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戦場のモホコ

5.決着のヌーッティスイング

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 トゥーリとヌーッティの後方から勢いよく蚊の大群が押し寄せる。
「一網打尽にしろ!」
 カカートの号令一下、蚊の大群がトゥーリとヌーッティに迫る。
 しかし、トゥーリはそれに怯むことなく、ヌーッティの体を両手で軽々と持ち上げると、蚊の大群に向かってぶん投げた。
「ひどいヌー!」
 黒い蚊の群れの中にヌーッティが放り込まれた。
「だめだ! その太った小熊の妖精の血を吸うな!」
 だが、蚊たちはヌーッティの血を吸った。
 それが蚊の本能であった。
 そして、次々と蚊が大地に落ちていった。
 けれども、蚊の群れはまだ3分の1が残っていた。
 他方、トゥーリに投げられたヌーッティは、幸か不幸か木の幹に当たって、ずるりと地面に落下した。
「糖尿病のヌーッティを甘く見すぎよ!」
 トゥーリは悠然とした足取りで、倒れ伏せるヌーッティのもとに歩み寄る。
「ええい! こうなったら、あのトントゥを先に始末しろ!」
 焦ったカカートが兵力の2分の1をトゥーリに差し向けた。
 くるりと振り返ったトゥーリはすでに詩を歌い終えていた。

   Mielus Mielikki, ystävämme (ミエルス・ミエリッキ・ユスタヴァンメ)
   Harhauta vihollistamme! (ハルハウタ・ヴィホッリスタンメ)
   Eksytä pois muille maille! (エクシュタ・ポイス・ムイッレ・マイッレ)
   ——メツォラの女主人ミエリッキはわたしたちの友人
     誘え、私たちの敵を!
     迷い込ませよ、別の場所へ!

 蚊たちは散り散りになり、群れとしての動きが大きく乱れた。
 トゥーリはヌーッティの背中をぽんっと叩いた。
「まだ、戦える?」
「ヌーはまだ戦えるヌー……」
 返答を聞いたトゥーリはヌーッティの両足を持つと、その場でぐるぐると回転し始めた。
「待つヌー! 戦うってこうじゃないヌー!」
 トゥーリは回転に勢いをつけ、そして、
「ヌーッティスイング! いっけぇえええええ!」
 振り回したヌーッティを蚊の群れの中へぶちこんだ。
 蚊は本能に抗えず、ヌーッティの血を吸った。そして、地に落ちていった。
「失敗だ! こんな奴らの相手なんか無理だ!」
 悲惨な状況を目の当たりにしたカカートはきびすを返して逃走を図った。だが、
「逃がすと思う?」
 目の前にはトゥーリがいた。
 トゥーリは片手でカカートを地面に叩きつけた。
 こうして、トゥーリとヌーッティとカカート団の戦いは幕を閉じた。
 ヌーッティの負傷という大きな代償と共に。
 トゥーリは、全身蚊に刺され、目も開けられないほど腫れ上がったヌーッティをおぶると詩を歌い始めた。

   Tunnen tuulen syntysanat (トゥンネン・トゥーレン・シュントゥサナトゥ)
   Tiedän tuulisen alusta (ティエダン・トゥーリセン・アルスタ)
   Tellervo, Tapion neito, (テッレルヴォ、タピオン・ネイト)
   Anna tuulia minun tyköni! (アンナ トゥーリア・ミヌン・トゥコニ)
   Näytä tietä taivaan maille! (ナウタ・ティエタ・タイヴァーン・マイッレ)
   ——私は知る、風の誕生を
     私は知る、風の始まりを
     テッレルヴォ、森の主タピオの乙女よ、
     私の前に風を起こせ!
     私に空への道を示せ!

 トゥーリを中心にふわりと風が巻き起こると、彼女を包み込むように風がトゥーリとヌーッティを空へと上昇させた。
「早くアキと合流しなくっちゃ」
 上空からアキたちを探していたトゥーリの目に、アキがひとりで森をうろうろしている姿が映った。
 トゥーリは風の流れを操り、アキの目の前に降り立った。
「トゥーリ! ヌーッティは?」
「ごめん、遅くなっちゃった。ちゃんと連れてきたよ」
 言いながら、トゥーリは背負っていたヌーッティを地面にそっと下ろした。
 アキは腫れ上がったヌーッティの姿を見ると悲鳴を上げた。
「蚊に刺されたのか?!」
「さ、刺されたヌー。ヌーにくんしょうをあげるヌー……」
 ヌーッティはぱたりと動かなくなった。
 アキは急いで、リュックの中から虫刺され用の薬を取り出して、ヌーッティの全身にくまなく塗りたくった。
 アキはヌーッティを抱えて、ハイキングコースの入り口で待っていた叔父と合流し、滞在先の宿へと帰った。

 その日の夜中。
 ぼりぼり。ぼりぼり。ぼりぼり。ぼりぼり。
 ヌーッティは全身を掻いては起き、掻いては起きを繰り返していた。
 他方、トゥーリとアキはというと、ぐっすりと眠っていた。
 ヌーッティは起きてはかゆみ止めの薬を塗るほかなかった。
「かゆいヌー! もうやだヌー!」
 これが三日三晩続いたという。
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