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鍛えろ、必殺技!

2.最初の犠牲者

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 トゥーリの目が本棚の影で怯えているヌーッティを捉えた。
 もう、逃げられない――ヌーッティは腹を括った。
 けれども、犠牲者、もといトゥーリの最初の相手にならないでいられる方法を模索した。
 小さな頭で考え出した答えは、
「ア、アレクシを練習相手にするのはどうかなぁって思うヌー」
 ぽそりとヌーッティはトゥーリに提案した。
「どうして? 別にヌーッティでもいいでしょ?」
「だ、だめだヌー! えーっと、えーっと、あ! アレクシがこのままのペースで冷凍庫のブルーベリーを食べ続けたら、夏にみんなで摘んだブルーベリーが全部なくなっちゃうヌー!」
 ヌーッティは精一杯の主張をした。
 トゥーリは手をあごに当てて少し黙って考えた。そして、
「そっか。それもそうだね。ビスケットは一年中売ってるけど、みんなで採ったブルーベリーがなくなっちゃうのは困るもんね。じゃあ、アレクシでいこう」
 かくて、アレクシが最初の犠牲者――トゥーリの練習相手となることになった。
 ふたりの会話を聞いていたアキはアレクシに同情を禁じえなかったが、同時に、これでアレクシも懲りてくれれば、冷凍ブルーベリーがなくならずに済むなと思った。
「アレクシを呼ぶヌー!」
 ヌーッティは本棚の影から出て、床を走り、トゥーリのいるデクスによじ登り、
「アレクシー! とっておきのおいしいブルーベリーのありかをアキが教えてくれるヌー!」
 そう叫んだ。
 すると、窓にかけられた薄い生地のカーテンがふわりと揺れた。
 カーテンをめくって現れたのは、赤リス姿の風の精霊アレクシであった。
「やあ、みなさん。それで、美味しいブルーベリーはどこに?」
 片手に冷凍ブルーベリーを持ったアレクシは普段どおりの口調で尋ねた。
「またか」
 トゥーリは身構えた。
 アレクシは宙を浮かびながらアキの方へ近づいた。
「とっておきと言うからには、このブルーベリー以上の味なんだろうね?」
 のほほんとした穏やかないつもの口調でアレクシはアキに訊いた。
 そのときであった。
「覚悟!」
 トゥーリが勉強机の上を駆け、宙に漂うアレクシに回し蹴りを決めた。
 トゥーリの右足がアレクシの腹に入った。
 アレクシは叫び、悶絶するいとまさえ与えられなかった。
 トゥーリの初撃で床に撃沈したのであった。
 無残に落下したアレクシとは対象的に、トゥーリは華麗に床の上に着地した。
 そして、右足で床をとんとん叩いた。
「うーん。なんか違うんだよね。アキ、ヌーッティ、どうだった?」
 意見を求められたアキとヌーッティは顔を引きつらせていた。
 あれだけの蹴り以上の何を求めているのかと、ふたりは思った。
「そ、そうだな、良かったと思うよ」
 アキはあとに控えているヌーッティのことを考え、無難な返答をした。
「ヌ、ヌーはとっても良かったって思ったヌー! だから練習は必要ないヌー」
 ヌーッティは身に差し迫った危機をどう乗り切るかで頭がいっぱいであった。
「そうかなぁ。いまいち手応えがないっていうか……。じゃあ、次は――」
「そうだ、トゥーリ! ぬいぐるみで練習して技を磨いてからヌーッティに相手になってもらうっていうのは?」
 アキはヌーッティに助け舟を出した。
 椅子から立ち上がったアキはベッドの側に置いてあったうす黄色のくまのぬいぐるみを手に取ると、トゥーリの目の前にかがんで、
「ほら、このぬいぐるみ。ヌーッティと同じくらいの大きさだし、ちょうどいいんじゃないかな?」
 くまのぬいぐるみを手渡した。
「ほんとだ。ヌーッティと同じ大きさだ。じゃあ、これでしばらく練習してくる!」
 トゥーリはそう言うと、アキから渡された彼女自身と同じ背丈のくまのぬいぐるみを背負い、ベッドの上に登った。
 そして、くまのぬいぐるみを仮想ヌーッティとし、技の練習をし始めた。
「ヌーッティ、今のうちにこのあとのことを考えるんだ」
 アキはトゥーリに聞こえない声量でヌーッティに助言した。
 ヌーッティは選択を迫られていた。
 このまま、ここで技をかけられるか、あるいは逃げて時間をかせいで犠牲になることを遅らせるか。
 そして、もうひとつ。誰も犠牲にならない方法を考え出すかであった。
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