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2章

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ゼルバの交渉が成立することを祈って待つしかないサラ達は、
ハウスメイドに促されて屋敷の鍵を使って中に入る。
ガチャリと開いた先は村にあったゼルバの家の内装とほぼ変わらぬ居間だった。
やはり同一人物の所有する別宅なのだ、好みのレイアウトにするとかなり似通ってしまうのだろう。
居間の中をまじまじと見ていると、屋敷に通してくれた年配のハウスメイドが話しかけてきた。


「旦那様からお伺いしております。
私はハリエット・クルーゲと申します。何なりとお申し付けくださいませ」


ハリエットはふわりと紺色のスカートを持ち上げてお辞儀をする。
少々ふくよかで丸眼鏡をかけたハリエットは愛想の良い、
気軽に話しかけられる雰囲気を持つおばさまだった。
長年勤めているのか、クラシックメイドの服装がずいぶん様になっている。


「そうか、ありがとう。では食事を頼めるか?朝からレーションしか口にしていないんだ」

「まあまあ、それはお身体に悪うございます!
すぐにお作り致しますので、今しばらく居間にて、おくつろぎくださいませ。おほほほほ」


今と居間を掛け合わせたメイドジョークを披露したハリエットは、
自らのギャグに噴き出しながら台所へと向かった。
全くウケていなかった寒々しいそれを聞かされたミネルヴァは、ソファに腰かける。


「相変わらずジジイの人選は変わっているな…変なメイドを雇っているものだ」

「老師のおめがねは確かなものです。現にこのお屋敷は埃一つ落ちていません」


入り口近くにあった飾り棚の上に人差し指を滑らせたリナリアが、何も付着していない指先を証拠として見せた。
リナリアの言う通り本当に整理整頓されたモデルルームのような空間である。
暖炉周りに煤の気配は一切なく、ソファ前に置かれたガラステーブルには一点の曇りもなかった。
2脚あるソファに各々が腰かける中、サラはボスンと背もたれに身を預けて口を開く。


「ええやんハリエットさん。楽しそうやし明るい雰囲気のおばちゃんって感じで」

「メシがうまけりゃ何でもいいっすよ~」

「それをあなたが言うと何だか、とんでもなく高飛車に聞こえるわね。どうしてかしら」

「にしても、君はまだフードを被っているんだな。ずっとそのままでいる気か?」


ジュリアがワトーにちくりと嫌味を言うと、ミネルヴァが頭のそれを指さした。
フードを脱ぐという事はエルフであることを晒すのと同義だ。
いくらゼルバの屋敷でお抱えのメイドしかいないとはいえ、
どこから情報が漏れるかをずっと気にしてきたジュリアとワトーからすれば、かなり勇気のいる行動だろう。
現にジュリアはミネルヴァの問いかけに対し、首を縦に振っていない。
ワトーがミネルヴァをジッと睨みつける。
その様子を見たミネルヴァは慌てて弁明する。


「すまない、言い方が悪かったな。…君らに無理をさせたい訳じゃあないんだ。
ただ、出来る事ならありのままの姿で過ごしたいだろう?
町中では流石に難しいが、少しでも休まるならば今この時だけでも、と思っただけだ」


不快に思わせた、申し訳ないとミネルヴァが頭を下げると、ジュリアが慌てて顔をあげさせる。


「お止めになって。あなたが頭を下げることないのよ。この問題はデリケートなことだもの。
それに私自身にも問題があるわ…」


そう言ってフードの奥でジュリアが微笑んだ気がした。
ジュリアの中で大きく膨れ上がっているマーファクトとエルフ狩り、カーバンクル隊の存在。
その恐怖を克服しない限り、彼女は日陰でこっそりと笑うのだろう。
ジュリアの返答にミネルヴァはいまいち納得しないような表情を見せたが、すぐに思考を切り替える。


「そうだな…。まあ…メイドについては詳しく分からないが、ゼルバの事は信用してくれ。
あのジジイは口が堅い。そして戦士としての矜持を持つ立派な軍人だ。
それは隠居した今も変わらん」

「老師は先代国王様の右腕でもあり、私とライナ様に強さとは何かを教えてくださった方です。
その老師が、あなた方を他国に売るような真似はしません」

「…分かったわ。
あのお方は私たちをハイエルフと呼んで敬意を払ってくださったし、敵意も感じなかったわ。
私たちもゼルバ様に信頼を置きましょう。ただ…今だけは見逃して頂戴ね?」


今日会ったばかりの誰も面識がないメイドに対して、ジュリアは警戒を解くつもりはないらしい。
室内で一人だけフードを被ったままのジュリアに目線が集まる中、
ワトーがあーあと大げさにため息をついてソファに転がった。


「にしても、メシはまだなんすかねえ~?もう腹ペコっすよ~」

「それな~!あたしもうどん食べた過ぎてつらみ」

「私もおなかペコペコやわ~!」


そうなのだ。ハリエットが厨房に消えてからもう30分は過ぎようとしていた。
人数が多いとはいえ、魔法で調理をすれば一般的には20分もあれば事足りるはずだ。
もしかしてかなり凝った料理を出そうとしているのだろうか?
そこで腹ペコ三銃士であるサラ、ワトー、パロマで厨房を覗きに行ってみることになった。


「ハリエットさーん、ごはんどないかなあ~?」

「うどーん…ってあれ?いないじゃん」


しんと静まり返った厨房の中にあったのは、火の消えた大鍋に入っているクリームシチュー。
調理テーブルにはサラダの盛り合わせが人数分あるのに対し、籐のバスケットには何も入っていない。
このメニューからして、おそらくパンが入るのだろうなと予想はついた。
はて、と首をかしげていると奥へ先に言っていたワトーがおーいと声をあげる。


「こっち、裏口みたいっすよ」

「もしかしてなんか取りに行ったんかな?」

「とりま行ってみよ~」


裏口を開けると、そこは外に繋がっていた。
何か貯蔵庫のようなものはないかと辺りを見回せば、
ズッズッと重いものを引きずる音が右手の方から聞こえた。


「ハリエットさん?」


屋敷の角を曲がると、そこには小さな倉庫があった。
その倉庫の中でハリエットが大きな木箱を押し込もうとしていた。
サラに気づいたハリエットは額の汗をぬぐい、木箱を後ろ手にしてにこやかに微笑んだ。


「え?あ、あらどうかなされまして?」

「どうしたもこうしたも、おなかすいたから手伝いに来たんすよ」

「ってかそれなに運んでんの?めっちゃ重そうじゃん、あたし手伝おうか~?」

「いえいえ!そんな!お客様のお手を煩わせるわけに参りませんわ!」


パロマが手を貸そうとしていたにもかかわらず、ハリエットは一人で木箱を倉庫の隅に押しやってしまった。
遅くなってすみませんと平謝りするハリエットに、気にしていないと伝えると彼女は胸をなでおろした。


「ハリエットさん、倉庫に何しに来たん?なんか取りに来たんやろ?
あ、もしかしてその箱がいるん?」

「いえいえいえ!これはジャマだったので移動をしていまして!
ここには、ええと…なんだったかしら、ああそうだわ、小麦粉!小麦粉を取りに来ましたの!」


最近物忘れがひどくてと、ハリエットは困ったように笑う。
だが、小麦粉を探しているという彼女にワトーは怪訝な表情を浮かべる。


「小麦粉ぉ?もしかして一からパン作るつもりっすか?
そんなん魔法使っても半日はかかりますって」

「パンやったらこの袋にあるやん。これやったらあかんの?」


個包装で入っているバゲットを取り出して見せると、ハリエットはまあ、と甲高い声をあげる。


「そちらにしましょう!私ったらすっかり忘れていたわ!ありがとうございますお客様!」

「サラでええよ、ハリエットさん」

「アンタのご主人様から名前までは聞いてなかったんすか?」

「え、ええ…少々込み入ったお客様とお伺いしておりまして…」

「あー…なるほどね」


込み入ったお客様の片割れであるワトーは頬を掻いて愛想笑いをする。


「もう話はいいからさ~、パン運んじゃおうよ。
あたしの腹の虫が絶好調で暴れてるっての!」


ぎゅるぎゅるぎゅる!と盛大な音を恥ずかしげもなく響かせたパロマに、
サラ達は込み上げる笑いを押さえきれない。
サラ達はバゲットを数本持って厨房に行き、配膳の準備を手伝った。
ハリエットも一緒に食べるのかと思っていたが、やはりそういうわけにもいかないらしい。
サラ達は久しぶりにクリームシチューとサラダ、バゲットというしっかりした食事にありつくことができた。
ハリエットが離席していたおかげでジュリアも落ち着いて食事ができていた。


「少々時間はかかっていましたが、料理の味は文句の付け所がありませんね。おいしいです」

「ああ、城の料理よりも温かみを感じる」

「ここにうどんがあれば、かんっぺきだったのになあ~」

「いやいや、蕎麦っすよ」

「なんでもええけど、レーションよりウマーいからヨシ!」


それぞれに料理について語りながらも、なんだかんだ全員綺麗に平らげていた。
いくらレーションの腹持ちが良くても、温かい食事には完敗だろう。
食器をハリエットが全て下げ、
サラ達はソファにて一服していたところ、バン!と玄関の扉が勢いよく開いた。


「全く!話になりませんな!」


そう言いながら帰宅したゼルバは、荒々しく帽子と外套をコートハンガーに引っ掛けた。


「いったいどうしたって言うんだジジイ。お前らしくもない」

「これは失礼を。
ですがあまりにも村長と話がかみ合わず、何の成果も得られなかったのです…ふがいない」

「老師のお言葉でも届きませんでしたか…村長はどういった回答を?」


手袋や小物類を外しながら、ゼルバはリナリアの質問に眉をしかめて答える。


「うむ…。村長はニムエを排除するという断固たるお考えをお持ちでしてな…。
村としてニムエという存在が不要である、害であるとおっしゃっておいででしたな…」

「そんな!ニムエは何も悪いことしてへんのに!」

「その通りです!何の物証もなく確証もなく、村全体でニムエを悪者扱いなどと…あってはならんのです!」


拳を作った右手でゼルバが近場の壁をダンッと殴った。
よっぽど頭にくる内容だったらしく、ゼルバは奥歯をかみしめ憤りを隠せず震える。


「まあまあ旦那様、いちど腰を落ち着けてくださいまし」

「あ、ああ。そうだハリエット、夕餉の用意をしておいてくれまいか。
私はお客様に客間をご案内してくるとしよう」

「かしこまりました」


ハリエットが厨房に下がるのを見届けたゼルバは、ミネルヴァ達にこちらですと客間への案内を始める。
二階への階段を上ってトイレと浴室の場所を説明された後、ゼルバと共に一行は客間に入った。
客間は2部屋あり、各部屋に3人ずつ入ることになった。
部屋割りは無難にレニセロウスとカロラで分かれ
、サラはジュリア達の部屋に、パロマはミネルヴァ達の部屋に決まった。


「では、ゆっくりおくつろぎください。私は一番奥の私室におりますゆえ」

「わかった。何から何まですまないな」

「いえいえ。ああ、それと用心のために内鍵はしっかりとお頼み申し上げますぞ。
それからお嬢様、修理は今晩で終わらせますのでご安心を。
明日の朝いちばんにお届けしましょう」

「…ありがとう」


心から安堵したような息と一緒に漏れた感謝の言葉を聞いてゼルバは、ジュリアの頭をフード越しに優しく撫でた。
本当に思わず手が出てしまったのだろう、すぐにハッと我に返る。


「こ、これは失礼!愛らしゅうて、つい」


困り顔で頬を掻くその姿にサラは既視感を覚えた。
そういやミネルヴァも頭を撫でるのが癖づいていると言っていた。
もしやゼルバの影響で癖がうつってしまったのだろうかと考えると、微笑ましくて笑ってしまう。
ニヨニヨと口角の緩んだサラに気づいたミネルヴァにわき腹を小突かれたが、ゼルバには見えていなかったようだ。
では私も夕餉を頂くとしますかなと、言ってゼルバが1階に降りて行くのをサラ達は見送った。

話し込んでいたらもう時計の針は夜の7時を指していた。
ニムエの件は明日改めて話すことにし、サラ達はそれぞれの客室に入ってくつろぐことにした。
内鍵を閉め、カーテンも閉め切り、ワトーが部屋中のチェックをする。
カロラの宿屋でもあったお決まりの行動パターン。
一度経験したこととはいえ、サラにはまだ慣れない習慣だ。
ジュリアはゼルバを信じると言ったのに、これでは疑っているようだ。
少し心がモヤモヤとするサラだったが、あまり気にしないようにしてベッドにダイブする。
流石にミネルヴァのベッドと比べるなんて恐れ多い事は出来ないが、
自分のベッドよりも上等なモフモフ間をサラは感じ取っていた。


「ふやあ~、ゆっくり寝れそうやねえ~!」

「そうね。お風呂を頂いて、しっかり休みましょう」


そう言ってジュリアはパサリとフードを取り外した。
やっと見えたその横顔は花のような笑みを浮かべているが、どこか疲れの色が見える。


「そういえばあなた、レニャちゃんから何か引き出せたの?」

「ま~収穫は少ないっすね」

「え?お花で遊んでたんと違うん?」

「んなわけ無いでしょ~。だーれが好き好んで面倒な幼女の相手するんすか」

「あんなに懐かれとったのに!レニャちゃんの心を弄んだん?!ソバちゃん!」

「それで、数少ない収穫はなんなの?ソバちゃん」

「だからソバちゃんは…まあ、いいか。レニャちゃんがニムエとかなり仲良しです、以上!」

「…え、それだけ?」


ニムエと仲良しなのだろうことはレニャちゃんがぐずった時の台詞でなんとなく察していた。
次に遊ぶ約束をしているレニャちゃんにとって、ニムエは人間の友達と同じなのだろう。
そんな誰でもわかるようなことしか引き出せていないのかと言わんばかりに
ジュリアが目を細めてワトーをじっとりと見つめる。
その視線を受けたワトーは、慌てて頭の中の引き出しを開けまくる。


「あ、あとはまあ、お父さんが炭鉱夫でお兄ちゃんが出稼ぎに出てるとか?
今欲しいものはウサギのお人形で、お姉ちゃんのライナちゃんの誕生日が近いだとかっすね」

「そう。でもニムエと仲が良いのは使えそうね」

「使えるって…!そんな風に言ったらレニャちゃん可哀そうやん!」

「なら、あなたはこの村の問題をどう解決するの?
村人とのいざこざを何とかしない限り、ニムエはアルティナ様の石について取り合ってくれなさそうだったわ」

「うーん…」


ジュリアの言う通り、ニムエはアルティナ様の話について聞くと渋い顔をしていた。
村との確執があってそれどころではない様子も見せており、
心の余裕がほとんどない様子のニムエに無理強いする事は出来ない。
でも、だからと言ってレニャちゃんとニムエの中の良さを利用するというのは、何か違う気がしたのだ。
かと言って良い代替案が思いつくはずもなく、サラは頭を悩ませる。


「アホ毛がひねり出したって能天気な案しか出てこないんだから、さっさと休むっすよ」

「能天気ちゃうもん!」

「はいはい、そこまでよ」


その後、交代でお風呂に入ったサラ達は泥のように就寝した。



翌朝、身支度を終え1階に降りると何やら外が騒がしい。
何事かと思い、全員で屋敷の外に出てみれば、そこには村の男とゼルバが話していた。

「なぜそうなるのですかな?すぐにニムエのせいだと決めつけるのは早計ですぞ」

「アンタはニムエの肩を持つからそういうんだろうけどなァ。
俺の娘がいなくなったことはどう説明するってんだァ?レニャは湖に来たはずなんだ。間違いない」

「なんだ、何の話だ?」

「ああ、すみません早朝に…」


ゼルバの話によると、朝から押しかけてきているこの男性はレニャの父親のテオだそうだ。
なんでも、昨日の夜にレニャが家を抜け出して湖に行ったきり帰ってこなかったんだとか。
こっそり湖へ行くの、ニムエと遊ぶのと双子の姉、ライナに話して家を抜け出しているため間違いはない。
いつもなら0時までに帰ってきていたレニャが帰宅しないのは、ニムエがレニャを連れ去ったんだ。
そうテオは主張しているのだ。

「だが、ニムエにはまだ会える時間帯ではないのだろう?」

「そうだ。だから、陽が落ちかける逢魔が時に、俺ら村の男衆で湖に攻め入る。
ニムエを断罪してレニャを取り戻すんだ」

「待て待て、とにかく村へ行って探してみよう。単に迷子になっているだけかもしれんだろう?」

「ライナ様の言う通りですな。まずは村、そして村から湖までの道を捜索しましょうぞ」


ゼルバがライナ、と呼ぶとテオはミネルヴァに近づく。

「あ?ライナ様?あんたもライナってぇのか?」

「う、あ、ああ…まあな」

「随分名前とは違う男勝りに育ったもんだなァ!
うちのライナも『小さな天使』とは程遠い勝気な子になっちまったよ!」

「そ、そうか…まあ、元気なのはいいじゃあないか…」


ライナ、という名前が好きではないミネルヴァにとって苦手な話題だが、
何も知らないテオに当たる事は出来ない。
そこはミネルヴァもわきまえているらしく、淡白な言葉を返す。
それでもテオの口は止まらず、とてもうれしそうな顔をして話を続ける。

「親にしてみりゃあ、いつまでも小さな天使に変わりはないがなァ。
近所のガキに顔に似合わんとからかわれているようで、ちいと心が痛むもんさ」

「そうか…難しいな…」

「しかしなァ、俺ァ嫁さんがつけた名は最強だと思ってんだよ。
なんせカロラの姫と同じ名なんだぜ?名だたる戦姫に負けねェ強い天使になるってもんよォ!」

「……」


突然黙り込んだミネルヴァの前にリナリアがスッと入り込む。

「すみませんが、もうそろそろ行きませんか?もし娘さんに何かあれば大変です」

「そうだな!すまん姉ちゃん。
ライナの話は村であんまり出来ねェもんでよう。長くなって悪かったな。
だが、やっぱりライナってェ名の付く女は美人になるもんだな!うちの子の将来が楽しみだなァ!」


テオの親バカぶりに呆れたのか、それとも内容が内容だけに複雑な心境なのか、
ミネルヴァは彼からさりげなく距離を取った。
ライナの話ばかりするテオに、本当はレニャの事なんかどうでもいいのではないかとサラは不審に思い、
近くにいたパロマに小声で話しかける。

「なあ、このおっちゃんレニャちゃんの事どう思ってんねんやろ…ほんまに探してんのかな…」

「よく見なよアンポンタン。おっさんの左手」


そう言われて目視すれば、彼の左手は血がにじむほど強く握り拳を作っていた。


「よっぽど心配なんでしょ。だから敢えて姉の話にすり替えて自分の気を紛らわしてんじゃん?」

「そっか…」


ミネルヴァがテオから離れたことをきっかけに、テオの口数は極端に少なくなり、
どんどん湖から村に向けて歩く中でついには貝のように口を閉ざしてしまった。

湖の近辺と村と湖を繋ぐ道にレニャの姿は見当たらなかった。
残すは村の中のみ。

テオを引き連れて村に入るや否や、若い青年がライナを連れてこちらに駆けてきた。


「親父っ!レニャは…!」

「お父ちゃん!」

「…ゼルバのとこにはおらなんだ…。とりあえず、村の中を探す…」

「村はみんなで探し尽くした!わかってるだろ、親父…!」

「…ロルフ…」


ロルフと呼ばれたテオの息子は苦虫を嚙み潰したような顔をして、父親の胸倉から手を離す。
すでに村中に知れ渡っているのか、若い人手を駆使してロルフが村中を捜索したらしい。
単身湖に向かったテオの帰りを村人たちが待っていたらしく、村の入り口には人だかりができつつある。
レニャを心配する声に交じって、
ニムエが子供を連れ去ったに違いないと言ったり、魔力を吸われたのだと酷い言い分も聞こえる。
騒ぎがどんどん大きくなる中、
テオたち一家が悲嘆に暮れていると、後ろからしわがれた声がかかる。


「何じゃ朝から騒々しい」

「村長!」
「村長、とうとうニムエの奴がやりましたよ!」
「テオのとこのレニャちゃんを連れ去ったんだよ!」
「かわいいレニャが精霊のえさにされたんだ!」

「なに?レニャがなんじゃと?」


「だからっ!レニャがニムエに連れ去られたんだよ!!」


大勢で一斉に喋り出した村人の声に困惑する村長だったが、
ひときわ大きな声でロルフが簡潔に報告すると、村長は目を見開いて誰もが驚くようなセリフを言い放った。


「バカな、それはありえん…そんなことをニムエがするはずがない…!」

「…え?」
「村長…?」

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