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戦場のモホコ

1.出現! カカート団?

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 6月のフィンランドの森には大量の蚊が発生する。
 その数は7月、8月と時節を経るごとに数は減少するが、どう猛さという点においては威力に遜色はない。
 蚊に刺された箇所は赤く腫れ上がり、尋常ではないかゆみが刺された者を襲う。
 夜中に何度もかゆみで起こされる者も多いという。

 そんなフィンランドの8月上旬――フィンランドの南東部の北カルヤラにある、ロシアとの国境近くの小さな町モホコ。その森の中にトゥーリとヌーッティはいた。
 正確に言えば、アキとアキの叔父のハイキングにくっついてきたふたりが、毎度のことながらアキたちとはぐれたのであった。
 森には風のそよぐ音。近くにある川から聞こえる水の流れる音。そして、耳障りな蚊の特有な羽音が幾重にもトゥーリとヌーッティの耳に流れ込んできていた。
「ヌーッティ。絶対に気を抜いちゃだめだよ」
 トゥーリは周囲を警戒しつつ、背中合わせのヌーッティに注意を促した。
 すでに顔と体の何箇所かを蚊に刺されているヌーッティはこくりとうなずくと、
「わかってるヌー。ここで負けてられないヌー。ヌーたちは迷子になったアキを探さなくちゃだヌー」
「違うよね? ヌーッティがまた迷子になったから私が探しに来たんだよ?」
 トゥーリが冷静にヌーッティの誤った認識を訂正した。
「ともかくだヌー。ヌーたちはこの蚊の群れをどうにかしなくちゃだヌー!」
 そう。トゥーリとヌーッティは囲まれてしまっていたのである。蚊の大群に。
「カーカカカ! 珍しい獲物に出会えたものだ! 小熊の妖精なんてなかなかお目にかかれないシロモロだ!」
「蚊がしゃべったヌー!」
 ヌーッティは声の聞こえてきた方、右側を見た。
 同様にトゥーリもしゃべる蚊の方向に身体を向けた。
「あなたたち、しゃべれるの?」
 鋭い目つきのトゥーリは蚊に向かって言葉を発した。
「しゃべれるさ。人語を話すことなど造作もない。ここにいるカカート団一味ならな」
 一匹の蚊がにやにやと笑いながら返答した。
「カカート団? 一体なんだヌー?」
「ここら一帯を支配する有名な俺たち蚊の群れの名前さ」
「自分たちで有名って言ってるヌー。絶対に有名じゃないヌー」
 ヌーッティの無邪気な一言で蚊の群れに動揺が走った。
「だ、団長! 有名じゃないことがバレちまってる!」
「どうする?!」
 蚊の群れがどよめいている。
「お、落ち着け! ここで、あの小熊の妖精の血を吸えば俺たちの名もこの森中に広まる! なにしろレアな血だからな!」
 カカート団なる蚊の団長の言葉で他の蚊から歓喜の声が上がった。
「カカカ! さあて、刺される準備はできたか? 小熊の妖精!」
 カカート団の団長がヌーッティを前足で指した。
「できてないからあっちへ行くヌー! 行かないなら、ヌーだって黙ってないヌー!」
「怯えろ! 泣きわめけ! 俺たちがおまえの血を吸い尽くしてやる!」
 ヌーッティの顔が青ざめた。
 すでに何箇所も刺されているのに、これ以上刺されるのはたまったものではないからである。
「戦う前にひとつ訊きたいことがあるわ」
 戦闘態勢のトゥーリがカカート団の団長を見据えて尋ねた。
「いいだろう。答えてやる」
 団長は前足を胴の前で組むと、鼻で笑った。
「……あなた、名前はあるの?」
「あるさ、もちろん。ふふふ。教えてやろう。カカート・ヒュッテュネンだ」
 トゥーリは心のなかで呟いた。
 蚊なんだからヒュッテュネンじゃん――そのまんまか、と。
 カカート団の羽音が大きくなった。
「さあ、行くぞ! おまえたち! カカート団の名を知らしめるために!」
 こうして、カカート団とトゥーリとヌーッティの戦いの幕が切って落とされたのであった。
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