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ヌーッティの秘密・前編
1.白いもやの中のヌーッティ
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見渡す限り真っ白な空間が広がっていた。
ぼんやりとしたもやに囲われた中にヌーッティは一人立っていた。
「ここはどこだヌー? トゥーリ、どこにいるヌー?」
ヌーッティは、一メートル先も見えない場所を、恐る恐る手探りで歩き始めた。
「トゥーリ? アキも、リュリュもどこにいるヌー? アレクシでもいいから出てきて欲しいヌー」
怯えながら前へ進むヌーッティの耳元を鋭い音が掠めた。
咄嗟にヌーッティは音の聞こえてきた後ろを振り返った。だが、何も見えなかった。
「怖いヌー。ここにいたくないヌー。みんなどこにいるヌー? ヌーを一人ぼっちにしないでだヌー」
か細く、震えた声でヌーッティは呼びかけた。けれども、誰も、何も応答はなかった。
「森は嫌だヌー。森? そうだ、森は行っちゃいけないんだヌー。でも、ヌーは小熊の妖精さんだヌー。何で森が怖いんだヌー? 行っちゃ行けないのは何でだヌー? 森はヌーの故郷のはずだヌー」
ヌーッティは首を捻って考えた。なぜ、森が怖いのか、嫌いなのか、行ってはいけない場所なのかと。けれども、何も思いつかないし、記憶を辿っても理由を思い出せなかった。
「ヌーッティ」
美しい声がヌーッティの名を呼んだ。
「誰だヌー? どこにいるヌー?」
ヌーッティはくるくると周囲を見回す。しかし、もやで覆われたその場所からは何も見えなかった。
「ヌーッティ」
きれいな声が再びヌーッティの名を呼んだ。
「ヌーはここにいるヌー!」
ヌーッティが声を張り上げると同時に、ヌーッティは大きな風の揺らぎを感じた。
空間がざわめいた。ヌーッティはいくつもの視線を感じ取っていた。もやがあっても注視されているのは感覚的にわかった。
「そうだ! ヌーは魔術が使えるヌー! 魔術でもやもやを晴らすヌー!」
ヌーッティは口に詩歌を含ませた。
言葉を解き放とうとしたそのとき、突如ヌーッティの腹部に重圧がかかった。
「起きろ! ヌーッティ!」
ヌーッティの閉じたまぶたがぱっちりと開いた。
すると、天井のライトが目に飛び込んできた。ヌーッティは、まぶしさに思わず目を細めた。
ややあって、ヌーッティが目を見開くと、ぷりぷりと怒った面持ちのキルシがカーキ色のブランケットを両手で持ってヌーッティを見下ろしていた。
「まったく何なのこの妖精は! ふつー、妖精は家の主より先に起床するでしょ!」
ヌーッティはベッドの上に上体を起こし、部屋を見回した。
そこは、いつものアキの部屋であった。
勉強机の椅子にアキが腰掛けており、トゥーリは机の上に座っていた。オッツォは床にあぐらをかいて座っており、キルシがヌーッティの隣に立っていた。
「まあ、いつものことだから、そんなに怒らないでやってよ」
アキがキルシに話しかけた。
「ヌーッティがアキや私より早く起きることのほうが不思議だもん。もし、早起きしたら雹でも降っちゃうよ」
トゥーリはいつものことであるといった風に話した。
ふくれっ面のキルシは、ぷいっとヌーッティから顔を逸らし、ブランケットを畳んでベッドの上にそっと置いた。
キルシの捜索と発見から一日経った翌日のお昼前。
アキは、森に帰りたがらず駄々をこねるキルシと、それに困っていたオッツォの二人を自宅へ招き、ひとまず一泊させた。
「まあ、ヌーッティも起きたことだし、キルシ、オッツォ。昨日言ってた、ヌーッティが『呪われた小熊の妖精』っていうのは何なのか、事情を話して欲しいんだけど?」
アキはオッツォとキルシへ顔を向けて尋ねた。
「もちろん話すよ。だけど、その前に、アキは、精霊と妖精の序列についてどのくらい知ってるんだい?」
オッツォが穏やかな口調で問い返した。
「そうだな、熊の精霊が頂点に立ち、次に精霊、その下が妖精——じゃなかったっけ?」
アキの答えにオッツォは頷いた。
「そう。けど、もう少し詳しい説明がいるね。なぜ、ヌーッティが呪われた小熊の妖精と呼ばれているのか、その理由を知るために」
オッツォは一度句切ると、再び開口した。
そして、森の番人オッツォの口から精霊と妖精たちの構図が語られるのであった。
ぼんやりとしたもやに囲われた中にヌーッティは一人立っていた。
「ここはどこだヌー? トゥーリ、どこにいるヌー?」
ヌーッティは、一メートル先も見えない場所を、恐る恐る手探りで歩き始めた。
「トゥーリ? アキも、リュリュもどこにいるヌー? アレクシでもいいから出てきて欲しいヌー」
怯えながら前へ進むヌーッティの耳元を鋭い音が掠めた。
咄嗟にヌーッティは音の聞こえてきた後ろを振り返った。だが、何も見えなかった。
「怖いヌー。ここにいたくないヌー。みんなどこにいるヌー? ヌーを一人ぼっちにしないでだヌー」
か細く、震えた声でヌーッティは呼びかけた。けれども、誰も、何も応答はなかった。
「森は嫌だヌー。森? そうだ、森は行っちゃいけないんだヌー。でも、ヌーは小熊の妖精さんだヌー。何で森が怖いんだヌー? 行っちゃ行けないのは何でだヌー? 森はヌーの故郷のはずだヌー」
ヌーッティは首を捻って考えた。なぜ、森が怖いのか、嫌いなのか、行ってはいけない場所なのかと。けれども、何も思いつかないし、記憶を辿っても理由を思い出せなかった。
「ヌーッティ」
美しい声がヌーッティの名を呼んだ。
「誰だヌー? どこにいるヌー?」
ヌーッティはくるくると周囲を見回す。しかし、もやで覆われたその場所からは何も見えなかった。
「ヌーッティ」
きれいな声が再びヌーッティの名を呼んだ。
「ヌーはここにいるヌー!」
ヌーッティが声を張り上げると同時に、ヌーッティは大きな風の揺らぎを感じた。
空間がざわめいた。ヌーッティはいくつもの視線を感じ取っていた。もやがあっても注視されているのは感覚的にわかった。
「そうだ! ヌーは魔術が使えるヌー! 魔術でもやもやを晴らすヌー!」
ヌーッティは口に詩歌を含ませた。
言葉を解き放とうとしたそのとき、突如ヌーッティの腹部に重圧がかかった。
「起きろ! ヌーッティ!」
ヌーッティの閉じたまぶたがぱっちりと開いた。
すると、天井のライトが目に飛び込んできた。ヌーッティは、まぶしさに思わず目を細めた。
ややあって、ヌーッティが目を見開くと、ぷりぷりと怒った面持ちのキルシがカーキ色のブランケットを両手で持ってヌーッティを見下ろしていた。
「まったく何なのこの妖精は! ふつー、妖精は家の主より先に起床するでしょ!」
ヌーッティはベッドの上に上体を起こし、部屋を見回した。
そこは、いつものアキの部屋であった。
勉強机の椅子にアキが腰掛けており、トゥーリは机の上に座っていた。オッツォは床にあぐらをかいて座っており、キルシがヌーッティの隣に立っていた。
「まあ、いつものことだから、そんなに怒らないでやってよ」
アキがキルシに話しかけた。
「ヌーッティがアキや私より早く起きることのほうが不思議だもん。もし、早起きしたら雹でも降っちゃうよ」
トゥーリはいつものことであるといった風に話した。
ふくれっ面のキルシは、ぷいっとヌーッティから顔を逸らし、ブランケットを畳んでベッドの上にそっと置いた。
キルシの捜索と発見から一日経った翌日のお昼前。
アキは、森に帰りたがらず駄々をこねるキルシと、それに困っていたオッツォの二人を自宅へ招き、ひとまず一泊させた。
「まあ、ヌーッティも起きたことだし、キルシ、オッツォ。昨日言ってた、ヌーッティが『呪われた小熊の妖精』っていうのは何なのか、事情を話して欲しいんだけど?」
アキはオッツォとキルシへ顔を向けて尋ねた。
「もちろん話すよ。だけど、その前に、アキは、精霊と妖精の序列についてどのくらい知ってるんだい?」
オッツォが穏やかな口調で問い返した。
「そうだな、熊の精霊が頂点に立ち、次に精霊、その下が妖精——じゃなかったっけ?」
アキの答えにオッツォは頷いた。
「そう。けど、もう少し詳しい説明がいるね。なぜ、ヌーッティが呪われた小熊の妖精と呼ばれているのか、その理由を知るために」
オッツォは一度句切ると、再び開口した。
そして、森の番人オッツォの口から精霊と妖精たちの構図が語られるのであった。
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