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1章

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真っ暗な闇の中、
ボロ雑巾のような自分が血だまりに転がっている。




 ―どうして?―




今にもこと切れそうな自分に問いかけるも、
こちらの声は聞こえないらしい。




ああ、助けられなかった。



―なにを?―



どうか、………、すくわれますように。



―救う?―



もう何も映していないだろう瞳から、
一筋の涙が傷だらけの頬を這う。



あとひとつ、たりなかった。 



―足りない?―



………の、………ゆび、わ…… 



―指輪?―




何一つとしてわからない後悔の念を吐き出し終えたのか、
自分であったものは動かなくなった。
ああ、私は死ぬとこんな風なんだなと、
他人事のように考えている時だ。
自分が朽ち果てるのを待っていたのか、
誰かの声が高らかに響き、光があたりを包んだ。


「――っ!!」


ガバリと跳ね起きたサラ・エトワールの身体は、これ以上ないほどに汗ばみ、両手は痙攣していた。
変な夢を見た。それだけだ。
だが、体に残る感覚が現実味を帯びている。
自分が死ぬ間際の光景を、ただ見ていた。
夢の中の自分は、何を伝えたかったのか?


「…なんやったんやろう…」


鼓膜に張り付いて離れない言葉を、
とりあえず心の奥底にしまい、上半身のストレッチをする。
両手の痙攣は、いつの間にか止まっていた。
見慣れた自室は昨日散らかしたままで、
ベッド脇の窓からは朝日が差している。


「うへえ、パジャマ汗だく…」


独り言ちたサラは、いつもの服に着替える。
もう7時過ぎだ。
早く下に降りなければ、また弟に叱られてしまう。
指先をくるりと回せば、ベッドの乱れは整えられ、
パジャマの寝汗も消え失せた。

今となっては当然のように扱える『魔法』。
この世界『ティファトス』を創造した三女神が人間に与えた、大いなる力だ。
そしてサラが住む国、
『エデン』では魔法がなければ生活が不便になるほど、
人の日常に根差していた。


「姉さーん!!
いい加減起きないと、店開けられないよ~!!」

一階から弟の警告がサラの部屋に飛び込んだ。


「は~い!」


あくび交じりに返事をしておく。
何でもいいから答えておかないと、
後で朝ごはんの準備があーだこーだと煩いのだ。

歯磨きと洗顔を手早く済ませたら、
最後の仕上げと鏡台の前に座る。
脇下あたりまである亜麻色の髪をきゅ、
とポニーテールにまとめ上げた。
ぴょんと主張するアホ毛は協調性に欠けているが、
元気そうで何よりだ。
母譲りのオレンジの瞳に陰りはなく、
鏡の前で口角を上げてスマイル。
接客業なのだから、笑顔は大事だ。


「うん!今日も1日、元気にがんばりますか~!」


レンガ造りの我が家は2階建てである。
1階は主に魔法道具や雑貨、薬品を扱う魔法商店を開いており、2階がサラ達3兄弟の居住区だ。
訳あって父母は一緒に住んでいないが、
兄のオズワルドが優秀な魔導師であったため、今のところ生活に苦労はしていない。


「ミア~、あさごはーん!」

「姉さん遅いよ!パンが冷めちゃうだろ!」


1階の一番奥まった場所にあるせせこましいキッチンで、弟のミアはバターナイフを手にサラを一蹴する。
木製のテーブルセットにはトーストと、付け合わせのジャム、ヨーグルトがすでに用意されていた。サラはいつもの定位置に収まると、パンにジャムを塗って頬張る。


「作って置いとくだけでええのに~。魔法であっためるし」

「よく言うよ。料理系の魔法の火加減、へたっぴなくせに」


そう言いながらもお手製のカフェオレを出してくれるミアは、本当によくできた弟である。
料理などエトワール家の家事をすべて担っている。
勉強もしながら、アルバイトもして、弱冠13歳にして苦労性の主夫の完成だ。


「それはそうと、お兄ちゃんは?」

「起きてるはずないだろ~。兄さんにとっては今が深夜なんだ」

「ま~、昼夜逆転生活してるもんなあ~一人だけ」


ぐい、とカフェオレも飲み干し、空になった食器を流し台に置く。
蛇口近くの魔法陣に手をかざせば、スポンジが勝手に汚れた皿を洗い出す。


「あっ!ちょっと姉さん!
まだ食洗魔法使わないでよ、もったいない!」

「え?だってはよ洗って片づけた方がミア楽やろ?」

「心遣いはうれしいけど、全員の朝ごはんが済んでから一気に洗ってるんだよ。
その方が魔法使用料金安いんだ。次からは流し台に入れるだけでいいよ」

「うちの料金計算まで管理し始めたん?!
ほんまに主夫やな…」


エデンでは明かりや水を使うにも魔法を使う。
国の魔法局というところが国民の生活魔法使用料を1年単位で徴収しに来るのだ。
そういった国に支払う税金やらほかの料金系は、計算ごとに強いオズワルドが算出してやりくりしていたのだが、どうやらミアに託されたらしい。


「姉さんが、やらなすぎなんだよ。たまには料理してみる?」

「向いてへんからパス!私は依頼と店番で手いっぱいやもん」


そう、私は(自称)忙しいのだ。
9時から兄が起床してくる13時まで店番。
お昼休憩をはさんで、15時からは店に持ち込まれる依頼をこなしたり、近くの森へ魔法の練習をしに行ったりする。
日が落ちたら家に戻って、ミアのおいしい晩御飯をたらふく食べて眠るのだ。


「さてと!お兄ちゃんの商品補充できてるか、
確認してからオープン準備やな~!」


商品のラインナップと補充はオズワルドが考えており、それをサラが棚替えするのだ。
仕入れ先から店に入荷する商品もあるが、オズワルドが自ら作っている品もある。
特に高級な魔法薬や魔具は兄が作っている。
オズワルド曰く、私の調合の方が上質だから、だそうだ。


「兄さん、昨日はかなりの数のエクスポーション作ってたよ。あと、姿隠しの魔法札」


姿隠しの魔法札とは、文字通り、姿を一時的に隠せる魔法陣が描かれた円形のお札だ。
一般的には、強い魔物や群れとの戦闘を避けるために使ったりする。
姿を隠す魔法というのは、結構むずかしい術に分類されるので使えない人が多い。
そこで魔法商店は魔法を札という形にして、誰でも使えるように商品化しているのだ。


「姿隠し~?なんでやろ?最近そんなに魔物湧いてたっけ?」


オズワルドは情勢によって商品の陳列を変えるよう指示してくる。
姿隠しが必要になるような魔物が出たのだろうか?
強い魔物がエデン付近で出たことはないので、可能性としてあるならば群れだ。


「ううん。そんなのあれば噂になるし…。
まあ、教会に行くから、それとなく聞いてみるよ」

「んじゃ、よろしく~。気ぃつけて教会行くんやで~」


ミアにひらりと手を振り、台所を後にしたサラは店の方へと向かう。
午前8時、9時の開店までに店の掃除と陳列を済ませなければ。
まずはいつものように、レジ下に張り付けられたオズワルドからの伝言メモを見る。


『P:店頭、札:前棚、全体的に回復多めでヨロシク。あと補充しといてネ』


「えーと、ポーションが店頭で~…。
なんかやっぱり魔物来てんのかな??」


回復薬を多く並べるときは、魔物が多くなってきた時だ。
ということは今日持ち込まれる依頼内容によっては、断らないといけないかもしれない。
サラは兄と同じく魔導師だが、強いと豪語できるような技量は持ち合わせていない。
魔力自体は有り余るほど多く、そして強い。
しかし、攻撃魔法のコントロールが下手で手加減ができない。
日常的に使う補助魔法の操作に問題はないのに、魔物を攻撃するとなると上手く出来ないのだ。
魔物が必ず爆発四散するし、周りに建物があれば半壊する。
しかも回復系の魔法は相性が悪いのか、からっきしである。
ゆえに、サラは魔物討伐や薬草の採取は受けるが、
魔物の生け捕りや魔物の部位を採取する依頼などは断っている。


「昨日分の依頼は~…もうお兄ちゃんがこなしちゃったんか。
それじゃ、ちゃっちゃと補充終わらせんとな~」


兄が作ってくれた商品をサラは次々と魔法で動かしていく。
ある程度の補充や棚替えを終わらせ時計を見やると、開店時間5分前。


「あとは店回りの掃除して、看板出したらオッケーやな!」


商品在庫を置いている倉庫から、竹ぼうきと雑巾を取り出して店の外に出る。
『close』になっている札を『open』へとひっくり返し、店前の掃除を始める。


「ん~、今日もいい天気やな~!」

「ええ、ほんとうに」


サラが天を仰いでいると、後ろから声をかけられた。
振り向くと大聖堂騎士団の真っ白な隊服が目の前に飛び込んできた。
高身長の彼に合わせ、目線を上にやる。


「あっジェフさん!おはよう~!」


ジェフリー・カルヴェは兄の前職の同僚だ。

オズワルドが14の時に大聖堂魔導士団へ入隊し、同じく大聖堂を守る騎士団副団長のジェフリーと知り合ったのだ。
その後、あっという間にオズワルドが魔導師団の団長まで上り詰めてしまい、役職としては兄が上になった。
立場が変わってもなお、最年少で魔導師団の団長になった16歳の少年と、国一番の剣士である騎士団副団長は互いに意見し合う、良き友であり続けていた。

ただ、兄が二十歳になったのと同時に、だれにも相談せず突然、魔導師団を辞めて自宅で経営業を始めたのだ。
それ以降、一部の大聖堂関係者から睨まれるオズワルドを気遣ってか、ジェフさんはこうして店の様子と兄の様子を見に来るようになった。


「おはようございます。サラさん。
オズ…お兄さんはご在宅で?」

「家におるけど、爆睡中やで」

「ああ、家にいるならそれで良いんですよ。
また夕方辺りに伺います」

「なんか用やったら伝えとくけど??」

「いえ、大した用ではないんですよ。
ちょっと…最近のことで彼の見解を知りたいだけです」

「最近のことって…やっぱり魔物、増えてきてんの…?」


サラの問いかけにジェフリーは困ったように笑う。


「…詳しくはお伝え出来ませんが、外出は控えた方がよろしいかと」

「そっか~…」


おそらく上から口止めをされているのだろう。
それでも外が危険であるというならば魔物が増えているのは確実だ。
そんな折、大聖堂の鐘が午前9時を告げる。


「では、そろそろ警備の時間なので失礼しますね。
有り得ないことではありますが、万が一にも国の魔法結界が破られたら大聖堂へ退避してください」

「うん、そうする。ジェフさんもお仕事頑張ってな!」


大聖堂へ出勤するジェフリーの姿を見送ったサラは、掃除道具を抱えて店へ戻った。
道具をしまい、レジ前の椅子に腰を下ろした時だった。


「サラー!!」


どうやらサラに休息はないらしい。
鉄砲玉のように店に入ってきた少女は、
動かなければ可愛らしい宿屋の娘、フェリシア・バルベだ。


「ねえねえ副団長様と何を話していたのよ!
蜜月?蜜月なのね?!」

「何回も言ってるけど、ちゃうから!
ジェフさんはお兄ちゃんに用があっただけ!」

「なるほど!やっぱりそっち系の人なのね!!」


フェリシアは恋愛話が大好きで、
なんでもそっち方面に繋げたがる悪癖がある。
何もない藪をつつくだけで楽しめる良い趣味をお持ちで、
人生楽しそうだ。


「だから違うってば!も~!
暇つぶしに来たんやったら帰った帰った!」

「あら、お仕事持ってきたのにそんなこと言っていいの~?
サラちゃん」

「仕事って、もしかして依頼?
悪いけど内容によっては今は断るで」


先ほどジェフに忠告を受けたばかりなのだ。
外に出るような依頼は断るつもりでいるサラを前に、
フェリシアは臆することなくレジカウンター前の椅子に腰かけて話始める。


「まあ聞きなさいな。
今ね、うちの宿屋に珍しく上客が泊まっているの!」

「へえー良かったやん。」

「あからさまに興味なさげにしないでよっ!
その上客、女性の二人組なんだけどね?
お金を持ってないからって、すんごい豪華な宝石で支払ってきたのよ!」

「宝石で?本物なんそれ?騙されてない?」

「それはすぐわかったのよ、お父さんが対応したから」

「そういやフェリのお父さん、鑑定魔法持ちやったね」


宿屋の主人にしては珍しく鑑定魔法を扱えるフェリのお父さんは、元々鑑定士をしていた。
今の奥さんと出会って宿屋へ婿入りしたから、職を変えたのだ。


「とにかく宝石は本物だったから、一番良い部屋に案内したの。でもなんだかおかしくって…」

「おかしい?」

「一人がお嬢様って呼ばれていたから、
どこかの貴族の娘さんとその従者だと思うの。
でもその従者がたまにね?変な訛りがあるのよ。」

「旅客なんてそんなもんじゃないん?
エデンの人ちゃうんやから」


変な訛りと言われれば、サラの訛りもそれにあたる。
この方言は幼いころに居なくなった父母に代わり、
サラ達を育ててくれた老夫婦の訛りがうつったものだ。

特にサラ達が『おばあちゃん』と呼んでいたレイ・アンベールの訛りはひどく、幼いころからレイによく懐いていたサラは、
思い切り訛ってしまったのだ。
初めてフェリシアと出会った時は、
へんな言葉遣いとからかわれたものだが、
今となってはそこもサラの魅力と褒めてくれている。

もうサラも16歳、旅に出た父母は元気だろうかなんてぼんやり考えていると、一人で飽きもせず話し続けているフェリの声で現実に引き戻される。


「ちょっとサラ聞いてる?
さっきも言ったけど仮にも私、宿屋の娘よ?
いろんな国の言葉は勉強しているの!
でも本当に聞いたことない訛りで…それにね!
まだおかしなところは盛り沢山よ!」

「まだあんの~?」

「その二人組を見た別の宿に泊まってる冒険者さんがね、教えてくれたの!
あの二人は変身魔法を使ってるってね!」

「変身魔法ぅ~?」


変身魔法は自分の姿を一時的に変える高等魔法の一つだ。
しかしこれは人間が使える魔法ではない。
一般的には亜人や精霊、エルフの中でも極めて魔力の高いものしか扱えないのだ。
つまりその上客は少なくともヒトではない。
そんな得体の知れない客を友人の宿屋に泊めておくのは、
サラとしても気がかりである。


「とっにっかっく!うちの上客、二人組の素性を探ってほしい!これが依頼内容よ!」

「うーん…探れって言われても、どうしたら依頼達成になるん?それ」

「あ、じゃあ本名!
本名か出身国がわかったら達成でいいわ!」

「本名って、宿屋の記帳は偽名なん?」

「うん、たぶん偽名だと思う。特に従者さんの方は書き慣れてないのか、一回名字の綴り間違えたし。
自分の名前が書きなれないっておかしいでしょ?」


記帳をお願いした際に、お嬢様は慣れた手つきで『ジュリエット・ローズ』と、とても美しい字体で書いた。
それに比べて女従者の方はもたつきながら『ノア・ワイアー』と書いていたという。


「ほんま、ようそんな怪しさの塊みたいな客泊めてんなぁ~」

「最初はお父さんも渋ってたんだけど、宝石と一緒に渡された封書を見た途端に、丁重に扱えって言って泊めたの」

「その封書はなんやったん?」

「お父さんが持ってて見せてもらえなかったんだけど、
大聖堂の紋章は見えたわ」

そういえば今日の夕食はいらないと言われたから、
街に出るのかもねとフェリは続ける。


「なるほどねぇ~。ま、やるだけやってみるわ」

「受けてくれるの?!やった!ありがとうサラ~!」


フェリに右手をぐわしっと両手で掴まれ、
最上級の笑顔を向けられる。
そして仕事があるからと、
さっさと出て行ってしまうフェリを見て、いいように使われているなあとサラは実感してしまった。


「は~!フェリの話長かった~。
さあて真面目に店番するか~」


それからは普段よりも少し多めの来客をこなし、
回復薬が飛ぶように売れた。
オズワルドの指示通りに売れているのが少し怖いものの、
売り上げが伸びるのはうれしいことだ。
品薄になった店頭在庫を補充しながら、
次々に来る客をさばいていく。


「いやあ、このお店は品ぞろえがいいね。
回復薬の在庫も多くて助かるよ」

「リブラの村じゃ、もう売り切れだったからなあ」

「え、そんなに?」

「ああ。この辺にもセントレードの魔物が移動してきてるみたいだしね」

「おい!それは…!」

「セントレードの魔物?」

「えーと、魔物の生態系が乱れてきてるんだ!
でもすぐに収まるはずだよ!」

「じゃ、じゃあね!ありがとう!」

「…ありがとうございました~…」


明らかに動揺してごまかして出て行った流れ者の冒険者たちは、気になる言葉をサラの耳に残していった。


「セントレードの魔物…あの国で何があったんやろ…」

「サラちゃーん、スマイル忘れてるよ~」

「へっ?!あっお兄ちゃん!おはよ!」

「おはよ、サラちゃん」


大きなあくびをしながら店に顔を出したのは、やっとお目覚めになった兄のオズワルドである。
今まさに起きたばかりなのだろう。
髪の毛は寝ぐせだらけで、昨日着たまま寝たのが丸わかりなワイシャツは絞り加工でも施したのかと思う程、しわっしわだ。


「もーお兄ちゃんくっさい!はよお風呂入ってきて!」

「ひどいっ!寝る間も惜しんでポーション作ったのに!
お兄ちゃん頑張ったのに!」

「ハイハイえらいえらい!
だからはよお風呂入ってシャキッとしてきて!」

「うう…サラちゃんもミアと同じこと言う…」


サラに怒られ、しょぼくれた兄はノロノロとお風呂場へ向かっていった。


「まぁーったく…調合と魔法はカンペキなのに、
自分のこととはてんでダメなんやから…」


朝は弱い、家事はもちろんできない、
もう21で良い歳なのに彼女の一人も作れないコミュ障で、
シスコンのブラコンで、趣味は調合の引きこもり。
改めて兄の将来が不安である。
魔導師団長をしていた頃がエデンで一番モテていたのではなかろうか?

兄の考えることはさっぱりわからないし、
3兄弟各々好き勝手しているので、
職業を変えたことには口出ししない。
師団長の時に比べると兄の稼ぎは少なくなったが、
今はサラもミアもバイトができる年齢なので、
兄弟全体で見れば収入は多くなっている。
これでサラが魔導師として就職できれば、
ミアを学校に行かせられるかもしれない。

ミアは優秀だ。
魔力は人並みだが、知識量でいうなればサラより多いだろう。
国の制度で今は無償の教育を教会で受けられるが、
それも15歳まで。
来年ミアは教会学校を卒業し、仕事を決めないといけない。


「独り立ちって、どんくらいかかるんかなあ~…」

「魔法のコントロールできない子にはまだ早いかな~」

「うわっ!?」


ため息交じりの独り言に、思わぬ返答がかえってきてサラはのけぞる。


「盗み聞きせんといてよ、お兄ちゃんのえっち!」

「えっち?!独り言聞いただけでえっちだなんて…。
そんな…太ももお触りしたらどうなっちゃうんだよサラちゃん!!」

「捕まれ変態!!毎日毎日太もも太ももキモイねん!
そんなに太もも好きなんやったら太ももと結婚しいや!」

「えっサラちゃんの太ももと結婚?!
だ、だめだよサラちゃん!
お兄さんとサラちゃんは兄妹、なんだからサ…」

「はあ…もうええわ…店番交代して…」


レジカウンターから出て、
太ももをねっとり見つめる気持ち悪い兄と交代する。
兄がどうして太ももフェチになったのかは知りたくもないが、
毎日こうも妹の太ももを舐めまわすように見てくるのは、
倫理的にいかがなものかとサラは思う。


「あ、そういえば朝にジェフさん来たで。
午後に出直すって言ってた」

「またか…。ジェフもしつこいな…」

「大聖堂に戻って来いって話?」

「いや、それにジェフは嚙んでないよ。違う厄介ごとさ」


眉をひそめて難しい顔をするオズワルドの雰囲気から察するに、サラが聞いたところで理解できない話なのだろう。
気にはなるが、
ジェフさんと兄の人間関係は程よくこじれている。
前にサラが仲を取り持とうとして動いてみたら、初心者向けの知恵の輪みたいな関係が、上級者向けに進化していた。
その前科もあって、しばらくおせっかいは焼かないと、
サラは心に決めたのだ。


「んじゃ、午後の当番がんばれ~。私は依頼こなしてくる~」


そう兄に言い残し、
ミアが作り置きしてくれているであろうお昼ご飯を頂きに、
店から居住区へ引っ込もうとサラは歩を進める。


「依頼?サラちゃん待って!外には行っちゃだめだよ!」

「だーいじょうぶ。
町の中でできる依頼だから!まっかせといて~!」

「もし何かあればジェフのとこ行くんだよ!!」

「はいはーい」


適当に生返事をしてスタスタと廊下を歩く。
台所に向かえばいつも通り、
テーブルにお昼御飯が置いてあった。
サラはハムとチーズのサンドイッチにかじりつきながら、
依頼をどうこなすか考えていた。


「とりあえず、宿屋周りの聞き込みからやな~」


今朝ミアに言われた通り、流し台に食器を置く。
いったん二階の自室に戻って、
オズワルドのお下がりの杖を手にした。
魔導師団に入ったばかりの兄が大聖堂から支給された70センチ程度の銀の長杖で、先端には手のひら程の魔石が緑色に輝いている。サラは正直、この杖があまり好みではない。

早く自分の杖を鍛冶屋に作ってもらうか、
買うかしたいところだが、なんせ武器は高い。
エデンが武器をほとんど輸入に頼っているというのもあって、特に高級品扱いされている。


「この杖と魔力の波長、全然合わんねんな~。早くお金貯めて新調しよーっと」


今月のバイト代と店番で割当られる兄からのお小遣いを足せば、多少マシな杖が買えるはずだ。
その為にも依頼達成数を伸ばして、兄にいいところを見せつけておきたい。
つまりだ、フェリの依頼は何としてでも達成しなければならない。


「まずは、おばちゃんからやな!」


台所の裏口から家を出て、最初に向かったのは宿屋の隣にある八百屋。
ここの八百屋の奥さんはエデン一、耳が早いらしい。
なにか情報を知りたいなら八百屋のカミラおばさんと噴水広場のボブ爺さんに聞けと、以前ミアに教えてもらった。
ミアは3兄弟の中でも世渡りが上手で大人からのウケがとても良い。
そのせいか、オズワルドも知らないような下町事情をミアが知っていたりする。


「おばちゃーん!」

「あらサラちゃん、今日も元気ねえ~」

「ね、おばちゃん!
最近宿屋に泊まりに来た二人組の話、なんか噂になってない?」

「宿屋の二人組?
ああー噂にはなっているけどね、大したもんじゃあないよ」

「ちょっとでも情報欲しいねん!何でもいいから聞かせて!」


サラがおねがーいと懇願すると、カミラおばさんは口を開く。


「そうかい?本当に大した話じゃなくてねえ…。
二人組のうちの一人…多分従者の方がね、
エイダの食堂に来て『ソバ』はないかって聞いてきたんだとさ」

「ソバ??何それ?」

「あたしたちもサッパリでねえ~。
多分食べ物か、料理名なんだろうけどねえ…。
フェリちゃんに聞いたら、二人の名前はセントレードの名のようだって言うじゃないか。
それで道具屋のコンラッドに聞いてみたんだけど、そんな変なモンは祖国に無ェ!の一点張りでさ」


道具屋のコンラッドおじさんは生まれも育ちもセントレードだが、奥さんとの結婚を機にエデンに越してきた人だ。
そのおじさんが知らない食べ物なら、やはり二人組はセントレードの偽名を使っている。
変身魔法の話は本当かわからないが、少なくとも偽名を使うような不審者で間違いない。


「なるほどね~…わかった!ありがとおばちゃん!
ついでやし、このリンゴもらうわ」

「毎度!ミアちゃんにもよろしくね!」


情報を貰ったお礼もかねてリンゴを3つ買い、
サラは八百屋から噴水広場へと歩き出す。
エデンの最東にある大聖堂と最西にある正門をつなぐメインストリート。
その大通りの丁度真ん中にあるのが噴水広場だ。
ちなみにサラ達の店は正門寄りに面しているが、
広場も遠めに見える距離なので、ほぼ中央ともいえる。
リンゴの入った袋をぶら下げて5分も歩けば、噴水広場だ。
ミアに聞いている噴水広場のボブ爺さんは、露天商らしい。
広場での商いは禁止されているので、コッソリ風呂敷を広げては、騎士団が来たら風のように逃げるんだとか。
だいたい噴水広場にいるのだが、今日は別のところかもしれない。


「私、ボブじいの居場所いまいち掴まれへんのよね~。
今日はどこにおるんやろ…」


広場をきょろきょろと見回しているとちょうど教会の鐘が鳴り、扉が開かれた。
一斉に子供たちが外へ飛び出して、神父様にさよならを告げている。
最後に出てきた神父と話し込んでいる少年の後姿をサラはよーく知っている。


「ミア―!」

「わっ!?姉さん?!驚かさないでよ!」


ぎゅむっと後ろから抱き付いてやれば、ミアは慌ててサラを引っぺがす。
そんな様子を見た神父様は慈愛に満ちた表情で、笑い皺を深くして微笑む。


「おやおや、お姉さんのお迎えが来たねミア」

「そ、そんなんじゃないですよ!たまたまです!」

「えー?ほんまはうれしいんとちゃうん~?」

「あーもう、行くよ姉さん!!
すみません神父様、また明日!」


姉の抱擁が恥ずかしいお年頃のミアが、サラを引っ張って教会から離れる。


「で、何なの姉さん」

「そんな恨んだらかわいくないで~」

「僕は男なんだよ!かわいいとか嬉しくない」


ミアがぷく、と頬を膨らませてむくれる。
本人は否定するが、残念ながらミアは女顔である。
それも、そんじょそこらの女の子より断然かわいらしい顔立ちだ。
あまりにかわいかったせいで、性別を確認する前に女の子の名前を名付けられてしまったのだ。
名前と顔のせいもあり、ミアの幼少期は完全に女の子だった。
周りの大人がミアの容姿をあまりに褒めるから、
弟自慢をしたくなったお調子者の兄と姉は、ミアを可愛いともてはやしてきた。
しかし、最近は反抗期も来ているのか、
この話題でおちょくると拗ねたり、機嫌が悪くなったりする。
そんな姿も可愛くて、つい調子づいてしまうこともあるが何事もやりすぎは良くない。


「ハイハイ、かっこいいかっこいい」

「…せっかく姉さんが喜びそうな情報、仕入れたのに…」

「えっ情報?!なになに~?」

「もう、可愛いって言わない?」

「言わない言わない!ミア君はかっこいいぞ~!」


ジトっと見定めるような瞳で見てくる弟に、サラは必死で胡麻をする。
もしかしたら今サラが欲しい情報かもしれない。この依頼は絶対に明日までにこなしたいのだ。

「…まあいいよ。
その代わりこのリンゴを対価に貰おうかな。」

「リンゴ?もともとお土産に買っただけやから、別にええよ」


がさりと紙袋に入ったリンゴを手渡すと、ミアがほくほくとした笑みを浮かべる。
そういや今はケーキ作りがマイブームなんだった。
明日辺りアップルパイかタルトタタンが出てきそうな気配を察知した。
あーでも、うさぎさんリンゴでも食べたい。
悩ましいぞリンゴ…とサラが脳内でよだれを垂らしていると、ミアの呼びかけで我に返る。


「―姉さんってば!もう、急にぼんやりするんだから」

「ごめんごめん、おやつに思い馳せてた」

「何を作るかは僕の気分次第だよ。
それで情報なんだけどね、今日は大聖堂に来賓が来てるんだって」

「来賓?どっかの国のお偉いさんってこと?」

「そうだね、警備の厚さから推測するに…多分、公爵クラスの重鎮か王族の末席かな」

「ふうん…おっけ、ありがと!
私もうちょっと依頼調査していくわ!」

「あっ、ちょっ姉さんっ!?」


19時までには戻ってよ~!というミアの声を背中で聞きつつ、サラは大聖堂へ走る。
もう夕暮れだ。晩御飯はマスト案件だから、自由時間は残り3時間といったところか。

大聖堂周辺はいわゆる高級住宅地だ。
裕福な人たちや大聖堂関係者、騎士団と魔導師団の宿舎がある。ここに来ると自分の場違いさと庶民具合をひしひしと感じるので、あまり長居はしたくないところだ。


「うわあ~…見るからに入れてくれなさそ~」


大聖堂に続く、長く幅の広い階段に等間隔で4人の槍騎士が両脇に配置されている。
階段を無事に登り切ったとしても、やたら重厚な白磁の大扉を守る屈強な騎士を言いくるめるなんて、到底できる気がしない。どうせ裏口も固められているに違いない。
ここまで警備がガッチガチだと思わなかったサラは、途方に暮れる。
散歩を装いつつ大聖堂を横目に、噴水広場へ引き返そうとした時、あるものを見かけた。


「もしかして…!」


住宅街の裏道に足を向け、噴水広場へ続く狭い路地に入る。
そこを彼の人は歩いていた。


「ボブ爺ちゃん!」

「ハァー?おんやサラかえ」


紺色のローブを着た小柄な老人が振り向く。
露天商のわりに身一つなのは、ボブ爺さんが空間魔法の使い手だからだ。
空間魔法とは、自分の魔力で出し入れ可能な空間を作り出し、そこに物を収納する魔法のことだ。
この魔法は習うものではない。生まれ持った稀有な才能、神からの贈り物だ。
まあ、サラは去年オズワルドから似たような効果の魔具を貰ったので、全然羨ましくない。
楽そうだな~と心の隅では思うが、今はそんなことより情報だ。


「ボブ爺ちゃん、大聖堂にコッソリ入る方法知らん?!」

「なんじゃあ藪から棒に。
礼儀のない子に教える義理はあるまいて」


眉山を剣山のようにして怒ると、ボブ爺さんはその場を立ち去ろうとする。
ここで逃してなるものか。サラには秘策があった。
絶対にボブ爺さんが食いつくネタを、常に持ち歩いているのだから。


「ごめんなさい!急いででつい…。
あ、そうだ!ボブ爺ちゃん取引しよ」

「ふむ取引とな。露天商相手に言いよるな。聞こうか」


案の定乗ってきた。
サラは自らが持っていた杖を地面にドスッと突き刺す。


「この杖あげるから情報ちょーだい!」

「おや、いいのかい?
今までずっと儂の交換を断っておったというに」

「新しいの買う算段が付いたから、もうええんよ」

「なるほど…良かろう。
正直な所、その杖は喉から手が出るほど欲しい代物じゃて」


そう言ってボブ爺さんは地面に突き立てられた杖を引き抜く。
空間魔法でするりと杖をしまい込み、さて、とボブ爺さんがサラに向き直る。


「大聖堂に入る方法、じゃったな」

「うん。しかもコッソリと」

「ふぇっふぇっふぇっ。簡単すぎてあくびが出るのう。
サラよ、奴さんの裏手に生い茂るケヤキを知っておるかの」

「ああ、なんか樹齢ウン年の木やろ?」


大聖堂の裏手には、歴代の教皇様が守護大樹として祀っているケヤキの大木がある。
眉唾物だがあの大樹には精霊が宿っているらしい。
そんな魔力は一ミリたりとも感じないが。


「それに登れ。
あの大木は大聖堂の屋根に降りるのにちょうどよい」

「登るって…大聖堂の裏口から丸見えやんそれ!
登る前に捕まるで」

「捕まりはせん。今日は裏口の警備兵がおらぬ。
来賓が希望したのだとか…変わり者よのう」

「え、そうなん?…まあええわ、それで?
屋根に降りれても中に入れんかったら意味ないで」

「避雷針近くの瓦が数枚緩んでおる。
それを外せば中に入れるさね。
儂が作った抜け道じゃ、梁の上に上手く潜めるじゃろうて」

「避雷針の近くか…おっし!時間ないし行ってくるわ!ありがとうボブ爺ちゃん!」


ボブ爺さんに別れを告げたサラは大聖堂の裏に回り、ケヤキの大木の下に来た。


「ほんまに裏口の警備おらん…よし!潜入開始やな!」


ケヤキの大木を何とかよじ登り、大聖堂の屋根を見やる。
ボブ爺さんの言う通り、飛び降りるだけで着地は容易そうだ。
比較的足場のよさそうな太い枝に移り、真上にある枝の強度を手で引っ張って確認する。
この枝なら多少無理がききそうだ。
さすが何百年も生えている先輩、頼りになる。
枝を両手で持ち、勢いをつけてしっかり片流れ屋根の上へ着地する。


「よっ、と」


腰を低く落とし、避雷針の元へゆっくり歩く。
避雷針に触れないようにその根元の瓦を慎重に持ち上げれば、簡単に取り外すことができた。
心の中でガッツポーズをしたサラは、順調に瓦を取り外していくと、下地材や野地板に魔法札が施されている箇所が出てきた。


「なるほどね~。
水弾きの札で屋根のサポートはしてるってことか」


ぺりぺりと魔法札を丁寧にはがすと、魔法が解け、人一人が通れるほどの穴が口を開けた。
単純に屋根に穴をあけてしまうと、雨漏りを起こしてすぐに抜け道がばれてしまう。
そこでボブ爺さんは屋根瓦の下に水弾きの札を敷いて、雨水を室内に入れないよう屋根の補助を置いたのだろう。
しかもご丁寧に幻惑魔法の札も使い、入り口を隠していた。


「念の入りようがすごいな。さすが年の功って感じやな」


入ってきた場所を元通りに直してから、サラは太い梁の上を静かに進み始める。
時に梁から梁へ移動しながら、人の気配がする方へ向かう。


「うそやん、ここ石造りなん?」


大聖堂の屋根の作りがこんな複雑だとは思わなかった。
木造だったのは途中まで。
普段見ていた大聖堂の天井は石造り。
これでは下に降りることもできない。


「しゃあないな…聞き耳マックスで行くしかないか」


サラは腰のポシェットに手をやり、中からトランプカードを出す。
これは『ストックトランプ』といい、オズワルドがサラの誕生日プレゼントにと去年作ってくれたものだ。
ストックトランプは、通常のトランプの絵柄が書いてある方に魔法陣がある。
この魔法陣の上に物を乗せ、魔力を注ぐと置いたものが絵柄になってカードの中に収納されるのだ。
出すときはトランプの背に移動した魔法陣に魔力を注いで、軽くカードを振るだけ。
ただし、このカードはトランプ同様に全部で52枚。
その数だけ物を収納できるが、生き物や常に動いているものは収納できない。


「あったあった、これこれ」


ピ、とカードを出し、魔力を注いで振る。
カードからごとりと出てきたのは20センチほどの小ぶりな杖。
大昔にサラが使っていた子供用の杖である。
今となっては魔力の大きさと杖の許容量がかみ合わず使い物にならないが、初級魔法くらいならばサラの魔力にぎりぎり耐えられる。


《エクステンション・イーヴスドラップ》


サラの詠唱に応え、杖が淡く光る。するとサラの耳に次々と音が入ってきた。
盗み聞きの魔法。イーヴスドラップの広範囲版。
大聖堂の中に限定したものの、騎士の喋り声や生活音、様々な声が混ざり合う。
おっさんや若者の声がサラの耳を蹂躙する中、一つだけ高いソプラノが聞こえた。
サラがその声を傍聴することに魔法を集中すると、はっきりと会話が聞こえてきた。


『―ですから、一時でよいのです。お貸しいただけませんか』

『できぬご相談ですな、あの杖はわがエデンの宝。簡単に渡せますまい』

『ではレニセロウスに滅びよとおっしゃるのですか!』


(レニセロウス?えーどこやっけ…私仕入れ先のある国しかわからんって~)


サラは地理に疎い。今まで自分の生活において必要な情報しか興味を示さなかったからだ。
お店で仕入れがあるか発注がよくあるような、
例えば、隣国のセントレードの地域名などは把握している。
だが、それ以外の国は知識ゼロだ。新聞を読んだりもしないので政治のこともわからない。
かろうじてわかるのは自国の内情くらい。
せめてどこら辺の国か思い出せないかと、朧気どころか蜃気楼と霧が同時にかかったような脳内の地図で探ったが、残念ながらサラ的には幻の大地だったようだ。
そういえばこの女性と対話しているのは誰なんだろう、とサラは耳を澄ませる。


『そうは申しておりませんよ。
あなた様のご身分は証明いただいておりますし、次期女王候補の姫君の願いは聞き入れたい所存』

『ならー『しかし、それでは解決になりませぬぞ姫。
レニセロウスをアルティナ様の杖で救ったとして、
ではセントレードはどうなさるおつもりで?』

『そ、それは我が国と症状が違いますので、
調査にあたりー『また、アルティナ様の杖が必要になるのでは?
それに、杖をお貸ししている間にエデンが攻め込まれる危険性もあります』

『確かにその可能性は否めません。
しかしトラヴァス教皇、エデンは魔法防壁結界の張り巡らされた世界有数の魔法国家。
魔法で攻め入られている事象に対しては一番の砦であり難攻不落の国でありましょう』


(姫って言ったな…レニセロウスって国のお姫様が教皇様にアルティナ様の杖?
っていうのを貸してほしいってお願いしにきてるってことか。
それにしてもなんや物騒な話してんなあ~…エデンが攻め込まれるってどういうこと??)


『エデンが賊の攻撃に耐えられると?私はそうは思いませんな』

『あなたは国と民の力を信じておられないのですか?!』

『ご存じないでしょうから申し上げます。
現在、エデン全体の結界を保ち修復できる魔導師は5名です。
私を含め、たったの5名。
それでもエデンに杖を手放せとおっしゃるか?』

『5名、ですか…そんな…』

『名を上げましょうか?
まず私、教皇トラヴァス・エルランジェ。
そして東教区長イーデン・ベロム、
西教区長ユリシーズ・カルヴェ。
南教区長アリスター・デュリュイ、
北教区長エドマンド・オリオール。
以上5名のうち2名が命を落とせばこの国の結界は崩れます』


(教区長さんってそんなすごい人やったんか!
ぼんやりしたおじいちゃん集団やなかったんやな…。
それにしてもお姫さんはなんでアルティナ様の杖が欲しいんやろ…)


『では…祖国は、祖国はどうすれば…民を救えぬのですか…私は…!』

『レニセロウスの姫よ、お心はお察しする。
だが今や他国より自国、明日は我が身と考えてしまうほどの闇が押し迫ってきている。
いくら世界各国の王が会議を開こうと、
あれに立ち向かうにはアルティナ様がご復活なさる以外に方法はあるまい』

『アルティナ様の復活…そんな無茶な…』

『教皇様、そろそろお時間です』


(この声、ジェフさん?!そっか、騎士副団長だから教皇様の護衛してるんや)


『もう時間か、すまない姫君。話はここまでだ。
せめてレニセロウス国の民へ、アルティナ様のご加護がありますようお祈り申し上げる』

『…はい、お目通りありがとうございました、トラヴァス教皇』

『姫君のお帰りである。裏口を開け。
姫、本当に護衛は宜しいので?』

『目立ちたくはないのです。それに従者もおりますので』

『さようですか、ではどうか道中お気をつけて』

『ええ、ありがとう』


(え、やば!裏口から出ていくつもりや!
私もはよ外に出んと尾行できひん!)


盗み聞きの魔法もちょうど限界だ。
サラは来た道を手早く戻り、屋根の上から裏口の方を観察する。


「あれ、もう出て行っちゃったかな…入れ違い?
従者の声は聞いてないから、お姫さんがしゃべらんと特定できんのよね~…」


きょろきょろと裏口から入れる路地や細道、怪しげな二人組はいないか探すも見当たらない。
いつの間にか辺りは暗く、街灯がつき始めている。


「うわーもう19時前か!はよ帰らな…うわっ!?」


東教区の尖塔にある大時計を見ていたサラの足元から顔にかけて風が走り抜ける。


「なに今の風~。下から吹き上がってきて…んん?」


下から吹き上がる風、自然現象としてなくはないだろう。
だがその風が民家の屋根を伝い、一直線に宿屋に向かっているのをサラは見てしまった。

「ビンゴ」
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