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鍛えろ、必殺技!
4.誓いと罰
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宣誓書が作成されてから3日目の深夜。
アキの自宅のキッチンの棚の中から、がさごそと何かを探すような物音が静かな部屋に響いていた。
月光がキッチンの大きな窓から差し込んだ。
明かりは棚の中から這い出てきたヌーッティを照らした。
「こんなところに隠してたヌー。ヌーだけお菓子抜きはずるいヌー」
未開封のビスケットの入ったカートンボックスをヌーッティは高々と掲げた。
「そこまでよ」
その声はヌーッティの背後から聞こえてきた。
ヌーッティは後ろを振り返らなかった――否、振り返れなかった。
「トゥ、トゥーリ? な、ななな、なんでここにいるヌー?」
「お菓子の盗み食いはしないんじゃなかったの?」
トゥーリは冷淡な口調でヌーッティに尋ねた。
ヌーッティは頬を、背筋を、冷や汗が流れるのを感じていた。
「盗み食いなんてまだしてないヌー。ヌーはお菓子の整理をしてただけだヌー」
明らかに動揺しているうわずった声でヌーッティは返答した。
ここで、つまみ食い――もとい、盗み食いとも言う――をしようとしていたなどと口が裂けても言えないのである。
あの宣誓書があるゆえに。
誓いを破れば即座にトゥーリからソバット、跳び後ろ回し蹴りをかけられるからであった。
そうなれば、ヌーッティは病院送り必至であった。
「ほ、本当に、整理をしていたヌー。ヌーは良い子だヌー」
雲が月にかかり、部屋を薄暗くさせた。
やがて、雲間から再び月明かりがキッチンに差し込んだ。
「へぇ……。じゃあ、部屋に戻って寝ようか」
トゥーリのこの言葉でヌーッティはカートン入りのビスケットを元の場所に戻し、アキの部屋に戻り、床についたのであった。
翌日の深夜。
ヌーッティは性懲りもなく、再びキッチンのビスケットが保管されている棚にいた。
「今度は大丈夫だヌー。トゥーリはスヤスヤだったヌー。絶対に起きて――」
「何が『今度は大丈夫』なのか教えてもらいたいんだけど?」
ヌーッティの言葉を遮って、トゥーリの声がキッチンに響いた。
動けなくなったヌーッティはビスケットの箱に手が届いていなかった。
ヌーッティはまだ言い訳ができると思った。けれども、
「明らかにビスケットを盗み食いしようとしてたよね?」
トゥーリの一言でヌーッティは脂汗をかき始めた。
動けず、何も言えなくなったヌーッティは脳をフル回転で考えた。
どうすれば事態の打開ができるのかと。
そして、考えに考え抜いた結果が、
「えいっ!」
棚から床へジャンプしたヌーッティは全速力でキッチンを脱し、逃げ出した。
逃走――それがヌーッティの導き出した結論であった。
「やっぱりか!」
トゥーリはヌーッティの後を追った。
ヌーッティとトゥーリ、どちらが速いかは言わずもがな。
トゥーリはあっという間にヌーッティに追いついた。
追い詰められたヌーッティはリビングの暖炉の側で右往左往していた。
「ヌーッティ! 約束破ったらどうなるかわかってるよね?」
走って息の上がったヌーッティは首を横に大きく振った。
「い、いやだヌー! はっ! あの紙の字はヌーの字じゃないヌー! だからヌーが約束したわけじゃないヌー!」
身に危険が差し迫ったヌーッティは独自のロジックを披露した。
「ヌーッティが署名したのをアキも見てたんだよ。証人がちゃんといるんだよ。わかるこの意味? つまり……」
ヌーッティはごくりと息をのんだ。
「つまり、今ここで厳罰に処す!」
「いやだヌーっ!」
すでに戦闘態勢をとっていたトゥーリを前に逃走を図ろうとしたヌーッティであったが、時既に遅し。
「覚悟っ!」
トゥーリは助走をつけると勢いよくジャンプした。
身体を半身捻り、右足をヌーッティのみぞおちにぶち込んだ。
まともにトゥーリの後ろ回し蹴りを食らったヌーッティは悲鳴すらあげられず、壁に激突した。
壁にぶち当たったヌーッティはずるずると力なく床に倒れ伏した。
真夜中のどたばた音で目を覚まし、リビングへやって来たアキにトゥーリは事情を説明した。
気を失っているヌーッティはアキの手によって運ばれた。
そして、翌朝。
「さあ、今日も元気よくお菓子を食べるヌー!」
ヌーッティは何事もなかったかのように元気に起床した。
「食べられないよ。ヌーッティは」
トゥーリがおやつの用意をしながらしれっと言い放った。
「え? どうしてだヌー? ヌーは技をかけられたから食べられるヌー」
「あの宣誓書に『もし、約束を守らなかった場合は1ヶ月間お菓子を一切食べないことを誓います』って書いてあったの覚えてないの?」
ヌーッティの顔から血の気が引いていった。
ふたりのやり取りを見ていたアキはそっと引き出しの中から宣誓書を取り出した。
そして、ヌーッティに手渡した。
渡された封書を開けて、宣誓書を読んだヌーッティは固まった。
「ね? だから、今日から1ヶ月間お菓子抜きだよ」
トゥーリの言葉にヌーッティは意識を失い、その場に倒れた。
アキはため息をつくと、
「技の習得が目的じゃなくって、本当はヌーッティのお菓子の食べ過ぎを止めさせるためだったんだろ?」
トゥーリはアキにうなずいて返答した。
「だって、こうでもしないとヌーッティの食べ過ぎを止められないんだもん」
不敵な笑みを浮かべたトゥーリはしれっと真の目的を告げた。
こうして、ヌーッティはこの後1ヶ月間、お菓子を食べなかった。
それは決して我慢したのではなく、トゥーリに再び技をかけられるのではないかという恐れから自重したのであった。
この間、アキ家の支出に占めるお菓子の割合が減ったのは言うまでもない。
無事に目的を達成させたトゥーリは、アキの役に立てたことを誇らしく思うのであった。
アキの自宅のキッチンの棚の中から、がさごそと何かを探すような物音が静かな部屋に響いていた。
月光がキッチンの大きな窓から差し込んだ。
明かりは棚の中から這い出てきたヌーッティを照らした。
「こんなところに隠してたヌー。ヌーだけお菓子抜きはずるいヌー」
未開封のビスケットの入ったカートンボックスをヌーッティは高々と掲げた。
「そこまでよ」
その声はヌーッティの背後から聞こえてきた。
ヌーッティは後ろを振り返らなかった――否、振り返れなかった。
「トゥ、トゥーリ? な、ななな、なんでここにいるヌー?」
「お菓子の盗み食いはしないんじゃなかったの?」
トゥーリは冷淡な口調でヌーッティに尋ねた。
ヌーッティは頬を、背筋を、冷や汗が流れるのを感じていた。
「盗み食いなんてまだしてないヌー。ヌーはお菓子の整理をしてただけだヌー」
明らかに動揺しているうわずった声でヌーッティは返答した。
ここで、つまみ食い――もとい、盗み食いとも言う――をしようとしていたなどと口が裂けても言えないのである。
あの宣誓書があるゆえに。
誓いを破れば即座にトゥーリからソバット、跳び後ろ回し蹴りをかけられるからであった。
そうなれば、ヌーッティは病院送り必至であった。
「ほ、本当に、整理をしていたヌー。ヌーは良い子だヌー」
雲が月にかかり、部屋を薄暗くさせた。
やがて、雲間から再び月明かりがキッチンに差し込んだ。
「へぇ……。じゃあ、部屋に戻って寝ようか」
トゥーリのこの言葉でヌーッティはカートン入りのビスケットを元の場所に戻し、アキの部屋に戻り、床についたのであった。
翌日の深夜。
ヌーッティは性懲りもなく、再びキッチンのビスケットが保管されている棚にいた。
「今度は大丈夫だヌー。トゥーリはスヤスヤだったヌー。絶対に起きて――」
「何が『今度は大丈夫』なのか教えてもらいたいんだけど?」
ヌーッティの言葉を遮って、トゥーリの声がキッチンに響いた。
動けなくなったヌーッティはビスケットの箱に手が届いていなかった。
ヌーッティはまだ言い訳ができると思った。けれども、
「明らかにビスケットを盗み食いしようとしてたよね?」
トゥーリの一言でヌーッティは脂汗をかき始めた。
動けず、何も言えなくなったヌーッティは脳をフル回転で考えた。
どうすれば事態の打開ができるのかと。
そして、考えに考え抜いた結果が、
「えいっ!」
棚から床へジャンプしたヌーッティは全速力でキッチンを脱し、逃げ出した。
逃走――それがヌーッティの導き出した結論であった。
「やっぱりか!」
トゥーリはヌーッティの後を追った。
ヌーッティとトゥーリ、どちらが速いかは言わずもがな。
トゥーリはあっという間にヌーッティに追いついた。
追い詰められたヌーッティはリビングの暖炉の側で右往左往していた。
「ヌーッティ! 約束破ったらどうなるかわかってるよね?」
走って息の上がったヌーッティは首を横に大きく振った。
「い、いやだヌー! はっ! あの紙の字はヌーの字じゃないヌー! だからヌーが約束したわけじゃないヌー!」
身に危険が差し迫ったヌーッティは独自のロジックを披露した。
「ヌーッティが署名したのをアキも見てたんだよ。証人がちゃんといるんだよ。わかるこの意味? つまり……」
ヌーッティはごくりと息をのんだ。
「つまり、今ここで厳罰に処す!」
「いやだヌーっ!」
すでに戦闘態勢をとっていたトゥーリを前に逃走を図ろうとしたヌーッティであったが、時既に遅し。
「覚悟っ!」
トゥーリは助走をつけると勢いよくジャンプした。
身体を半身捻り、右足をヌーッティのみぞおちにぶち込んだ。
まともにトゥーリの後ろ回し蹴りを食らったヌーッティは悲鳴すらあげられず、壁に激突した。
壁にぶち当たったヌーッティはずるずると力なく床に倒れ伏した。
真夜中のどたばた音で目を覚まし、リビングへやって来たアキにトゥーリは事情を説明した。
気を失っているヌーッティはアキの手によって運ばれた。
そして、翌朝。
「さあ、今日も元気よくお菓子を食べるヌー!」
ヌーッティは何事もなかったかのように元気に起床した。
「食べられないよ。ヌーッティは」
トゥーリがおやつの用意をしながらしれっと言い放った。
「え? どうしてだヌー? ヌーは技をかけられたから食べられるヌー」
「あの宣誓書に『もし、約束を守らなかった場合は1ヶ月間お菓子を一切食べないことを誓います』って書いてあったの覚えてないの?」
ヌーッティの顔から血の気が引いていった。
ふたりのやり取りを見ていたアキはそっと引き出しの中から宣誓書を取り出した。
そして、ヌーッティに手渡した。
渡された封書を開けて、宣誓書を読んだヌーッティは固まった。
「ね? だから、今日から1ヶ月間お菓子抜きだよ」
トゥーリの言葉にヌーッティは意識を失い、その場に倒れた。
アキはため息をつくと、
「技の習得が目的じゃなくって、本当はヌーッティのお菓子の食べ過ぎを止めさせるためだったんだろ?」
トゥーリはアキにうなずいて返答した。
「だって、こうでもしないとヌーッティの食べ過ぎを止められないんだもん」
不敵な笑みを浮かべたトゥーリはしれっと真の目的を告げた。
こうして、ヌーッティはこの後1ヶ月間、お菓子を食べなかった。
それは決して我慢したのではなく、トゥーリに再び技をかけられるのではないかという恐れから自重したのであった。
この間、アキ家の支出に占めるお菓子の割合が減ったのは言うまでもない。
無事に目的を達成させたトゥーリは、アキの役に立てたことを誇らしく思うのであった。
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