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ヌーッティ、日本へ行く!<前編>
1.序章
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これはアキがまだ夏休みの頃の話。
アキの母と妹と母方の祖母は日本で暮らしている。
アキが父の仕事の関係でフィンランドへやってくる前、アキたちは母たちと一緒に神奈川県の平塚市で一緒に暮らしていた。
アキの父は長期休暇のたびに日本へ行っていたが、アキはフィンランドへ来てからまだ一度も日本へ戻っていなかった。
理由はいくつかあるが、その中でもアキを悩ませたのがヌーッティとトゥーリをどうするか、であった。
日本へ連れて行くことも考えたが、長いフライト時間、ヌーッティがじっと黙って過ごしていられるのか疑問であった――否、無理なことであった。
たとえ、トゥーリがヌーッティをたしなめても、トゥーリはプロレス技をヌーッティに仕掛けて事態の沈静化を図るため、どう考えてもトラブル発生は避けられないと考えていた。
だが、友人のハンナへ預けるのもどうかと考えあぐねていた。また、幼馴染でフィンランドの大学に通っている健に預けようかと考えもした。けれども、
「トラブルはお断りします」
にこやかに健に断られていたのであった。
そして、腹を括ったアキは、ヌーッティとトゥーリを日本へ連れて行くことにしたのであった。
こうして、アキはヌーッティとトゥーリと共に、日本へ一時帰省することとなったのである。
飛行機が離陸してから数時間後。
機内食が片付けられ、しばらく経つと、アキは膝の上に乗せていたぬいぐるみに扮するヌーッティとトゥーリの頭をぽんと軽く撫でた。
周囲をちらりと見回し、他の乗客がそれぞれに過ごし始めているのを確認すると、アキは声をできるだけ小さくし、
「これから、ふたりのお菓子と飲み物を取ってくるから、椅子の上で大人しく待ってるんだぞ」
アキはヌーッティとトゥーリをそっと椅子に置くと、後方のギャレーへと向かった。
幸いかな、窓側の席に座るアキの左側の席は空席で、ヌーッティとトゥーリが多少動いても問題なかった。通路へ出るのも他人を気遣うことなく出られたので、アキにとっては快適であった。
なお、父はビジネスクラスの席に座っていた。
当初、アキの席もビジネスクラスだったのだが、ヌーッティとトゥーリもいることから、エコノミーの、それも後方の席に変えてもらったのである。
アキはギャレーに行くと、スナック菓子三つとぶどうのジュース二つをコップに入れ、席へ戻った。
ヌーッティとトゥーリは動くことなくじっと待っていた。
「もう大丈夫だよ」
アキのひとことでふたりは大きく腕を上げて伸びた。
「ぬいぐるみ役も疲れるヌー」
ヌーッティはストレッチし、トゥーリはアキが座るのを見越して、ひょいっとアームレストの上に飛び乗った。ヌーッティも後を追うように肘掛けによじ登った。
アキは座席に座るとテーブルを出して、お菓子とジュースを乗せた。
「食べていいヌー?」
輝く目でアキを見上げるヌーッティはよだれが垂れていた。
「いいよ。ふたりのだから。お菓子はひとり一袋ずつで」
ヌーッティとトゥーリはテーブルの上に乗るとカップを持って乾杯し、勢いよく食べ始めた。
「ギャレーが近くで良かったよ」
アキはカップに入ったお茶をひとくちすすった。
「ギャレーって何?」
トゥーリはスナック菓子を食べながらアキに尋ねた。
「お菓子や飲み物が置いてあるところだよ」
その言葉に敏感に反応したのはヌーッティであった。ヌーッティの目が光り輝いた。
「食べ放題ヌー?」
「食べ放題ってわけじゃないけど、自由に持ってこられるんだよ」
自由にお菓子とジュースを持ってこられる、すなわち食べ放題――ヌーッティは脳内でそう変換した。
おやつを食べ終えたトゥーリとアキは眠たくなり、目をしぱしぱさせた。
「先に寝るから、寝ている間にいたずらしちゃだめだぞ……」
言い終えるが早いか、アキはこっくりと寝入ってしまった。
満腹になったトゥーリもテーブルの上で寝そべり、あくびをひとつするとすやりと眠った。
他方、ヌーッティは眠くなかった。そして、ちらりと、後方のギャレーのほうを窺った。
ヌーッティはアキたちを見た。ぐっすりと眠っている。
それから、ギャレーを見た。そして、ヌーッティは通路に下りると、ギャレーへと入っていったのであった。
数時間後。
アキは機内アナウンスで目が覚めた。
見れば、テーブルの上にトゥーリとお菓子まみれのヌーッティが横になり眠っていた。
機内で大人しくしていたヌーッティとトゥーリを見て、アキはほっと安堵した。
アキは正面のモニターで今どのあたりを飛んでいるのかと、あとどのくらいで日本に着くのかを確認した。そのときであった。
「大変! ギャレーのお菓子が一つもない!」
キャビンアテンダントの小さな声をアキは聞き逃さなかった。
そして、少し腰を浮かせて後方を見ると、数人のキャビンアテンダントがギャレーに集まっていた。
嫌な予感しかしなかった。
アキははっとし、寝ているヌーッティを見た。
どうして、お菓子の食べかすまみれになっているのか。その答えはすぐに出た。
――ヌーッティだ!
アキの中で、ギャレーのお菓子をすべてなくした犯人が浮かび上がった。
ヌーッティであった。
ひとまず、この問題は日本到着まで持ち越そうと、アキは決めた。
すやすやと眠っているヌーッティを見つめるアキは不安のような、心配を孕んだ表情であった。
日本ではトラブルが起きませんように。
アキは心のなかで小さく祈った。
こうして、ヌーッティとトゥーリの日本への旅が始まるのであった。
アキの母と妹と母方の祖母は日本で暮らしている。
アキが父の仕事の関係でフィンランドへやってくる前、アキたちは母たちと一緒に神奈川県の平塚市で一緒に暮らしていた。
アキの父は長期休暇のたびに日本へ行っていたが、アキはフィンランドへ来てからまだ一度も日本へ戻っていなかった。
理由はいくつかあるが、その中でもアキを悩ませたのがヌーッティとトゥーリをどうするか、であった。
日本へ連れて行くことも考えたが、長いフライト時間、ヌーッティがじっと黙って過ごしていられるのか疑問であった――否、無理なことであった。
たとえ、トゥーリがヌーッティをたしなめても、トゥーリはプロレス技をヌーッティに仕掛けて事態の沈静化を図るため、どう考えてもトラブル発生は避けられないと考えていた。
だが、友人のハンナへ預けるのもどうかと考えあぐねていた。また、幼馴染でフィンランドの大学に通っている健に預けようかと考えもした。けれども、
「トラブルはお断りします」
にこやかに健に断られていたのであった。
そして、腹を括ったアキは、ヌーッティとトゥーリを日本へ連れて行くことにしたのであった。
こうして、アキはヌーッティとトゥーリと共に、日本へ一時帰省することとなったのである。
飛行機が離陸してから数時間後。
機内食が片付けられ、しばらく経つと、アキは膝の上に乗せていたぬいぐるみに扮するヌーッティとトゥーリの頭をぽんと軽く撫でた。
周囲をちらりと見回し、他の乗客がそれぞれに過ごし始めているのを確認すると、アキは声をできるだけ小さくし、
「これから、ふたりのお菓子と飲み物を取ってくるから、椅子の上で大人しく待ってるんだぞ」
アキはヌーッティとトゥーリをそっと椅子に置くと、後方のギャレーへと向かった。
幸いかな、窓側の席に座るアキの左側の席は空席で、ヌーッティとトゥーリが多少動いても問題なかった。通路へ出るのも他人を気遣うことなく出られたので、アキにとっては快適であった。
なお、父はビジネスクラスの席に座っていた。
当初、アキの席もビジネスクラスだったのだが、ヌーッティとトゥーリもいることから、エコノミーの、それも後方の席に変えてもらったのである。
アキはギャレーに行くと、スナック菓子三つとぶどうのジュース二つをコップに入れ、席へ戻った。
ヌーッティとトゥーリは動くことなくじっと待っていた。
「もう大丈夫だよ」
アキのひとことでふたりは大きく腕を上げて伸びた。
「ぬいぐるみ役も疲れるヌー」
ヌーッティはストレッチし、トゥーリはアキが座るのを見越して、ひょいっとアームレストの上に飛び乗った。ヌーッティも後を追うように肘掛けによじ登った。
アキは座席に座るとテーブルを出して、お菓子とジュースを乗せた。
「食べていいヌー?」
輝く目でアキを見上げるヌーッティはよだれが垂れていた。
「いいよ。ふたりのだから。お菓子はひとり一袋ずつで」
ヌーッティとトゥーリはテーブルの上に乗るとカップを持って乾杯し、勢いよく食べ始めた。
「ギャレーが近くで良かったよ」
アキはカップに入ったお茶をひとくちすすった。
「ギャレーって何?」
トゥーリはスナック菓子を食べながらアキに尋ねた。
「お菓子や飲み物が置いてあるところだよ」
その言葉に敏感に反応したのはヌーッティであった。ヌーッティの目が光り輝いた。
「食べ放題ヌー?」
「食べ放題ってわけじゃないけど、自由に持ってこられるんだよ」
自由にお菓子とジュースを持ってこられる、すなわち食べ放題――ヌーッティは脳内でそう変換した。
おやつを食べ終えたトゥーリとアキは眠たくなり、目をしぱしぱさせた。
「先に寝るから、寝ている間にいたずらしちゃだめだぞ……」
言い終えるが早いか、アキはこっくりと寝入ってしまった。
満腹になったトゥーリもテーブルの上で寝そべり、あくびをひとつするとすやりと眠った。
他方、ヌーッティは眠くなかった。そして、ちらりと、後方のギャレーのほうを窺った。
ヌーッティはアキたちを見た。ぐっすりと眠っている。
それから、ギャレーを見た。そして、ヌーッティは通路に下りると、ギャレーへと入っていったのであった。
数時間後。
アキは機内アナウンスで目が覚めた。
見れば、テーブルの上にトゥーリとお菓子まみれのヌーッティが横になり眠っていた。
機内で大人しくしていたヌーッティとトゥーリを見て、アキはほっと安堵した。
アキは正面のモニターで今どのあたりを飛んでいるのかと、あとどのくらいで日本に着くのかを確認した。そのときであった。
「大変! ギャレーのお菓子が一つもない!」
キャビンアテンダントの小さな声をアキは聞き逃さなかった。
そして、少し腰を浮かせて後方を見ると、数人のキャビンアテンダントがギャレーに集まっていた。
嫌な予感しかしなかった。
アキははっとし、寝ているヌーッティを見た。
どうして、お菓子の食べかすまみれになっているのか。その答えはすぐに出た。
――ヌーッティだ!
アキの中で、ギャレーのお菓子をすべてなくした犯人が浮かび上がった。
ヌーッティであった。
ひとまず、この問題は日本到着まで持ち越そうと、アキは決めた。
すやすやと眠っているヌーッティを見つめるアキは不安のような、心配を孕んだ表情であった。
日本ではトラブルが起きませんように。
アキは心のなかで小さく祈った。
こうして、ヌーッティとトゥーリの日本への旅が始まるのであった。
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