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ヌーッティの秘密・前編

2.置き手紙

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 森の番人オッツォはこのように述べた。精霊ヘンキ妖精ハルティアの間には明確な序列が存在すると。
 その序列はどのように誕生したのかによって決まるという。
 精霊は自然発生的に生まれるか、あるいは、三大審級神であるウッコやユマラ、ヴィロカンナスらによって創られる。
 これに対し、妖精は、三大審級神たちよりも下位に属する高貴なる精霊たち——例えば、森の女主人や水の主などによって死んだ生物の魂を元に創られるのが常であるという。
「君たちの友人である風の精霊と雪の精霊は、天空をたゆたう存在のウッコによって生み出された精霊なんだ。僕やキルシはちょっと生まれ方が違ってて、僕は偶発的に、キルシは東の森に住まう熊の女王の末娘として生まれたんだよ」
 オッツォの話を傾聴していたアキは手を軽く挙げ、
「オッツォの話を聞く限りだと、妖精っていうのは、一度死んだ生物の魂が蘇るっていうこと?」
 確認するかのように尋ねた。
「まあ、蘇るっていうのはちょっと語弊があるかもだけど、そんなとこかな」
「じゃあ、ヌーッティは……」
 アキの言葉でその場の全員がヌーッティを見つめる。
「そ。ヌーッティは一度死んでるっていうことさ」
「えええええええええええっ⁈」
 驚きの声はヌーッティから上がった。
「ヌーは生きてるヌー! ぽんぽん触ってももふもふするヌー!」
 ヌーッティは自身の腹部を片手で叩いて見せた。
「実在はするからね。そりゃあ、触れば感触もちゃんとあるさ。重要なのは、僕たち精霊やヌーッティのような妖精は、生まれによって階級が決まってしまうってことさ。話を戻すと、精霊たちは妖精たちより上に属し、中でも熊の精霊たちは序列の最高位にいるんだ。熊が森の王や森の黄金と呼ばれるゆえんさ」
「へぇ……。そういえば、トントゥもその序列に組み込まれてるの?」
 アキは素朴な疑問を口にした。
「組み込まれてるよ」
 返答はトゥーリからであった。
「私たちトントゥは精霊と同じなんだよ。そうじゃないトントゥもいるけど」
「けど、ヌーッティが妖精だとして、何で呪われたなんて言われてるんだ?」
 アキはヌーッティに視線を移して、オッツォに問いかけた。
「それは、ヌーッティの死因が問題なのです」
「死因?」
 アキとトゥーリは口を揃えて尋ねた。
「ヌーッティが亡くなった理由が、清らかなる理由なしに屠られたからです。私たちは聖なる熊。狩人たちも聖なる理由なしに私たちを傷つけたりはしません。けれども、ヌーッティは違うっていうことです」
 アキとトゥーリは互いの顔を見合わせると、ヌーッティを見据え、
「何したの?」
「身に覚えがないヌー。濡れ衣だヌー。解せヌー」
 ヌーッティは首を横に振った。
「それと、もう一つ理由があるんだ。ヌーッティの母親が、あの冥府トゥオネラと関わりが深いってことさ。本来、僕たちはトゥオネラとは関わり合いがないにもかかわらずね」
「何で、トゥオネラと?」
 アキの質問にオッツォは肩をすくめた。
「僕もこれ以上はわからないんだ。ただ、ヌーッティといえば『呪われた小熊の妖精』で有名なんだよ」
「ヌーが有名人ヌー⁈」
 ヌーッティは目を輝かせてオッツォを見やった。
「ヌーッティ。今までの話聞いてた? ヌーッティは呪われた小熊の妖精ってみんなに言われてるってことなんだよ?」
 トゥーリの言葉で我に帰ったヌーッティは、
「そんなの嫌だヌー! ヌーは世界一可愛いみんなのアイドルの小熊の妖精さんだヌー!」
 心底困った顔で主張した。
「そうは言っても、あなた、生きていたときのこと覚えてるの?」
 キルシが厳しい口調で尋ねた。
 ヌーッティは沈黙せざるをえなかった。
 今の今まで、一度死んでいたことすら、ヌーッティは知らなかったからであった。
「トゥーリはおれと会う前からヌーッティと一緒に過ごしてたんだろ? 何か知らない?」
 アキに尋ねられたトゥーリは首を小さく横に振った。
「詳しくは知らないんだ。妖精だから一度死んでいるってことはわかってたんだけど……。ワイナミョイネンが言うにはね、ほかの精霊や妖精たちから遠ざけるためにアキへ託すことにしたって言ってたよ。でも、その理由もわからないんだ」
「そっか」
 アキは小さく返答した。
 沈黙が部屋を満たした。
「とりあえず——」
 静寂を破ったのはオッツォであった。
「僕たちは明日にでも東の森に帰るよ。いいね? キルシ」
「わかりました! でも、今日は街を散策します! 心配ならオッツォもついてくればいいじゃない!」
 不満そうにキルシはオッツォに言った。
 アキは苦笑を浮かべ、
「なら、今日も泊まっていってよ。賑やかなほうがいいかなって思うんだ」
 うつむいているヌーッティを視界の端に捉えながら、オッツォとキルシに提案した。
 二人はアキの提案を受け容れ、もう一泊することにした。
 それから、オッツォとキルシは街へ出かけていき、アキとトゥーリとヌーッティは部屋でのんびりと一日を過ごした。
 トゥーリとアキは、いつもと違って大人しすぎるヌーッティが気に掛かっていた。
 日が沈み、辺りがやや暗くなった頃、オッツォとキルシが部屋に戻ってきた。
 夜が来て、再び朝が訪れた。
 日もまだ昇らぬ午前3時45分。
 暗いアキの部屋の勉強机の上で、カタカタごそごそと物音が鳴っていた。
 ヌーッティが机の上で手紙をしたため、封筒に入れていた音であった。
 手紙を封筒に入れると、ヌーッティは首に巻いているお気に入りのりぼんを外した。
「もう、帰って来れないかもしれないヌー。トゥーリとアキにヌーのりぼんをプレゼントするヌー」
「そういうの嬉しくないんだけど」
 びくりと驚いてヌーッティは背後を見た。
 そこには、旅支度を済ませたトゥーリが立っていた。
「ど、どうしてもう起きてるヌー⁈」
「昨日から様子がおかしかったし、もしかしたらって思って起きてたの。それで、どこへ行くの?」
 トゥーリに問われて、ヌーッティはうつむいて口をつぐんだ。
「私も一緒に行くよ」
 ヌーッティは顔を上げると、トゥーリを見た。
「どうしてだヌー? これはヌーの個人的な問題だヌー」
「個人的も何も、困ってるヌーッティをほっとけるわけないでしょ? それに、昔からの付き合いなのに、急にいなくなったらやだよ。だから、私も一緒に行く。それで噂を確かめるの」
 トゥーリの言葉を聞いたヌーッティの目から大粒の涙がぽろぽろと零れた。
「もう! 泣かないの!」
 トゥーリは手近にあったティッシュを手に取ると、ヌーッティの涙をそっと拭った。
 それから、トゥーリはヌーッティが泣き止むまで、優しくヌーッティの背中をぽんぽん叩いていた。
 やがて、ヌーッティの涙が止まると、
「さあ、行こう」
 トゥーリはヌーッティの手を取った。
 本棚の一番上の棚の奥、屋根裏に通じる通気管を通って、トゥーリとヌーッティは屋根の上へと出た。
 二人は空気の冷たさに身震いした。
 こうして、トゥーリとヌーッティの二人は、アキに手紙を残して旅立ったのであった。
 目指すは、ヌーッティがトゥーリと出会う前まで暮らしていた北の森。
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