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大晦日と元日のとある事件

1.大晦日と元日のとある事件

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 ある年の12月31日の午後。
 アキはトゥーリとヌーッティに緊急時以外絶対に部屋から出ないようにと厳命を下した。
 それというのも、日本に住んでいるアキの母と妹が、年末年始をフィンランドの父方の祖父母の家で過ごすことになっているからであった。
 トゥーリは勉強机の上でパソコンを開き、格闘技の動画を視聴しつつ、技の鍛錬に励んでいた。
 他方、ヌーッティはベッドの上で1袋500グラムのポテトチップスを食べていた。
 5分ほど経過したときであった。
「ポテチ食べ終わっちゃったヌー! トゥーリ! かくれんぼするヌー!」
 大きな袋に入ったポテトチップスを完食したヌーッティは、食べかすを口のまわりにくっつけてトゥーリに提案した。
「できないよ。アキから部屋から出ちゃだめって言われたでしょ? それに、今、技の練習中だから一緒に遊べない」
 トゥーリは返答すると必殺技の練習を再開させた。
 そんなトゥーリの目を盗んで、ヌーッティはこっそりとアキの部屋を出て、1階のリビングへ向かった。
 リビングには、日本で暮らしていたときに見たお正月の飾りである鏡餅が置かれていた。
 ヌーッティはアキの母が日本から鏡餅を持ってきたと言っていたことを思い出した。
 けれども、餅の上に飾られていたみかんはニセモノで、ヌーッティは少しがっかりした。
「みかん食べたかったヌー」
 そう言うと、ヌーッティはプラスチックでできたみかんを手で掴んで、ぽいっと投げた。
 そのときであった。
「お兄ちゃん、荷物こっちに置けばいいの?」
 少女の声が玄関ホールから聞こえてきた。
「あいり、リビングへ持って行って」
 続けてアキの声が響いた。
 聞こえてきた会話に焦ったヌーッティは投げ捨てたみかんの代わりになるものを探した。
 けれども、どこにもちょうどいいものがなかった。
 アキとアキの妹あいりの足音がリビングへ近づいてくる。
 ヌーッティは咄嗟に自身の顔を餅の上に置いて、みかんのフリをした。
 リビングへ入ってきたアキは両手に大きな荷物を抱えていた。
 あいりは買い物バッグ一つを持ってリビングへやって来た。
「おれは冷蔵庫に食料入れるから、あいりはリビングで休んでな」
「わかったー。あー、疲れた」
 あいりは荷物をリビングの端へ置くと、ソファに腰掛けた。
 それから、続々とアキの家族がリビングに集い始めた。
 ヌーッティはその間ずっとみかんになりすましていた。
 やがて、午後11時になる頃、アキたちはそれぞれ身支度をして家から出て行った。
 この日の夜、元老院広場でカウントダウンイベントが催されることになっていたからであった。
 トゥーリはアキのコートのフードの中に隠れて、アキの父と母と妹、それに父方の祖父母と連れだって一緒に会場付近まで赴いた。
 元老院広場はひとでごった返していたため、湾岸沿いの道路で観覧することになった。
 トゥーリはひょこっとフードから顔を出した。
 気づいたアキは、
「ヌーッティはどうした?」
 声を潜めてトゥーリに尋ねた。
「それがね、部屋から出ちゃったみたいで、どこにいるかわからないんだ」
 トゥーリも声量を抑えて答えた。
 アキとトゥーリは眉をひそめ、ヌーッティがどこにいるのか考えをめぐらせた。
「ねえ、お兄ちゃん」
 アキの隣に立っているあいりがアキの名を呼んだ。
「どうした?」
 アキは顔をあいりに向けた。
「あのさ、何で鏡餅に熊のぬいぐるみの頭なんか乗せたの?」
 あいりは不思議そうな面持ちで疑問を口にした。
 同時に、アキとトゥーリがはっとした表情になった。
 それもそのはず、2人の間で、あいりが言った熊のぬいぐるみがヌーッティであると思い至ったからであった。
 一方、その頃、ひとり家に残されたヌーッティはというと、プンスカ怒っていた。
「みんなずるいヌー! ヌーをほったらかしにするなんて酷いヌー!」
 むすっとした顔でヌーッティはキッチンへ入って行った。
 すると、美味しそうな匂いがヌーッティの鼻をくすぐった。
 ヌーッティはキッチン中央の作業台の上によじ登った。
 見れば、三段の重箱が置かれていた。
 ヌーッティはふたをぱかっと開けた。
 中には日本のおせち料理を模した惣菜がぎゅっと詰まっていた。
「ごちそうだヌー!」
 言うが早いか、目を輝かせたヌーッティは重箱の惣菜を手に取って食べ始めた。
 カウントダウンが始まり、新年になると同時に花火が打ち上がった。
 アキとトゥーリは花火を背に、走って家に向かっていた。
「まだ間に合う⁈」
 アキは全力で走りながらトゥーリに訊いた。
「たぶん全部食べきる前に私たちが着くはず!」
 トゥーリはフードの中から身を乗り出して、慌てた様子で答えた。
 しかし、ヌーッティの食い意地を量り損ねたアキとトゥーリは、ヌーッティによって、おせち料理がすべて食い尽くされたところで自宅に着いたのであった。
 このあとのことは、読者諸氏にとって想像に難くないところであろう。
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