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ヌーッティ、学校に行く!

4.交渉

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 学食は地下一階にあった。
 ヘルシンキの街中の、広いとはお世辞にも言い難い敷地に立っている学校は、自然と縦長になっていた。
 昼食の順序は決まっていた。
 三年生が最初で、次に二年生、そして最後に一年生であった。
 アキは二年生であったので、ちょうど混雑している最中での昼食となる。
 したがって、食堂へ行ってヌーッティを探そうにも、探しにくい状況であった。
 階下へ向かう階段の途中で立ち止まり、身動きのとれないアキの目は泳いでいた。
 不安げな表情をたたえているアキは、背後から肩を叩かれた。
「え? な、何?」
 顔だけうしろへ向けて、同級生に目を向けた。
「アキ、スウェットのフードに何か入ってるよ」
 言いながら、声をかけた男子学生が、ひょいとアキのフードから何かを取り出した。
 アキはそれと目が合った。
 まごうことなき、ヌーッティであった。
 つままれたヌーッティは冷や汗をかいていた。
 取り出されたヌーッティを見たアキも冷や汗をかいた。
「あ、あれぇ? うちのばーちゃんのぬいぐるみだ」
 とっさにアキの口から出た言葉はそれであった。
「あきのばーちゃんのぬいぐるみ? 何でフードに入ってんだ?」
 ヌーッティをつまんでいる男子学生は、まじまじとヌーッティを見ながら尋ねた。
「うちのばーちゃん、いたずら好きでさ、ときどきやらかすんだよー」
「へぇー。なんか、ふてぶてしい顔のくまのぬいぐるみだな。可愛くねー」
 それを耳にしたヌーッティの表情がむすっとなった。
 反論をしたいが言葉に出せないもどかしい表情であった。
 ヌーッティは内心、「ヌーは世界一可愛い小熊の妖精さんだヌー! ふんヌー!」と言っていた。
 他方、ヌーッティをつまんでいる男子学生は、笑いながらくまのぬいぐるみに扮しているヌーッティをアキに手渡した。
「あ、あははは。ばーちゃんのいたずらにも困ったもんだよな」
 棒読みに近い言い方で返答すると、アキはフードの中にヌーッティを突っ込んだ。
 そうこうしているうちに、昼食の順番が回ってきて、アキたちは地下の食堂に入った。
 昼食はビュッフェ形式で、サラダや肉料理、ごはんにチキンの入ったスープが並んでいた。
 学生たちは自身の好きな物を、好きなだけ食べられるのである。
 さらに、ビーガン対応の食事も用意されていた。
 アキはトレーを持ち、その上に白色の大きなプレートを置くと、サラダと煮込まれた肉とごはんをひとつのプレートにきれいに盛った。
 さらに、グラスを二つ取って、水とリンゴンベリーのジュースをそれぞれに入れて、トレーに乗せた。
 そうして、同級生たちのいる方とは別の方向へ、学食のすみのテーブルに着いた。
 着席すると、フードの中からヌーッティを取り出した。
 周囲の目を気にしながら、アキはヌーッティにだけ聞こえる声で語りかけ始めた。
「ヌーッティ。ちゃんと聞く」
 アキの怒りにも近い感情がはらんだ声色は、ヌーッティの姿勢を正せるのに十二分であった。
「今からぬいぐるみのフリをすること。おれのフードから出ないこと。おれの側から絶対に離れないこと。以上を守れなかった場合は、一年間のお菓子をはく奪する。以上」
 ヌーッティの目がうるんだ。
 けれども、ヌーッティはうなずいて、アキの指令を承諾するほか選択肢はなかった。
 アキはそう言い終えると、ヌーッティと共に昼食を取ることにした。
 フォークで料理を取ると、ヌーッティの口元に持っていった。
 食べていいよの合図である。
 あれだけ、ヌーッティは学校の給食が食べたいと言っていたのであるから、アキとしては、食べさせてあげたかったのであろう。
 ヌーッティはアキに分けてもらって、給食を食べた。
 美味しい味がした。
 だが、いかんせん、状況的に食べた気がしなかった。
 二人はいそいそと給食を平らげた。
 それから、アキは、ヌーッティをフードの中へ再びしまい込んだ。
 盛った昼食を急いで食べ終えたアキは、まだ、食べている途中の同級生たちと一言三言会話を交わして、そそくさと学食から抜け出した。
 青ざめていた顔色をしていたアキは、どこか安心したような面持ちに変わっていた。
 反面、ヌーッティの顔からは血の気が完全に引いていた。
 それもそのはず、約束を破れば、即、一年間お菓子なしの刑に処されるのである。
 アキは三時限目の授業の行われる教室へ向かうべく階段を四階まで上がった。
 ここからが、ヌーッティにとっての正念場となるのであった。
 はたして、ヌーッティは、あと二コマの授業をぬいぐるみのフリをし続けられるのであろうか。
 はたまた、アキによって極刑が下されるのか。
 戦いはここから始まるのであった。
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