様の弱点は?!」
「布団とか枕!寝る環境作っちゃえば絶対に寝る!あと大して体力無いからスタミナ切れ狙うのもあり!」
「このブチギレ態勢の中で安眠空間作れって~?うるさすぎて寝れないっしょ」
「んんー!よう分からんけど色々試すしかない!」
暴走している相手を寝るように仕向ける。
そうなると一番に思いつくのは催眠魔法だが、これはジュリアがやって効果が無いとわかっている。
となると、眠たくなる状況を作り出すしかないわけだが…。
「ぜんっぜん思いつかーん!」
「アアアアアアアッ!!!」
悪夢にうなされているかのような叫びが室内を跳ね回り、ネル様が両手で頭を抱えてうずくまる。
震える指先が弧を描いた先は、サラ達がいるすぐそばの支柱。
無詠唱でバキィッ!と豪快に神術で柱がへし折られる。
逃げるか攻撃をかわすかの二択しかないサラ達は、ゆるやかに追い詰められていた。
倒れた柱の陰で身を寄せ合って息をひそめる中、ワトーがセー君の耳元に口を寄せた。
「がきんちょ、ネル様が呪いを受けた所、体のどのあたりとか覚えてないっすか?」
「ごめん…あいつらがねえねに触った瞬間に、俺は吹っ飛ばされて見てないんだよ…」
「なーるほどねー。呪いの核を叩けばあるいは…と思ったんすけどね~」
「呪いの核…?でもそれって前、パロマが受けた呪具みたいなんやったら危ないんじゃあ…」
「呪具はね。今回のは他者を操る闇の魔法、呪術の方。
呪術には絶対に『核』となる魔法陣があるんすよ。それを壊せば大抵は正気になる」
簡単に言えば、方程式や定型文があり、その式を「陣」として描いたものが呪術。
怨念とか負の感情とか言葉で表せないモノを「物体」に宿したのが呪具。
方程式なんかはその式を崩すことができるけど、形のない気持ちってのはそうそう崩れない。
その方程式に当たるのが、呪術の核たる魔法陣で、それは必ずかけられたもののどこかにあるとワトーは教えてくれた。
それを聞いたサラはすぐにネル様の様子を観察する。
だがパッと見た感じ、ネル様にそういった魔法陣は見受けられない。
きっと服や髪で隠せる位置に刻まれているのだろう。
「だったらじっくり見れるようにしたらええってことやん!」
「え?は、ちょっ、何する気っすか?!」
ワトーの引き留めなど気にも留めず、サラは杖を手にして自信満々に詠唱を開始する。
大丈夫、今なら何だか疲れているみたいだし、ネル様の動きは鈍い。
多少長い呪文でも完走できるだろう。
そう自分の中で決めつけたサラは息巻いて口を開く。
《無限に取り巻く審理の鎖よ
聖白の境界から一線を越え 大地より具現し紡がれんー
約半分の詠唱が過ぎた頃だった。
ビュン!とサラの首元を何かがかすめる。
「っ!?」
突然の事で身じろぐこともできないまま、只々サラは息を呑み、詠唱する口元は震えて動かなくなった。
だらりと何かが首筋を伝う。
生暖かい液体。これがなにか、わかってしまう。
魂だけの状態でも痛みを与えることができるなんて、本当に神様の力はチートである。
「サラ!!」
ぼんやりと杖を持ったまま立ち尽くすサラの目の前に、血相変えたワトーが飛び込んできた。
ワトーに飛びつかれて強く抱きかかえられたまま、床をゴロゴロと転がる。
「わ、とー…」
ぐにゃりと視界が歪む中、誰かに肩口をグイ、と引っ張られて仰向けに寝かされた。
「血が止まらない!!」
「ああもう!仕方ないな!」
白んだ意識の先でセー君がイライラしながらも温かい光を放つのが見えた。
首から流れ込んでくるお日様の光のような魔力。
誰かに優しく抱かれているような心地さえする。
ああ、分からないけれど、お母さんがいたらこんな風に温かいのだろうな。
そんなことをぬるま湯につかった頭で考えていると、両頬をバチンッと思い切り叩かれた。
「いったっっ?!?!」
「さっさと起きろこのアポニテ!」
目を白黒させていると、クリアになった視界いっぱいに映ったのはワトーの顔だった。
「わ、ワトー近っ!」
「アンタ…ほんっとうにアホっすね!!考え無しに動くなって、今までも似たような注意何回か受けたでしょ!?
学習能力ゼロか!死ぬところだったんすよ!?」
「死ぬところだった…?ちょっと首元掠っただけなんじゃあ…「掠っただけでこんなに血は出ないよ」
セー君の言葉を受けて自分の周りを見れば、それはもう大惨事であった。
急な通り雨でずぶぬれになった時のように、サラは血にまみれていた。
今はすっかり傷がふさがっているから、その水かさが増えることは無い。
それでも素人目に見ても、こんな量の血を流せば助からないだろうと推察できるほどだった。
首元を隠していたタートルネックの布がざっくり切れてスリットのようになり、ちょっとおしゃれな襟のように垂れ下がっている。
ここまですっぱり斬られていたのに、サラの感覚としては紙で指を切ったものに近かったのだ。
あの場面で一歩でも、一ミリでも動いていれば、今度こそ首と体がバイバイしていただろう。
予想外の瀕死を味わったサラは、血の気を退かせてむくりと起き上がる。
「わ、わたしどうして…助かったん…?」
「仕方ないから、おれの魔力を分けたんだよ。だから今、アンタはおれの魔力がちょろっとだけ使えるよ」
「そっか…ごめん、心配かけて」
「まあ、中途半端に変な拘束魔法仕掛けてくれたおかげで?ネル様の体は麻痺してる見たいっすけどね」
「え、そうなん!やったあ!」
「そこ、喜ぶとこじゃあないでしょうに」
病み上がりだというのにワトーが思い切りサラの左耳をつまみ上げて引っ張る。
「いだだだだだ!ごめんってえ~!」
「とにかく、今なら拘束魔法を完全なものにできるかもよ。それで核の魔法陣を探して壊しちゃえば終わりだよ」
「そっすね。あんま休んでる時間もないし、私が注意を退くんでその間に詠唱よろしく~」
そう言ってワトーはネル様の視界を遮るようにちょろちょろと動き回り始める。
正式に詠唱を任されたサラは、己の魔力とうまくなじみ始めたセー君の魔力を確かに感じていた。
さっさと詠唱を始めるかと思った矢先、サラはとある事をひらめいた。
そしてセー君に一つ問いかける。
「セー君の力って、いわゆる神術?」
「正確には、ちがう。ミューは『生命の力』を持ってるけど、おれには『創造の力』が宿ってるんだ」
サラの求めていた回答とは違った反応が返ってきて、正直サラはがっかりする。
それでも初めて耳にする謎の力が授けられたと知ったサラは、好奇心を隠しつもりもなく食い気味に追撃する。
「創造の力?」
「そ。詳しくは知らないけど、ねえねが俺らを創造する時にアルティナ様が手伝ってくれたんだってよ。
それでおれの方にはアルティナ様がらみの創造の力が宿ってるってワケ」
「ふうん?それって…無詠唱魔法出せたりする?」
「は?!無理だよさすがに!要は、人間の魔力よりちょっと純度が高いだけ!
魔法の威力がほんの少し上がるくらいだよ」
無詠唱魔法ができれば便利だな、と思ったのだがどうにもできないらしい。
アルティナ様の力に付随しているのなら、100%じゃなくてもそれっぽい事は出来そうな気もするが…。
とりあえずここは大人しくしておいた方がよさそうだ。
先ほどの一件もあるし、また怒られる羽目になるのはごめん被る。
「ま、いっかあ~」
「お、おい、変な真似だけはするなよ…?」
「だーいじょうぶやって!ワトーもフォロー入ってくれてるし、余裕余裕~!」
「ええ…」
コイツ本当に話理解してんのかと顔にでかでかと書いてあるセー君を横目に、サラは近くに転がっていた杖を拾い上げる。
ワトーとネル様の様子はというと、相変わらずワトーがサラ達の方を見せないようにうまく立ち回ってくれている。
そのおかげでネル様の敵対心はがっつりワトーに向けられていて、此方は完全にフリーだ。
よし、とサラは杖を改めて握りなおす。
先ほどと同じ拘束魔法を用いてもいいが、どうせなら試してみたい。
セー君はああ言っていたが、出来ると思うのだ。
詠唱途中で魔力不足にはならないだろう。あるとすれば発動後に魔法の対価を食らって倒れるくらいだ。
それぐらいならカバーしてもらえるはず。
「よっし、いっちょかましたろうやないの!」
《狭間に渦巻く探知の光鎖よ 深更に潜む暗色の大蛇よ
此方の光をすべからく奪い半夜とす 鎖は彼の者を蝕む魔の枷を照らし
蛇は闇の帳より出でて悪しきすべてを喰い尽くせ
双方の盟約に従い我が力を糧と持て
ダークナイト・ハンター!》
サラの杖が橙色に輝いた瞬間、ふっと何者かが蝋燭の火を吹き消したかのように室内が真っ暗になる。
「な、なに?!」
「はあっ!?また何し腐ってんだアポニテ!!」
何も聞かされていないセー君とワトーがあたりを警戒しつつサラがいた方角へ声を投げつける。
この真っ暗闇ではサラの姿どころか自分の手元すら見えないだろうが、それでもサラは人差し指を唇に当てて口角を薄らと引き上げた。
「しずかに」
そう聞こえたのは間近にいたセー君だけだったが、じきにワトーも肌で感じるだろう。
闇の中を這いずる何かがサラの後方からやってくる。
ず、ず、ず、と何かを擦る音は重々しく、そして背筋を凍らせてしまう程の威圧感を放っていた。
それに紛れてシャラン、と別のものが部屋の中心部に垂れる。
「アアアアアアアッ!!!」
急な視界不良と這い寄る異常に耐えきれなくなったネル様が、部屋のどこかで声をあげる。
その大きな音に反応して二つのなにかは急速に動き出す。
じゃらららら!!
金属の波打つ音が聞こえた次の瞬間、パアッと部屋の一点が急激に光り輝く。
「な、にがおきてんだよ…?」
「っ?!ネル様…の腕?!」
「見つけたで、核」
鎖がこれ見よがしに縛り上げているのはネル様の右腕。
そして発光し続けているものはその二の腕の内側にあった。
まがまがしい紫色の魔法陣。六芒星のそれがネル様を蝕んでいた真犯人だ。
「もう、ひとふんばり…!」
冷や汗をかきながらもサラは杖を魔法陣へ向けて合図を送る。
待ってましたと、その光めがけて飛びついてきた黒い蛇がネル様の魔法陣を食いちぎった。
バクン。大蛇が魔法陣を呑み込むと同時に、辺りに光が舞い戻る。
「うっ…」
「もどった…?」
明暗の激しさに目を細めるワトーとセー君だったが、倒れているものを見るやいなや慌てて駆け寄る。
「サラ!!」
「サラねえちゃん!!」
セー君の横で気を失って倒れていたサラをワトーが揺さぶる。
「う、うーん…」
「よかった…!」
「アンタなあ…!」
「いやあ、ごめんごめん!対価で持ってかれた魔力が割と多くて…」
アハハ~と頭を掻いてはぐらかそうとしたが、どうやら通用しなかったらしい。
ワトーがバシンとサラの頬を叩いて怒りをあらわにした。
「死ぬ気か!このアポニテ!」
「でも何とかなったやん!」
「何とかって…アンタなぁ!前々から思ってたけど、自己犠牲じみたことはやめろ!」
「自己犠牲ちゃうよ!魔力なんかほっといたら回復するもん!
それに二人もおるしなんかあっても起こしてくれるやろ!」
「起こしてくれるって…あーもう本当バカ!!
外野を信じるだけで保身を考えない奴なんて能天気バカか自分の行動に酔ってるだけのバカでしょうが!」
「バカ、バカって、そこまで言わんでも…」
「そんなことして誰かを救ったって誰も喜ばないっつってんの!」
ワトーの言葉でびりびりと体が震え、何も言い返せなくなってしまう。
金魚のように口をパクパクとさせていたら、ぐいっと襟元を掴まれてワトーの顔が近くなる。
「ニンゲンってのはエルフと違って唯一無二なんだ!!
サラはサラ以外居ないんっすよ!!アンタの代わりなんて居ないんすよ!!」
その訴えはサラの心に突き刺さり、大きな衝撃を与えた。
今更になって、ああ私は何て愚かなことをしてしまったんだろうと、気づかされた。
二人がいるから大丈夫、皆がいるからフォローしてくれる。
私よりも動けるからきっと避けてくれる。何とかなる、大丈夫、きっとうまくいく。
あまりにも楽観的で、あまりにも身勝手で、それでいて自分を頭数に数えていない。
そしていつの間にか、周りの力に依存していた。己の力を過信していた。
私は力が強いだけ。だから何も考えずとりあえず敵と交戦すればいい。
作戦なんて賢い人に任せればいい。私はどうせ露払いくらいにしか役に立たない。
そうやって、自分の価値を、可能性を下げていった。
自暴自棄になっていると、言われても何も言い返せない程に。
私は、生きなければならないのに。
大切な兄弟を救うために。
優しいあの町の人たちを救うために。
生きて、戦って、抗って、手立てを見つけて、みんなで、帰るために。
そんな大切なことを、ワトーは気づかせてくれた。
自分の愚かさに不甲斐なさに何度も涙したというのに、私はまた、頬を濡らすのだ。
「ごめ、ごめんなさい…ごめんっ、ほんま、わたし、ばかっ…やわ…」
大粒の涙をボロボロとこぼして泣きじゃくるサラを、ワトーは何も言わずに抱きしめてくれた。
よしよしと頭を優しく撫でられて、嗚咽で跳ねる背中をさすってくれた。
サラがひとしきり泣いて少し落ち着いたのを見て、ワトーがゆっくりとサラを腕の中から解放する。
そして懐かしいような慈しむような瞳を向け、話始める。
「やっぱ、アンタ似てる。昔の姫様に」
「え…?」
「姫様って実は昔、超物知らずでね。
他より力が強いってだけで隔離されてたから、周りの事に疎いお子様だったんすよ」
「わ、私お姫様クラスで物知らずちゃうもん!」
「勉強嫌いとか興味のある事しか知らないなんて、似たようなもんでしょ。
でも一番はそこじゃあない」
「一番、似ているとこ?」
「そ。アンタと姫様はさ、真っ直ぐすぎるんだ。真っ直ぐすぎて、素直すぎて、不器用なんすよ」
「そう、かな…」
ジュリアと似ている。そう言われてもあまり実感がわかない。
だってあんなに才色兼備で眉目秀麗で絵に描いたようなハイスペックお姫様と
平凡庶民の自分が同じとは考えつかない。
「そうっすよ。物知らずなのを自覚して、沢山知識を身に着けた姫様。
自分が守られていたのを自覚して、力を身に着けようとしたアンタ。ホラ、似てる」
サラが煮え切らない返事をしたにもかかわらず、ワトーはどこか自信に満ちた声で言い切った。
「…でも、ジュリアは、私と違ってちゃんと、努力してる…」
「アンタもすりゃいい話っすよ。苦手なのは誰だってある。でもそれを克服してモノに出来たら、最強でしょ」
「…うん…」
ワトーのいう事はもっともだ。
前に似たような事を、リナリアからも少しきつめの言葉で言われた。
もっと勉強した方がいい。分かってる。
でも出来るのかわからない。なんせ苦手なのだ。
ちゃんと勉強すれば、戦略も分かるようになるだろう。
政治を学べば、今自分が気づいていないことも分かるかもしれない。
そんな考えがもろに顔に出ていたのだろう。
ワトーがサラの顔を覗き込んで、ニカリと笑った。
「不安っすか?大丈夫、サラならできる。ほら、アンタの好きな言葉にもあるでしょ?」
「失敗は、成功のもと…」
「最初は失敗したっていいんすよ。ゆっくり自分のペースで知っていけばいい」
その台詞と共によしよしと軽く頭を撫でてもらい、何故か元気づけられてしまった。
ワトーってもっとお笑い担当じゃなかったっけ。
こんなにいいこと言える奴だったなんて、不覚である。
「うん…ってか、なんか、ワトーのくせに、かっこいいこと言い過ぎやろ…」
「なあにを今更。私は、カッコイイ枠っすよ」
またニカリと笑ったワトーはさてと、と立ち上がる。
そうだ、まだネル様を放置したままだった。
サラ達に気遣ったのか、単に姉と慕う女神が気がかりだったのか、セー君はいつの間にかネル様の傍らにいた。
ワトーに手を貸してもらい、立ち上がったサラはパチンと自身の両頬を叩いた。
「おっ、気合入った?」
「うん!ありがとワトー。あともっと普段からサラって呼んでくれてもええんやで!」
「すーぐちょーし付いっちゃってさ~!だからいつまで経ってもアポニテなんすよ、サラ」
「フンだ、すぐにアポニテなんて言えへんような超絶理系になってやるもんね~!」
「賢いイコール理系って紐づけてる時点でアホそ~!」
「こ、これからがんばるんやもん!!」
お互いにケラケラと冗談交じりに笑いあいながら、セー君の元へ歩みを進める。
このほんの僅かなひと時を機に、サラはワトーを以前よりも近くに感じたのだった。
「セー君、ごめんひとりにして。ネル様は?」
「あ、泣き虫魔導師おかえり。ねえねはまだ目が覚めないけど…悪いものはなくなってるよ」
泣き虫魔導師で少しカチンときたが、その後の「ありがとう」で癒されてしまい、怒り気迫をそがれてしまった。
セー君はネル様の頭を自らの膝に置いて、ずっと看病していたらしい。
セー君の膝枕で眠るように気を失っているネル様は、まさに童話の中の眠り姫のようだった。
呪いがついていた時は真っ黒な髪に紫色の瞳、黒っぽい装束に見えたが、どうやらそれは呪いの影響らしい。
本来のネル様の髪色は美しい銀髪で、緩やかにウェーブのかかった柔らかなそれは絹のようである。
装束も半透明の布地にふわふわとしたファーが腰回りを覆っており、神秘的な印象を確たるものとしている。
瞳の色もきっと違うのだろうが、それは目覚めて見ない事には分からない。
サラがまじまじとネル様の容姿を堪能している中、
悪いものはなくなったというセー君の報告を受けたワトーが、改めて呪いが解かれたか調べてくれていた。
魔法陣の有無を確認する為に、
かなり際どいところまで体の隅々を調べ尽くした結果、ワトーは異状なしの判定を下した。
「色々あったけど、何とか元に戻ってよかったっすね~」
「これで安心してみんなのとこに戻れるな!」
「そう安心って…やっべ、姫様ぶち切れてそ~…。
ちびっこの件でもリナリアさんとかに怒られそうだな…」
「おまえらの体はおれがちゃんと元通りにしてやるから文句は言わせねえよ!」
「おっ、じゃあその件に関しては任せた!よし、そうとなったら早いとこ合流しますかね~」
よいしょとワトーが眠るネル様を担ぎ上げ、サラ達は壮絶な戦いを強いられたその寝所を後にした。
寝所から出るやいなや、それはもう非難轟々であった。
ジュリアからは勝手な真似をしてと怒られ、リナリアからはひどく淡々と作戦の欠陥を指摘され、
ミュー君には心配したのだよー!とぽかぽか弱い拳を叩きつけられた。
ミネルヴァはジュリアとリナリアの治癒魔法で一命は取り留めていたが、まだ万全とは言えない状態だった。
ひとまずミュー君とセー君が力を送り、ネル様の目覚めを待つこと数十分。
やっと眠り姫ならぬ眠り神がその銀糸のまつげを持ち上げた。
「…んん……せー、みゅー?」
「「ねえね!!!」」
綿菓子のような雰囲気を纏う声の持ち主にミュー君とセー君は抱き付いた。
餌を前に待てをさせられている犬が、ようやく餌にありついた時のような喜びようであった。
子犬たちの頭を順番に撫でつけた飼い主は、
ようやくサラ達の存在に気が付いたらしく、きょろきょろと辺りを見回した。
「あなたたちは、だあれ?」
「成程、何にも覚えてないって感じか~!結構苦労したんすけどね~」
「ワトー、失礼よ」
「みんな、たましい…あれ?死ぬ予定じゃない、よね…?」
何気なく呟かれたその台詞にサラ達は身震いする。
間違いなく、彼女が生き物の生死を生業としていることが手に取るようにわかった瞬間である。
こんなおっとりゆるふわな見た目をしておいて、言っていることが物騒でしかない。
流石のミネルヴァも少々顔をひきつらせたものの、このままではらちが明かぬと強硬手段に出た。
「おっと、流石に怖いことを言う。リナリア、説明してやってくれ」
「承知しました」
ワトーの補足もありきだったが、リナリアの説明はとても簡潔で分かりやすいものだった。
寝起きの神様でも容易に理解できたらしく、彼女は要所要所でうなずいていた。
「そっかあ…大変だったねえ。じゃあ、あらためて。
生と死の女神、ネル・ヒュプノス、だよ。よろしくね」
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